上 下
12 / 15

吹雪の後に

しおりを挟む
side:レックス

心地よい、されどほろ苦い夢から覚醒する
懐かしい夢を見た。遠い春の日の夢を
久し振りに見た過去ゆめに叫び散らすほど子供じゃなくなった。願いが叶うならば、もっと楽しい記憶を見たかったが贅沢を言える立場では無いのだ。友の顔を久方振りに見られたと喜ぶべきなのだろう

アルが死んだあの日、あのドラゴンから僕とシャロは見逃された。村にも襲ってこず、教会の騎士団がやってきた時には大規模な破壊痕を遺して消えていた。アルの遺体は無かったが、彼が死んだ場所に夥しい量の血と肉片が残っていた
悪い夢なんじゃないかと、来る日も来る日もアルが立て付けの悪い扉を思いっきり開けて冒険へと誘ってくれることに期待した。だけど、いつしかそれを無駄だと心の底で感じている自分がいて、彼が居ない日常が当たり前に変わってきた
その日を境に、当然だが僕への風当たりも強くなった。お前が殺したんだと口汚く罵られ、何度もリンチにあった。だけど、なんの抵抗もしなかったしシャロにも黙っていた。実際そうだと僕は思っていたし、心のどこかで罰を求めていたのかもしれない

自嘲気味に笑いながら、消えかけていた焚き火に薪を投げ入れる。パチパチと言う音が洞窟内に響いており、それ以外の音。つまりは吹雪の音は聞こえない。もう止んでいるのだろう
すっかり乾いた服を着て、いつの間にか掛けられていた毛布をシャロに掛け直す

あの日、僕はドラゴンという絶対強者の前に自分の無力を痛感した。だから自分を鍛えて、ある程度の強さを手に入れた。でも、世の中にはどう足掻いても太刀打ち出来ない理不尽が存在することを知った僕はある程度じゃ満足出来ない
魔王は強いのだろうか。もし、シャロと二人でも勝てないなら今度は僕がシャロを助ける
例え、この命が尽きようとも構いはしない。生き残ることの辛さを知ったから、この辛さを味わってでもシャロには生きていて欲しいと思ったから

刺し違えてでも魔王を殺そう
その先に、少しでも涙が減った世界があると信じているから。僕達が味わった悲しみを、一人でも多くの人が知らずに生きていけるように

────その誓いは真なるか

あぁ、勿論だとも。僕は…………

「んっ……レックス?」

「おはよ、シャロ。吹雪は止んでるよ」

月光のように透き通った銀の髪を撫でる。特に意味は無いが、手触りが心地好いのでさらりさらりと撫で続けていると寝起きだったのも相まって、次第にシャロの目がとろんとしてきた

「もう一眠りする?」

「……うん」

それから暫くするとすぅすぅと寝息を立ててもう一度夢の中に沈んで行った。こう言ってはなんだが、妹が居たらこんな感じなのだろうなと思ってしまう
さて、シャロが起きるまで焚き火の番でもしますか

─────────────────

side:シャーロット

心地の良い起床。目覚めてすぐに愛する人の顔を見れるというのはやはりいつでも幸せな気分になる。二度寝する前には頭を撫でて貰ったし、今ならスキップで山頂を目指してしまいそうだ。なんならレックスに甘えればもう一度頭を撫でて貰って三度寝も吝かやぶさではない
しかし、それでは雪山ここに来た意味が変わってしまうので堪えて着替える。前みたいにずぶ濡れだと無意味だが、多少の寒さならば魔法で防ぐことが出来る

「行こっか」

「うん」

体感として一日振りくらいに洞窟を出る。まだ日は昇っておらず、薄暗い中山頂を目指して行軍する。会話は無い、しかしそれは会話しなくても通じ合える証拠である。それに先を往くレックスは私を気遣って所々で手を差し伸べてくれる。それがたまらなく嬉しく、頬がゆるむのを堪えるので精一杯だ
そうこうしている内に、山頂まで辿り着いた。眼下には雲海が流れており、日の出前特有の濃ゆい青色の空ブルーアワーがどこまでも広がっている。心が洗われるような絶景に私達二人は揃って心を奪われた
しばしの間放心したようにその景色を眺めていると地平線に朱色が差していき、色の数が少ないが虹色のような色合いになる。少しの間どこまでも広がる虹色の地平線が広がった後、虹色は紅蓮へと変貌する

──────日の出だ

火とは不死の象徴。この光景を目の当たりにした私達はその意味を魂で理解させられる
煌々と燃え盛る太陽は生命力に溢れており、夜と共に眠った太陽が再び世界に姿を見せることを復活と表現した先人の感性に感動する。空を焼き尽くすかのように太陽の光が天を染め上げ、力強く世界に朝をもたらす
絶景。その二文字に尽きるこの光景を最愛の人と共に迎えられたことを至上の幸福と思う
あぁ、なんて幸せな気持ちなのだろう。私が持ちえない幸せという言葉の上位互換を探し、その言葉を連呼したい程に私は今満ち足りている

烈日の世界を焼き尽くすかのような勇猛さを前に私は幾度となく到達したこの思いを心の中でまた高らかに謳う

────レックス、あなたの為なら世界すら敵に回してみせる

可憐に、荘厳に、神性すら漂わせる程の笑顔が下界へと向けられた。それは世界への通告にも似た宣言。恋する少女は無敵とはよく言ったもの、ともすればこの少女ならば世界を敵に回しても勝ってしまうのではないかと言うほどに覇気に溢れていた
しおりを挟む

処理中です...