冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第15話:物流の危機と、コスト意識高めの防衛戦術

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その日の午後、私は執務室で優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた。  お茶請けは、試作中の「マヨネーズラスク」。サクサクとした食感と、ほんのりとした塩気が紅茶によく合う。  平和だ。このまま一生、窓の外の雲を眺めて暮らしたい。

 ――バンッ!!

 執務室の窓ガラスが振動するほどの勢いで、扉が開け放たれた。  入ってきたのは、土足で、しかも泥だらけの軍靴を履いた、赤髪の近衛騎士団長ヒルデガルドだった。

「リリエラ! 緊急事態だ! 知恵を貸せ!」

 私はティーカップを静かに置き、眉間のシワ(心の目で見える)を揉んだ。

「……団長。当家には玄関というものがあります。それに、アポイントメントのない訪問は、ビジネスにおいてマナー違反(コンプライアンス違反)ですよ」 「そんなことを言っている場合ではない! 北だ! 北の国境砦が落ちそうだ!」

 ヒルデガルドは私の机に、血で汚れた地図を叩きつけた。

「北の山岳地帯から、オークとゴブリンの混成部隊、約三千が雪崩れ込んできた。我が騎士団の分隊と現地守備兵で食い止めているが、多勢に無勢だ。このままでは三日で防衛線が突破される」

「……それは大変ですね。王都へ援軍を要請しては?」 「要請は出したが、到着まで一週間はかかる。それまでに砦が落ちれば、周辺の村々は蹂躙され、王都への街道も封鎖されるだろう」

 私は興味なさげにラスクを齧った。  戦争は嫌いだ。非生産的だし、何より野蛮だ。  適当に理由をつけて追い返そうとした、その時だった。

「街道が封鎖されれば、北の鉱山からの物資も届かなくなるな……」

 ヒルデガルドの独り言に、私の手がピタリと止まった。  北の鉱山。街道。  脳内の物流マップが警告音(アラート)を鳴らす。

「……待ってください。北の街道ということは、サリバン鉱山からの輸送ルートも含まれますか?」 「ああ。あそこは珪砂(けいしゃ)の産地だが……」

 珪砂。  それは、ガラスの主原料だ。  つまり、街道が封鎖されれば、ガラス瓶が作れない。  ガラス瓶がなければ、マヨネーズが出荷できない。  出荷できなければ、私の不労所得システムが崩壊する!

「――許容できません」

 私はガタリと椅子を蹴って立ち上がった。  私の瞳に、静かな怒りの炎が宿る。

「私の物流(ロジスティクス)を阻害するとは、いい度胸です。……駆除(デバッグ)しましょう」 「お、おお? やる気になってくれたか!」

 ヒルデガルドが目を輝かせる。  私は地図を引き寄せ、戦況を確認した。

「敵は三千。味方は?」 「砦に五百。地形は平原だが、砦の前には細い川がある」 「魔法使いは?」 「十名ほどいるが、火の玉を撃ち尽くして魔力切れだ。敵の数が多すぎて、焼き払いきれん」

 私はため息をついた。  典型的な「力のぶつけ合い」だ。非効率極まりない。  リソース(兵力・魔力)が劣っている側が、正面から消耗戦を挑んでどうする。

「……作戦を変更します。現地指揮官に、私の指示通りに動くよう伝達できますか?」 「可能だ。私が全権を委任する」

「よろしい。では、今すぐ『攻撃魔法』の使用を禁止してください」 「は? 攻撃を禁止? どうやって戦うんだ?」

 私は地図上の砦の前にある平原を指差した。

「魔法使いのリソースは、すべて『土木工事』に投資させます」

 私は羽ペンを取り、地図に線を書き込んだ。

「土魔法使いを総動員して、砦の前に深さ二メートル、幅一・五メートルの溝をジグザグに掘らせてください。『塹壕(ざんごう)』です」 「塹壕……? ただの穴に隠れて何になる?」

「隠れるのではありません。敵の『突撃力(モメンタム)』を殺すのです」

 私は淡々と解説した。  オークやゴブリンは知能が低い。一直線に突っ込んでくるだけだ。  だが、地面に溝があれば、彼らは足を止め、飛び越えるか降りるしかない。その瞬間に隊列は崩れ、密集度が上がる。

「さらに、掘り出した土を盛って土塁を作ります。弓兵と魔法使いはその背後から、安全に一方的に攻撃(ワンサイド・ゲーム)を行うのです。……これなら、こちらの損害(コスト)を最小限に抑えられます」

「なるほど……防御を固めつつ、敵を足止めするのか」

「それだけではありません。火魔法使いには、敵を焼くのではなく、塹壕の中に『煙』を送り込ませてください。生木でも古タイヤ(ないけど)でも何でもいい、とにかく不完全燃焼させて、視界を奪うのです」

 煙に巻かれて混乱し、塹壕に落ちて動きが取れなくなった敵集団。  そこへ、上から油を流し込んで火を放てば――。

「……一網打尽ですね。非常にコストパフォーマンスが良い」

 私の冷徹な説明を聞いて、ヒルデガルドはゴクリと喉を鳴らした。  彼女の顔には、恐怖と尊敬が入り混じっていた。

「……恐ろしいな。貴様は、戦場を『工事現場』か『焼却炉』のように扱うのか」 「戦争は業務(タスク)です。感情を排し、最小の労力で最大の戦果(成果物)を上げる。それが経営者(指揮官)の責任でしょう?」

 私は地図を丸めてヒルデガルドに渡した。

「さあ、急いで指示を。珪砂の納品が一日でも遅れたら、その損失補填は騎士団に請求しますからね」

        ***

 数日後。  北の砦から戦勝報告が届いた。  結果は、こちら側の死者ゼロという、奇跡的な完勝だった。  塹壕と煙幕に翻弄された魔物の群れは、自滅に近い形で壊滅したという。

 後日、ヒルデガルドから感謝状と共に、オークの牙(いらない)が贈られてきた。  手紙にはこう記されていた。

『貴官の策、まさに神算鬼謀。現地の兵たちは、貴官のことを"氷の軍神(アイス・ウォーロード)"と呼び、その名を旗に刻みたいと言っている』

 ……やめてほしい。  私の望みは「スローライフ」であって、「軍神ライフ」ではない。  だが、私の願いとは裏腹に、リリエラ・フォン・ローゼンベルクの名は、経済界だけでなく軍事界においても、アンタッチャブルな存在として轟き始めていた。

(まあいい。これでガラスの供給は守られた)

 私は届いたばかりの新しいガラス瓶を手に取り、満足げに頷いた。  これで今月も黒字確定だ。

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