28 / 89
第28話 サンドイッチと、ただいまの朝
しおりを挟む——小麦買い占め騒動から1週間目の早朝。
「今日は南区画のサンドイッチ、食べられるかしら?」
簡素なワンピースに身を包み、弾んだ声でリーゼルに話しかけるララの腕には、なぜか空のバスケットが。
「そうだね。……って、ララはなんでバスケットまで持ってるの?」
妹の楽しそうな様子に、リーゼルは目を細めて微笑んだ。
「サンドイッチも食べたいけど、託児室の子どもたちにもお土産買いたいんだもの」
「今日も視察なんだけどね……。街の様子を見に」
「わかってるってば。美味しそうな果物やパンがあったら、子どもたちに買ってあげたいなって思ったの」
口を尖らせて話すララの瞳は、どこか甘えた様子で楽しそう。
そんな兄妹のやり取りを、護衛のアーロンとカイが微笑ましく見守っていた。
「それじゃ、朝市に向かおうか。ララのサンドイッチが売り切れる前に」
冗談混じりにリーゼルが言うと、ララは声を出して笑った。
ちょっとだけ弾んだような足取りに、ララの髪が、ご機嫌な馬の尾のように揺れている。
リーゼルより少し前を歩くララが振り返って、
「小麦の買い占めが広がらなくて良かったわ。兄様の対応の速さの賜物ね」
と微笑んだ。
「皆の協力のおかげさ。今回は噂のスピードがそれほど早くなかったことが、幸いだったね」
「そうね……。でも、不安を予測できなかったことは後悔してるの……。もっと早く正しい情報が伝わるように、段取りを考えておくべきだったわ」
「今回の教訓をしっかり、次に活かせばいいさ。だって、今からが本番だよ?」
「確かに……。魔法の導入って、絶対みんな混乱すると思うわ」
思案顔のララに、リーゼルは軽く指をさす。
「まずは今の様子をしっかり確認しようか」
「そうね! 兄様、行きましょう!」
ララはリーゼルの手を取ると、少しだけ早足で朝市へと進み出した。
***
「店主、小麦300グラムお願いね」
「おう! 値段が戻ってよかったよな?」
「本当に王家の方には感謝しかないわ……。すぐに対応してくださったから、生活に支障が出なかったもの」
「あぁ、まったく。すごい王子様とお姫様だよなあ」
揉めていたとは思えないほど、にこやかに会話するふたり。
「お母さん、今日はこの果物が食べたい!」
元気な声をあげる男の子。
「坊主、このリンゴは甘いぞ! 見る目あるな」
「それなら、リンゴ3個くださいな」
と財布を準備する母親。
「あら、野菜の値段がいつも通りだわね」
と微笑み合う老夫婦に、
「収穫量が増え出したからね。今日はこのトマト、一つサービスするよ!」
と張りのある声で応じる店主。
ララの目に映ったのは、活気のある人々と賑やかな朝市の様子。
——あぁ、活気がある。皆が生き生きしているわ。
「よかった……」
思わず胸の内が、声になった。
「普段の生活に戻ったみたいだね。それじゃ、念願のサンドイッチを食べに行こうか?」
「そうね」
嬉しそうな笑顔を浮かべて、ララは頷いた。
四人はゆっくりと、朝の賑わいの中へと消えていった——。
***
「本当にサンドイッチが美味しかったわ」
バスケットを抱えたララは満足げに言った。
「アーロンのおかげだね。またおすすめがあったら教えてくれるかい?」
向かいの座席に座るアーロンにリーゼルが話しかけた。
「もちろんです! まだまだ、おすすめはたくさんありますよ」
楽しげな会話が車内に満ちていた。
「ララもお土産、買えてよかったね」
「はい。城に着いたら、さっそく託児室に届けてきます」
と笑顔で答えるララ。
馬車が城門をくぐり、窓の外に目を向けたそのとき――
見慣れた黒髪の騎士が目に留まる。
——あっ!
馬車が止まり、扉が開くやいなや、ララは一番に飛び降りた。
「ララ、危ないよ!」
呼び止めるリーゼルの声に、
「大丈夫! 先に行くわ!」
と走り出す。
座席に置かれたバスケットを掴み、アーロンが急いでララを追った。
ワンピースの裾を軽く握りながら、ララは走る。
必死に足を動かしても、あと数メートルが遠い。
思うように進まないもどかしさに、待ちきれず、声がこぼれた。
「ランゼル! おかえりなさい!」
白馬の背を降りたランゼルは、後ろから聞こえたその愛しい声に振り返る。
精一杯の速さで駆け寄ってくるララの姿に、
歓喜と愛情を宿した瞳で、そっと微笑んだ。
「ただいま、戻りました。ララ王女」
——朝の柔らかな光と、穏やかな風がふたりをそっと包み込んだ。
⸻
第一部・完
13
あなたにおすすめの小説
【完結済】悪役令嬢の妹様
紫
ファンタジー
星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。
そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。
ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。
やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。
―――アイシアお姉様は私が守る!
最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する!
※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>
既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活
アイアイ式パイルドライバー
ファンタジー
名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。
妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。
貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。
しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。
小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる