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第15話:物流の危機と、コスト意識高めの防衛戦術
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その日の午後、私は執務室で優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた。 お茶請けは、試作中の「マヨネーズラスク」。サクサクとした食感と、ほんのりとした塩気が紅茶によく合う。 平和だ。このまま一生、窓の外の雲を眺めて暮らしたい。
――バンッ!!
執務室の窓ガラスが振動するほどの勢いで、扉が開け放たれた。 入ってきたのは、土足で、しかも泥だらけの軍靴を履いた、赤髪の近衛騎士団長ヒルデガルドだった。
「リリエラ! 緊急事態だ! 知恵を貸せ!」
私はティーカップを静かに置き、眉間のシワ(心の目で見える)を揉んだ。
「……団長。当家には玄関というものがあります。それに、アポイントメントのない訪問は、ビジネスにおいてマナー違反(コンプライアンス違反)ですよ」 「そんなことを言っている場合ではない! 北だ! 北の国境砦が落ちそうだ!」
ヒルデガルドは私の机に、血で汚れた地図を叩きつけた。
「北の山岳地帯から、オークとゴブリンの混成部隊、約三千が雪崩れ込んできた。我が騎士団の分隊と現地守備兵で食い止めているが、多勢に無勢だ。このままでは三日で防衛線が突破される」
「……それは大変ですね。王都へ援軍を要請しては?」 「要請は出したが、到着まで一週間はかかる。それまでに砦が落ちれば、周辺の村々は蹂躙され、王都への街道も封鎖されるだろう」
私は興味なさげにラスクを齧った。 戦争は嫌いだ。非生産的だし、何より野蛮だ。 適当に理由をつけて追い返そうとした、その時だった。
「街道が封鎖されれば、北の鉱山からの物資も届かなくなるな……」
ヒルデガルドの独り言に、私の手がピタリと止まった。 北の鉱山。街道。 脳内の物流マップが警告音(アラート)を鳴らす。
「……待ってください。北の街道ということは、サリバン鉱山からの輸送ルートも含まれますか?」 「ああ。あそこは珪砂(けいしゃ)の産地だが……」
珪砂。 それは、ガラスの主原料だ。 つまり、街道が封鎖されれば、ガラス瓶が作れない。 ガラス瓶がなければ、マヨネーズが出荷できない。 出荷できなければ、私の不労所得システムが崩壊する!
「――許容できません」
私はガタリと椅子を蹴って立ち上がった。 私の瞳に、静かな怒りの炎が宿る。
「私の物流(ロジスティクス)を阻害するとは、いい度胸です。……駆除(デバッグ)しましょう」 「お、おお? やる気になってくれたか!」
ヒルデガルドが目を輝かせる。 私は地図を引き寄せ、戦況を確認した。
「敵は三千。味方は?」 「砦に五百。地形は平原だが、砦の前には細い川がある」 「魔法使いは?」 「十名ほどいるが、火の玉を撃ち尽くして魔力切れだ。敵の数が多すぎて、焼き払いきれん」
私はため息をついた。 典型的な「力のぶつけ合い」だ。非効率極まりない。 リソース(兵力・魔力)が劣っている側が、正面から消耗戦を挑んでどうする。
「……作戦を変更します。現地指揮官に、私の指示通りに動くよう伝達できますか?」 「可能だ。私が全権を委任する」
「よろしい。では、今すぐ『攻撃魔法』の使用を禁止してください」 「は? 攻撃を禁止? どうやって戦うんだ?」
私は地図上の砦の前にある平原を指差した。
「魔法使いのリソースは、すべて『土木工事』に投資させます」
私は羽ペンを取り、地図に線を書き込んだ。
「土魔法使いを総動員して、砦の前に深さ二メートル、幅一・五メートルの溝をジグザグに掘らせてください。『塹壕(ざんごう)』です」 「塹壕……? ただの穴に隠れて何になる?」
「隠れるのではありません。敵の『突撃力(モメンタム)』を殺すのです」
私は淡々と解説した。 オークやゴブリンは知能が低い。一直線に突っ込んでくるだけだ。 だが、地面に溝があれば、彼らは足を止め、飛び越えるか降りるしかない。その瞬間に隊列は崩れ、密集度が上がる。
「さらに、掘り出した土を盛って土塁を作ります。弓兵と魔法使いはその背後から、安全に一方的に攻撃(ワンサイド・ゲーム)を行うのです。……これなら、こちらの損害(コスト)を最小限に抑えられます」
「なるほど……防御を固めつつ、敵を足止めするのか」
「それだけではありません。火魔法使いには、敵を焼くのではなく、塹壕の中に『煙』を送り込ませてください。生木でも古タイヤ(ないけど)でも何でもいい、とにかく不完全燃焼させて、視界を奪うのです」
煙に巻かれて混乱し、塹壕に落ちて動きが取れなくなった敵集団。 そこへ、上から油を流し込んで火を放てば――。
「……一網打尽ですね。非常にコストパフォーマンスが良い」
私の冷徹な説明を聞いて、ヒルデガルドはゴクリと喉を鳴らした。 彼女の顔には、恐怖と尊敬が入り混じっていた。
「……恐ろしいな。貴様は、戦場を『工事現場』か『焼却炉』のように扱うのか」 「戦争は業務(タスク)です。感情を排し、最小の労力で最大の戦果(成果物)を上げる。それが経営者(指揮官)の責任でしょう?」
私は地図を丸めてヒルデガルドに渡した。
「さあ、急いで指示を。珪砂の納品が一日でも遅れたら、その損失補填は騎士団に請求しますからね」
***
数日後。 北の砦から戦勝報告が届いた。 結果は、こちら側の死者ゼロという、奇跡的な完勝だった。 塹壕と煙幕に翻弄された魔物の群れは、自滅に近い形で壊滅したという。
後日、ヒルデガルドから感謝状と共に、オークの牙(いらない)が贈られてきた。 手紙にはこう記されていた。
『貴官の策、まさに神算鬼謀。現地の兵たちは、貴官のことを"氷の軍神(アイス・ウォーロード)"と呼び、その名を旗に刻みたいと言っている』
……やめてほしい。 私の望みは「スローライフ」であって、「軍神ライフ」ではない。 だが、私の願いとは裏腹に、リリエラ・フォン・ローゼンベルクの名は、経済界だけでなく軍事界においても、アンタッチャブルな存在として轟き始めていた。
(まあいい。これでガラスの供給は守られた)
私は届いたばかりの新しいガラス瓶を手に取り、満足げに頷いた。 これで今月も黒字確定だ。
――バンッ!!
執務室の窓ガラスが振動するほどの勢いで、扉が開け放たれた。 入ってきたのは、土足で、しかも泥だらけの軍靴を履いた、赤髪の近衛騎士団長ヒルデガルドだった。
「リリエラ! 緊急事態だ! 知恵を貸せ!」
私はティーカップを静かに置き、眉間のシワ(心の目で見える)を揉んだ。
「……団長。当家には玄関というものがあります。それに、アポイントメントのない訪問は、ビジネスにおいてマナー違反(コンプライアンス違反)ですよ」 「そんなことを言っている場合ではない! 北だ! 北の国境砦が落ちそうだ!」
ヒルデガルドは私の机に、血で汚れた地図を叩きつけた。
「北の山岳地帯から、オークとゴブリンの混成部隊、約三千が雪崩れ込んできた。我が騎士団の分隊と現地守備兵で食い止めているが、多勢に無勢だ。このままでは三日で防衛線が突破される」
「……それは大変ですね。王都へ援軍を要請しては?」 「要請は出したが、到着まで一週間はかかる。それまでに砦が落ちれば、周辺の村々は蹂躙され、王都への街道も封鎖されるだろう」
私は興味なさげにラスクを齧った。 戦争は嫌いだ。非生産的だし、何より野蛮だ。 適当に理由をつけて追い返そうとした、その時だった。
「街道が封鎖されれば、北の鉱山からの物資も届かなくなるな……」
ヒルデガルドの独り言に、私の手がピタリと止まった。 北の鉱山。街道。 脳内の物流マップが警告音(アラート)を鳴らす。
「……待ってください。北の街道ということは、サリバン鉱山からの輸送ルートも含まれますか?」 「ああ。あそこは珪砂(けいしゃ)の産地だが……」
珪砂。 それは、ガラスの主原料だ。 つまり、街道が封鎖されれば、ガラス瓶が作れない。 ガラス瓶がなければ、マヨネーズが出荷できない。 出荷できなければ、私の不労所得システムが崩壊する!
「――許容できません」
私はガタリと椅子を蹴って立ち上がった。 私の瞳に、静かな怒りの炎が宿る。
「私の物流(ロジスティクス)を阻害するとは、いい度胸です。……駆除(デバッグ)しましょう」 「お、おお? やる気になってくれたか!」
ヒルデガルドが目を輝かせる。 私は地図を引き寄せ、戦況を確認した。
「敵は三千。味方は?」 「砦に五百。地形は平原だが、砦の前には細い川がある」 「魔法使いは?」 「十名ほどいるが、火の玉を撃ち尽くして魔力切れだ。敵の数が多すぎて、焼き払いきれん」
私はため息をついた。 典型的な「力のぶつけ合い」だ。非効率極まりない。 リソース(兵力・魔力)が劣っている側が、正面から消耗戦を挑んでどうする。
「……作戦を変更します。現地指揮官に、私の指示通りに動くよう伝達できますか?」 「可能だ。私が全権を委任する」
「よろしい。では、今すぐ『攻撃魔法』の使用を禁止してください」 「は? 攻撃を禁止? どうやって戦うんだ?」
私は地図上の砦の前にある平原を指差した。
「魔法使いのリソースは、すべて『土木工事』に投資させます」
私は羽ペンを取り、地図に線を書き込んだ。
「土魔法使いを総動員して、砦の前に深さ二メートル、幅一・五メートルの溝をジグザグに掘らせてください。『塹壕(ざんごう)』です」 「塹壕……? ただの穴に隠れて何になる?」
「隠れるのではありません。敵の『突撃力(モメンタム)』を殺すのです」
私は淡々と解説した。 オークやゴブリンは知能が低い。一直線に突っ込んでくるだけだ。 だが、地面に溝があれば、彼らは足を止め、飛び越えるか降りるしかない。その瞬間に隊列は崩れ、密集度が上がる。
「さらに、掘り出した土を盛って土塁を作ります。弓兵と魔法使いはその背後から、安全に一方的に攻撃(ワンサイド・ゲーム)を行うのです。……これなら、こちらの損害(コスト)を最小限に抑えられます」
「なるほど……防御を固めつつ、敵を足止めするのか」
「それだけではありません。火魔法使いには、敵を焼くのではなく、塹壕の中に『煙』を送り込ませてください。生木でも古タイヤ(ないけど)でも何でもいい、とにかく不完全燃焼させて、視界を奪うのです」
煙に巻かれて混乱し、塹壕に落ちて動きが取れなくなった敵集団。 そこへ、上から油を流し込んで火を放てば――。
「……一網打尽ですね。非常にコストパフォーマンスが良い」
私の冷徹な説明を聞いて、ヒルデガルドはゴクリと喉を鳴らした。 彼女の顔には、恐怖と尊敬が入り混じっていた。
「……恐ろしいな。貴様は、戦場を『工事現場』か『焼却炉』のように扱うのか」 「戦争は業務(タスク)です。感情を排し、最小の労力で最大の戦果(成果物)を上げる。それが経営者(指揮官)の責任でしょう?」
私は地図を丸めてヒルデガルドに渡した。
「さあ、急いで指示を。珪砂の納品が一日でも遅れたら、その損失補填は騎士団に請求しますからね」
***
数日後。 北の砦から戦勝報告が届いた。 結果は、こちら側の死者ゼロという、奇跡的な完勝だった。 塹壕と煙幕に翻弄された魔物の群れは、自滅に近い形で壊滅したという。
後日、ヒルデガルドから感謝状と共に、オークの牙(いらない)が贈られてきた。 手紙にはこう記されていた。
『貴官の策、まさに神算鬼謀。現地の兵たちは、貴官のことを"氷の軍神(アイス・ウォーロード)"と呼び、その名を旗に刻みたいと言っている』
……やめてほしい。 私の望みは「スローライフ」であって、「軍神ライフ」ではない。 だが、私の願いとは裏腹に、リリエラ・フォン・ローゼンベルクの名は、経済界だけでなく軍事界においても、アンタッチャブルな存在として轟き始めていた。
(まあいい。これでガラスの供給は守られた)
私は届いたばかりの新しいガラス瓶を手に取り、満足げに頷いた。 これで今月も黒字確定だ。
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