冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第6話:廃棄寸前の卵と、黄金の乳化(エマルション)

領地改革は順調なスタートを切ったが、経営者(私)の頭を悩ませる問題は依然として山積みだった。  最大の問題は、キャッシュフロー(現金収支)だ。

 書斎の机で、私は眉間にしわを寄せ(ているつもりで)、カレンダーを睨みつけていた。

「……遅い」

 堆肥による農業改革が実を結び、作物が収穫できるまでには最低でも三ヶ月はかかる。  高利貸しとのリスケジュール(返済計画の見直し)には成功したが、手元の運転資金は心許ない。従業員の給与、修繕費、そして私の快適な寝具代。金は息をするだけで減っていく。

(短期で利益を出せる(クイック・ウィン)案件が必要だ)

 そこへ、ハンスが困り顔で入ってきた。

「お嬢様、ちょっとご相談が……。領民たちが、昨日の『泥んこ視察』のお礼だと言って、大量の卵を持ってきたんです」 「卵?」 「はい。この辺りの農家では鶏を放し飼いにしてまして。ただ、量が多すぎて……今の季節だとすぐに腐っちまいます。厨房でも使い切れないと」

 ハンスは「断りましょうか?」と言いたげだったが、私はその言葉を遮った。

「――待ちなさい。その卵、鮮度は?」 「今朝産まれたばかりの新鮮なものですけど……」 「なら、廃棄は許さない。資源の無駄遣い(ロス)は罪よ」

 私の脳内で、計算機が弾かれた。  卵。油。酢。  この屋敷にあるありふれた材料。それらを組み合わせるだけで、この世界には存在しない、しかし爆発的な付加価値(バリュー)を持つ「白い金」が錬成できる。

「ハンス、厨房へ案内して。緊急の商品開発会議を行うわ」

        ***

 ローゼンベルク家の厨房は、料理長ガストンの聖域だった。  熊のような巨体に、油で汚れたエプロン。包丁一本で三十年、この家の食卓を支えてきた頑固者だ。

「お嬢様、ここは子供の遊び場じゃねぇんですがね」

 ガストンの声は不機嫌そのものだった。  無理もない。突然やってきた七歳の令嬢が、「場所を貸せ」「油壺を持ってこい」と指図し始めたのだから。

「遊びに来たわけではないわ。ガストン、あなたに新しい『ソース』の製法を伝授(スキルトランスファー)しに来たの」 「ソースだぁ? 俺のデミグラスソースに文句があるってのか?」 「あれはあれで悪くないわ。でも、私が作るのはもっと汎用性が高く、保存が効き、そして……野菜嫌いの子供でも皿まで舐める魔法の調味料よ」

 私は踏み台に上がり、調理台の上のボウルを覗き込んだ。  中には、ハンスに割らせた大量の卵黄が入っている。

「ハンス、その泡立て器を持って。私が『ストップ』と言うまで、死ぬ気でかき混ぜなさい。手首のスナップを効かせて」 「えっ、俺がやるんですか!?」 「私の筋力では乳化(エマルション)させるのに時間がかかりすぎて非効率よ。さあ、回して!」

 私の号令と共に、ハンスが必死の形相でボウルの中身を攪拌(かくはん)し始めた。  カカカカッ、と小気味よい音が響く。  私はその様子を見ながら、慎重に、本当に少しずつ、植物油を垂らしていく。

 ――マヨネーズ。  前世ではコンビニで数百円で買えたが、その本質は「水(酢)」と「油」という、本来混ざり合わないものを、卵黄に含まれるレシチンで強制的に結びつける化学の結晶だ。  一度に油を入れすぎれば分離して失敗する。慎重な作業が必要だ。

「お、重くなってきました……腕が……!」 「止めるな。ここが正念場(クリティカル・パス)よ。もっと激しく!」

 ハンスの二の腕が悲鳴を上げ、ガストンが怪訝な顔で見守る中、ボウルの中身は徐々に変化していった。  黄色い液体が、白く、ねっとりとしたクリーム状の物体へと変貌していく。  最後に、酢と塩、そして隠し味のマスタード(この世界にも辛子種はあった)を投入して仕上げる。

「……完成ね」

 ボウルの中には、艶やかな光沢を放つ、純白のソースが満たされていた。  酸味を含んだ濃厚な香りが漂う。

「なんだこりゃ……? 真っ白で、ドロドロしてやがる」

 ガストンが不審そうに眉を寄せた。見た目は確かに怪しい。  私は近くにあったキュウリを一本掴み、手でポキリと折ると、その白いソースをたっぷりとつけてガストンの口元に突き出した。

「百聞は一食にしかず。食べてみなさい」 「む……毒見役ってわけか。いいだろう」

 ガストンは覚悟を決めたように口を開け、キュウリを齧(かじ)った。  咀嚼(そしゃく)する音が響く。  一回、二回。  そして動きが止まった。

 ガストンの目が、皿のように見開かれる。

「――っ!?」

 次の瞬間、彼は無言で私の手から残りのキュウリをひったくり、ボウルに残ったソースを掬って貪(むさぼ)り食った。

「う、美味い……っ! なんだこれは!? 濃厚なのに酸味があって後味はさっぱりしている! ただのキュウリが、極上の前菜に化けやがった!」

 熊のような男が、感動に打ち震えている。  ハンスもおずおずと指につけて舐めると、「うわぁ!」と声を上げた。

「すげぇ! これなら硬いパンでも何個でも食えますよ!」

 成功だ。品質テストはクリア(パス)した。  私は腕組みをして(短い腕だが)、満足げに頷いた。

「名前は『マヨネーズ』と言うの。これを陶器の瓶に詰め、王都の商会に持ち込みます」

 単なる卵と油だ。原価率は驚くほど低い。  だが、この世界にはない「未知の味」。富裕層ならば、金貨一枚でも買うだろう。  まさに錬金術。現代知識を使ったチート商法だが、背に腹は代えられない。

「お嬢様……あんた、天才だ」

 ガストンが膝をつき、私の手を両手で包み込んだ。その目は潤んでいる。

「俺ぁ、三十年料理を作ってきたが、こんな魔法みたいなソースは見たことがねぇ。卵と油だけで、こんな奇跡が起きるなんて……。これはまさに、『天使のクリーム』だ!」

「いえ、ただの乳化反応を利用した高カロリー調味料ですが」

 私の訂正は、ガストンの熱狂にかき消された。

「天使のクリーム! 素晴らしい名前だ! これがあれば、ローゼンベルク家の食卓は王宮すら凌駕(りょうが)するぞ!」

 ……まあ、商品名(ネーミング)としては悪くないか。  「高カロリー乳化剤」として売るよりは、マーケティング的に正解だろう。

「わかったわ。では商品名は『天使のクリーム』としましょう。ガストン、製造ラインを確立して。ハンス、あなたは瓶の調達とラベルのデザインを。明日から量産体制に入ります」

「「イエッサー!!」」

 二人の返事は、軍隊のように揃っていた。

        ***

 数日後。  王都の高級食材店に、奇妙な商品が並んだ。  『ローゼンベルク家秘伝・天使のクリーム』。    最初は誰も見向きもしなかった。  だが、試食販売で野菜スティックにつけて提供した瞬間、王都の貴婦人たちの間に激震が走った。

「まあ! なんて罪深い味なの!」 「野菜嫌いの息子が、サラダをおかわりしたわ!」 「美容に良い卵とお酢を使っているのですって? ならいくら食べても太らないわね!(※太ります)」

 商品は飛ぶように売れた。  原価の十倍以上の価格設定にもかかわらず、在庫は瞬殺。  ローゼンベルク家には、久しぶりにまとまった現金が舞い込んだ。

 そして、私のあずかり知らぬところで、また一つ新たな伝説が生まれていた。   『ローゼンベルクの幼き令嬢は、卵から黄金を生み出す錬金術師である』 『いや、彼女は食の女神の愛し子に違いない』

 屋敷の執務室で、積み上がった金貨の山を数えながら、私はほくそ笑んだ。

(順調だ。これでトイレの改装工事ができる)

 私がウォシュレット(手動式)の設計図を引いている間も、外では私の評価が「聖女」から「万能の天才」へと、勝手にクラスチェンジし始めていた。
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