冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第9話:王都の渋滞と、路上のコンサルティング

アグランド王国の王都『グランド・ロイヤル』。  人口三十万人を擁するこの巨大都市は、遠目に見れば白亜の城壁と尖塔が輝く美しい都だ。  だが、近づけばその実態が見えてくる。

「……動かない」

 私は改造馬車の窓から顔を出し、眼前に広がる光景に舌打ちをした(心の中で)。  王都の正門前は、地方から集まった商人、旅人、そして建国記念祝賀会に向かう貴族の馬車で、絶望的な大渋滞(グリッドロック)を起こしていた。

「申し訳ありません、お嬢様。検問が厳重になっているようで……これでは入国までにあと三時間はかかります」

 御者が申し訳なさそうに告げる。  三時間。  その時間があれば、未読の書類を処理し、仮眠を取り、さらにお茶の時間まで確保できる。  この私が、ただ待つだけの非生産的な時間を過ごすだと? あり得ない。

「……裏道はないの?」 「へ? あ、あるにはありますが……貧民街(スラム)の横を通る狭い道で、治安も衛生状態も良くありません。お嬢様のような高貴な方を乗せて通るわけには……」 「構わない。行きなさい。時は金なり(タイム・イズ・マネー)よ」

 私の即断に、御者は渋々手綱を引いた。  馬車は列を離れ、薄暗く狭い脇道へと滑り込んだ。

        ***

 貧民街の空気は、予想通り最悪だった。  腐った生ゴミの臭い。道端に座り込む失業者たち。ボロボロの衣服をまとった子供たちが、物欲しげな目でこちらの立派な馬車を見ている。

 だが、私が不快感を覚えたのは、その「貧しさ」に対してではない。  そのあまりの「非効率さ」に対してだ。

(……なんだ、この人的資源(ヒューマンリソース)の浪費は)

 昼間から働かずに座り込んでいる男たち。彼らの筋肉は労働力だ。  道端に積み上げられたゴミ。あれは分別すれば資源になる。  そして何より、狭い道路に無秩序に屋台や荷車が置かれ、物流を阻害している。

 ――ガタリ。  突然、馬車が停止した。  前方で怒鳴り声が聞こえる。

「どけよ! 俺が先だ!」 「うるせぇ! こっちの荷車が通れねぇだろ!」

 二台の荷車が狭い道ですれ違おうとして鉢合わせ、双方が引くに引けず、完全に道を塞いでいた。野次馬が集まり、さらなる通行止めを引き起こしている。

「……お嬢様、少々お待ちを。私が退かしてきます」

 同乗していたメイドのエレノアが立ち上がろうとしたが、私はそれを手で制した。

「座っていなさい。あなたが交渉しても、どうせ貴族の威光で押し通すだけでしょう。それでは根本的な解決(ソリューション)にならないわ」

 私はドアを開け、フリルのついたピンクのドレスを翻して、汚れた石畳の上に降り立った。  悪臭漂う貧民街に、場違いな砂糖菓子のような幼女が現れたのだ。怒鳴り合っていた男たちも、野次馬も、一瞬で静まり返った。

「な、なんだ? 貴族の嬢ちゃんか?」 「へへっ、いい服着てやがるな……」

 不穏な空気が流れる。誘拐や強盗のターゲットになってもおかしくない。  だが、私の中のおっさんは、そんな脅威よりもスケジュールの遅延を危惧していた。

 私はスタスタと荷車の前まで歩み寄ると、仁王立ちになった男たちを見上げた。

「そこ。右側のあなた、荷車を三メートル後退(バック)させて」 「あぁ? なんだガキ、指図すんじゃ……」 「黙って聞きなさい。左側のあなたは、その隙間に荷車を四十五度の角度で突っ込むの。そうすれば相互通行が可能になるわ」

 私の声は冷徹で、絶対的な響きを持っていた。  男たちが呆気にとられている間に、私は周囲の野次馬――ただ座り込んでいた男たち――を指差した。

「そこの暇そうな三人。あなたたち、ただ見ているのは労働力の損失よ。彼らの荷車を押すのを手伝いなさい。報酬は……そうね」

 私はポケットから、旅行用のおやつとして持たされていたクッキーの小袋を取り出した。

「このクッキー一枚ずつ。手伝うならあげる。手伝わないなら、私が今ここで踏み潰して捨てる。どっちがいい?」

 甘い匂いが漂う。彼らにとっては数日ぶりのまともな食事かもしれない。  男たちの目が血走った。

「や、やる! やらせてくれ!」

 男たちが飛び出し、荷車に殺到した。  私が指揮棒(拾った木の枝)を振るう。

「オーライ、オーライ。右へ切れ。もっと力を入れて! そこ、屋台の看板が邪魔よ、畳みなさい!」

 私の的確な指示(トラフィック・コントロール)と、餌に釣られた労働力により、絡み合っていた荷車はパズルのように解け、ものの数分で道が開通した。

「す、すげぇ……」 「本当に通れたぞ……」

 荷車の持ち主たちが、信じられないものを見る目で私を見ている。  私は約束通りクッキーを配ると、埃を払って言った。

「次からは『右側通行』を徹底しなさい。ルールがなければ、全員が損をする。……理解したら、道を開けて」

 私が馬車に戻ろうと背を向けた時だった。  背後から、すすり泣くような声が聞こえた。

「……なんてことだ。こんな汚い俺たちのために、あんな高貴な方が……」 「お菓子まで恵んでくださった……」 「あの目は、俺たちをゴミとして見ていなかった。正しく導くべき『力』として見ておられた……!」

 ――またか。  私は天を仰いだ。  違う。邪魔だからどかしただけだ。クッキーは在庫処分だ。  だが、訂正する気力もなく、私は馬車に乗り込んだ。

「出して」

 馬車が再び動き出す。  窓の外では、貧民街の人々が手を合わせ、私の去りゆく姿を拝んでいた。  やれやれ。これでまた変な噂が広まらなければいいが。

 ……しかし、私は気づいていなかった。  その一部始終を、通りの二階の窓から鋭い眼光で見つめる、一人の女性がいたことに。

「……面白い」

 燃えるような赤髪をポニーテールに結び、軍服を着崩したその女性は、ワイングラスを片手に口角を吊り上げた。

「あんな小さな子供が、荒くれ者どもを顎で使い、物流を整理しただと? しかも、怯えるどころか『効率が悪い』とでも言いたげな顔で」

 彼女の腰には、細身の剣(レイピア)が佩(は)かれている。  胸元には、王室近衛騎士団の紋章。

「リリエラ・フォン・ローゼンベルクか……。ジークフリート殿下が入れ込むのも分かる気がするな。ふふっ、退屈な祝賀会に、少し楽しみができた」

 赤髪の女騎士は、獲物を見つけた肉食獣のような瞳で、遠ざかる私の馬車を見送っていた。

        ***

 王都の別邸に到着した私は、どっと疲れが出てソファに沈み込んだ。

「お嬢様、お疲れ様でした。お茶になさいますか?」 「ええ、濃い目を頼むわ。カフェインが必要よ」

 到着早々、トラブル処理(トラブルシューティング)だ。  だが、問題はこれからだ。  明日はついに、建国記念祝賀会。  国王、王子、そして有象無象の貴族たちが待ち受ける戦場へ、この七歳の身一つで乗り込まなければならない。

(……まずは名刺交換……じゃなかった、挨拶回りのシミュレーションをしておくか)

 私は覚悟を決め、明日のドレス(またピンクだ)を睨みつけた。  平和なスローライフまでの道のりは、まだまだ遠そうだ。
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