76 / 89
第76話 壊れた黒檀、見つけた真鍮の印
しおりを挟む
王都の南側に位置する工業地帯、
その一角にある精密機械工房『アルス』。
普段は金属を打つ音、
飛び散る火花、
職人の活気で満ちているこの場所は---
全ての灯火が消えたかのように、重苦しい空気で満ちていた。
倒れた椅子、
散らばった道具、
割れた窓ガラス。
そして焼成炉のすぐ側の作業台に、打ち砕かれた黒檀の残骸。
あまりの惨憺たる光景に、息を呑んだララ。
---なんて事……
工房中央の作業机には悄然としたイストが、組んだ手に頭を預け俯いている。
その姿はまるで、祈りにも懺悔にも見えた。
震える手を力一杯握りしめて、一瞬だけ固く目を閉じると、毅然とした声でよびかけた。
「皆さん、怪我はありませんか?
忙しいとは思いますが、状況がわかる方がいらしたら教えてください」
片付けを始めていた職人たちの手が止まる。
ララの声にハッとした様子で、顔を上げたイストが慌てて駆け寄ってきた。
「王女様、申し訳ございません」
そう言って深く頭を下げる彼の肩に、ララはそっと手を置いた。
「誰も怪我はない? 大丈夫なの?」
気遣うララに、イストの言葉が詰まる。
「……っ、は、はい。
怪我人はおりません……。
試作品がこのような現状になり、何とお詫び申し上げてよいのか……。
全ての責任はこの私にあります。
どうか……ここの職人には非がないことを、ご承知ください」
イストの必死な訴えに、ララは優しく頷いて告げた。
「イストさん、あなたにも何の非もありません。
むしろ、あなたの大切な工房を巻き込んだのは、こちらの方。
---誰にも怪我がなくて良かった」
ララの言葉に首を振るイスト。
「任された以上は、何が何でも依頼品をお渡しする責任があります。
しかし……、貴重な留魔石の残りも持ち去られたようで……」
「お互いに、責任の所在を問うのはやめましょう。
留魔石が手に入らない時点で、何かおかしいと警戒すべきでした。
それに、皆さんの安全にもっと配慮すべきでした。
……こんな事に巻き込んでしまったけど、まだ力を貸してくれますか?」
ララのまっすぐな瞳に、イストは深く頷くと静かに跪き、ララの右手を掬い上げた。
そして自らの額を当てて、告げる。
「工房『アルス』は王女ララ様と共に」
それに倣うように、アルスの職人たちも胸に手を当て頭を下げた。
「ありがとう」
ララの言葉が静かに響き渡った。
「あのぅ、ちょっとよろしいかしら?」
そう言って隣のバートンを押しやって出てきたのはジュリア。
そこにいる全ての人々の視線を一気に集めた彼女は、勢いよく尋ねた。
「なぜ、留魔石が入手困難なのです? あんなにゴロゴロ採れる鉱石が」
苦笑いしたジュードが前に出てきて説明した。
「確かに珍しい鉱石ではないんですが、いざ仕入れようとすると、どこも販売を拒んだんです」
ジュードの言葉に、ジュリアが明るく返した。
「それなら、うちの鉱山から持っていけばいいわ。
アルマティア国内での販路が出来上がるまで、好きなだけウチから持っていってくださいな」
「「「っえ!?」」」
驚きの声が重なった。
「えぇ⁉︎ ジュリアいいの? ありがとう!」
バートンがジュリアに抱きついた。
真っ赤になったジュリアは、必死にバートンを剥がすと、彼の鳩尾に一撃。
「淑女になんて事するんです!」と添えて。
「ジュリアさん、本当にいいの?」
ララの伺うような視線に、笑顔を返すジュリア。
「ええ、もちろんです。バートンがかなりお世話になっておりますから、このくらい全く問題ありませんわ。
それと私も、『ジュリア』とお呼びください」
「ありがとう、ジュリア」
---カサッ
割れた窓ガラスに一瞬映った影。
素早く反応してその場を動いたのは、アーロンとノーラン。
「俺は何も知らないよ! ちょっと覗いただけだ!」
外で喚く男の声。
ララ達が外に出た時には、アーロンがその男を取り押さえていた。
ノーランが、男の持ち物を探る。
小さな皮袋からコロンと落ちた、黒いカケラ。
そして、小さな真鍮の板。
そこに記されたのは、二本の交差した斧---
「このマークは……」
ジュードの瞳に、怒りと驚きが交錯した。
その一角にある精密機械工房『アルス』。
普段は金属を打つ音、
飛び散る火花、
職人の活気で満ちているこの場所は---
全ての灯火が消えたかのように、重苦しい空気で満ちていた。
倒れた椅子、
散らばった道具、
割れた窓ガラス。
そして焼成炉のすぐ側の作業台に、打ち砕かれた黒檀の残骸。
あまりの惨憺たる光景に、息を呑んだララ。
---なんて事……
工房中央の作業机には悄然としたイストが、組んだ手に頭を預け俯いている。
その姿はまるで、祈りにも懺悔にも見えた。
震える手を力一杯握りしめて、一瞬だけ固く目を閉じると、毅然とした声でよびかけた。
「皆さん、怪我はありませんか?
忙しいとは思いますが、状況がわかる方がいらしたら教えてください」
片付けを始めていた職人たちの手が止まる。
ララの声にハッとした様子で、顔を上げたイストが慌てて駆け寄ってきた。
「王女様、申し訳ございません」
そう言って深く頭を下げる彼の肩に、ララはそっと手を置いた。
「誰も怪我はない? 大丈夫なの?」
気遣うララに、イストの言葉が詰まる。
「……っ、は、はい。
怪我人はおりません……。
試作品がこのような現状になり、何とお詫び申し上げてよいのか……。
全ての責任はこの私にあります。
どうか……ここの職人には非がないことを、ご承知ください」
イストの必死な訴えに、ララは優しく頷いて告げた。
「イストさん、あなたにも何の非もありません。
むしろ、あなたの大切な工房を巻き込んだのは、こちらの方。
---誰にも怪我がなくて良かった」
ララの言葉に首を振るイスト。
「任された以上は、何が何でも依頼品をお渡しする責任があります。
しかし……、貴重な留魔石の残りも持ち去られたようで……」
「お互いに、責任の所在を問うのはやめましょう。
留魔石が手に入らない時点で、何かおかしいと警戒すべきでした。
それに、皆さんの安全にもっと配慮すべきでした。
……こんな事に巻き込んでしまったけど、まだ力を貸してくれますか?」
ララのまっすぐな瞳に、イストは深く頷くと静かに跪き、ララの右手を掬い上げた。
そして自らの額を当てて、告げる。
「工房『アルス』は王女ララ様と共に」
それに倣うように、アルスの職人たちも胸に手を当て頭を下げた。
「ありがとう」
ララの言葉が静かに響き渡った。
「あのぅ、ちょっとよろしいかしら?」
そう言って隣のバートンを押しやって出てきたのはジュリア。
そこにいる全ての人々の視線を一気に集めた彼女は、勢いよく尋ねた。
「なぜ、留魔石が入手困難なのです? あんなにゴロゴロ採れる鉱石が」
苦笑いしたジュードが前に出てきて説明した。
「確かに珍しい鉱石ではないんですが、いざ仕入れようとすると、どこも販売を拒んだんです」
ジュードの言葉に、ジュリアが明るく返した。
「それなら、うちの鉱山から持っていけばいいわ。
アルマティア国内での販路が出来上がるまで、好きなだけウチから持っていってくださいな」
「「「っえ!?」」」
驚きの声が重なった。
「えぇ⁉︎ ジュリアいいの? ありがとう!」
バートンがジュリアに抱きついた。
真っ赤になったジュリアは、必死にバートンを剥がすと、彼の鳩尾に一撃。
「淑女になんて事するんです!」と添えて。
「ジュリアさん、本当にいいの?」
ララの伺うような視線に、笑顔を返すジュリア。
「ええ、もちろんです。バートンがかなりお世話になっておりますから、このくらい全く問題ありませんわ。
それと私も、『ジュリア』とお呼びください」
「ありがとう、ジュリア」
---カサッ
割れた窓ガラスに一瞬映った影。
素早く反応してその場を動いたのは、アーロンとノーラン。
「俺は何も知らないよ! ちょっと覗いただけだ!」
外で喚く男の声。
ララ達が外に出た時には、アーロンがその男を取り押さえていた。
ノーランが、男の持ち物を探る。
小さな皮袋からコロンと落ちた、黒いカケラ。
そして、小さな真鍮の板。
そこに記されたのは、二本の交差した斧---
「このマークは……」
ジュードの瞳に、怒りと驚きが交錯した。
13
あなたにおすすめの小説
【完結済】悪役令嬢の妹様
紫
ファンタジー
星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。
そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。
ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。
やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。
―――アイシアお姉様は私が守る!
最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する!
※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>
既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活
アイアイ式パイルドライバー
ファンタジー
名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。
妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。
貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。
しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。
小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編)
平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる