冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第24話:女王候補の逃走先と、非効率な入学式

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「――入学、ですか?」

 王城の応接室にて。  私は国王フレデリックと、満面の笑みのジークフリート王子を前に、眉をひそめていた。

「うむ! そなたが『女王即位』を固辞する理由は理解した。『まだ七歳であり、教養も経験も不足している』……確かにその通りじゃ」

 国王は鷹揚に頷いた。  よし。交渉(ネゴシエーション)は成功だ。  七歳の子供に国を背負わせるなど、児童福祉法違反も甚だしい。これで領地に帰って、今度こそスローライフを……。

「そこでじゃ! そなたには『王立セント・フリーデシア学園』に入学してもらう!」

 ……は?

「本来は十二歳からの入学だが、そなたは特例中の特例(スーパー・エリート)じゃ。飛び級で高等部への編入を認める。そこで五年間、王族としての教養と人脈を培うがよい。……卒業後は、ジークフリートと結婚し、即位ということで手を打とう」

 国王がニカッと笑う。  外堀を埋められた。  「今すぐ即位」は回避できたが、「五年後に即位」という先物取引(フューチャーズ)を確約させられたわけだ。

(……まあいい。五年の猶予があるなら、その間に代わりの人材を育成して押し付けるか、あるいは学園の寮に引きこもってしまえばいい)

 私は頭の中で計算し、渋々頷いた。

「……承知いたしました。ただし、学園生活においては、私の裁量を認めていただきます。授業に出るかどうかも含めて」 「許可しよう。そなたほどの天才なら、授業など退屈であろうしな」

 こうして、私の「学園への避難計画」が発動した。  しかし、私はまだ知らなかった。  その学園が、私の嫌いな「非効率」と「前例踏襲」の巣窟であることを。

        ***

 四月。王立学園の正門前。  桜並木の下には、煌びやかな馬車が列をなしていた。  この国の貴族の子弟たちが集う、最高学府だ。

「ここが、お嬢様の新しい戦場ですね……!」

 制服に着替えたハンス(彼は私の従者として特例で帯同を許可された)が、感極まったように鼻をすすっている。  私は、特注の小さな制服(ブレザー)に袖を通し、不機嫌に馬車を降りた。

「戦場じゃないわ。ここは私の『シェルター(避難所)』よ」

 だが、私が降り立った瞬間、周囲の空気が凍りついた。  白銀の髪、宝石のような紫の瞳。そして七歳という幼さ。  ざわめきが波紋のように広がる。

「おい、見ろよ……あの方が……」 「『王都無血開城』の英雄……」 「『氷雪の軍神』リリエラ様だ……!」

 生徒たちがモーゼの海割れのように道を開ける。  羨望、畏怖、好奇心。  シェルターどころか、完全に注目の的だ。目立ちたくないのに、私のブランド価値が高騰しすぎている。

 私は無表情のまま、講堂へと向かった。

        ***

 入学式。  全校生徒千人が集まる講堂は、蒸し風呂のような暑さだった。  換気が悪い。照明が暗い。椅子の座り心地が最悪だ。  私はパイプ椅子(木製)の上で、貧乏ゆすりを我慢していた。

 そして何より――

「――えー、我が学園の伝統とは、すなわち誇りであり、その誇りは歴史によって紡がれ……(中略)……貴族たるもの、常に高潔であり、薔薇のように美しく……」

 演壇で話している生徒会長の話が、絶望的に長い。  金髪の長髪をなびかせた、ナルシスト全開の男。公爵家の嫡男、マクシミリアンだ。  彼の演説はすでに三十分を超えている。内容は「伝統」と「誇り」という具体性のない単語の羅列だ。中身がない。ゼロだ。

(……時間の無駄(タイム・ウェイスト)だ。これだけの人数を三十分拘束したことによる、人的資源の損失を計算してみろ)

 周囲の生徒たちも、あくびを噛み殺したり、貧血で倒れそうになったりしている。  だが、誰も文句を言わない。「生徒会長の話を静聴するのが伝統」だからだ。

 マクシミリアンがようやく話を終え、満足げに周囲を見渡した時だった。  彼は最前列に座る(特等席を用意されていた)私に目を止め、ニヤリと笑った。

「おや? そこにいるのは、特例入学のリリエラ嬢ですね」

 彼は演壇から降り、わざわざ私の前まで歩いてきた。  上級生としてのマウントを取るつもりだろう。

「七歳での入学とは驚きですが……ここは学園です。王都での武勇伝がどうあれ、ここでは私がルールだ。年長者を敬い、伝統に従っていただきますよ?」

 周囲が息を呑む。  「あの」リリエラ様に喧嘩を売るとは。  だが、私は静かに立ち上がった。  椅子の上に立って、ようやく彼と目線が合う高さだ。

「……マクシミリアン会長。一つ提案があります」 「提案? 新入生が何を……」 「貴方の演説は、構成(ストラクチャー)が悪すぎます」

 私は懐から、一枚の紙を取り出した。  彼が話している間に、私が書き留めたメモだ。

「貴方の四十分の演説は、要約すれば『伝統を守り、品位を保て』という二点だけです。それなら三十秒で伝えられます」

「な、なんだと!?」 「それに、前置きの『季節の挨拶』に五分、『家柄の自慢』に十分、『抽象的な精神論』に十五分。これらは全てノイズです。聞き手の集中力を低下させ、モチベーションを下げるだけの『騒音』です」

 私はメモを彼の胸ポケットにねじ込んだ。

「次回からは、この『要約版(サマリー)』を読み上げてください。時間は一分で済みます。浮いた三十九分で、生徒たちは自習なり部活なり、有意義な活動ができます。……それが『高潔な貴族』の時間の使い方ではありませんか?」

 講堂内が、水を打ったように静まり返った。  全校生徒の前で、絶対権力者である生徒会長を、「話が長い無能」と切り捨てたのだ。

 マクシミリアンの顔が、赤から青、そして紫へと変わっていく。

「き、きき、貴様ぁぁ……! 伝統ある入学式の式辞を、騒音だとぉ!?」 「ええ。非効率ですから」

 私はスカートの埃を払い、涼しい顔で言い放った。

「伝統とは『火を守ること』であり、『灰を崇拝すること』ではありません。……無駄な形式美に酔うのはおやめなさい。見ていて痛々しいです」

 完全にトドメを刺した。  マクシミリアンはパクパクと口を開閉させた後、白目を剥いてその場に卒倒した。

 一瞬の静寂。  その直後、講堂のどこかから、パラパラと拍手が起こった。  それはすぐに広がり、万雷の拍手喝采へと変わった。

「すげぇ……あのキザ会長を黙らせたぞ!」 「かっこいい……! あの方が、新しいカリスマだ!」 「リリエラ様! 俺たちの退屈な時間を救ってくれてありがとう!」

 生徒たちが立ち上がり、私に向けて歓声を送っている。  まただ。  私はただ、「早く終わらせて帰りたかった」だけなのに。    倒れたマクシミリアンを踏み越えて(物理的に)、私はハンスに耳打ちした。

「……ハンス。帰るわよ。ここは非効率の掃き溜めだわ」 「お嬢様……入学初日で生徒会長をKOして、全校生徒のハートを鷲掴みにしてどうするんですか……」

 ハンスが頭を抱えている。  こうして、私の「静かな学園生活」は、初日から「学園改革(スクール・レボリューション)」へと舵を切ることになってしまった。

 翌日。  私の机の上には、山のような「入部届」ならぬ「傘下入り嘆願書」が積まれていた。  そして、生徒会室からは、復活したマクシミリアンからの果たし状――『予算委員会での決闘を申し込む』という手紙が届いていた。

(……面倒くさい。全部民営化してやる)

 私は新たな敵(学校の校則と伝統)を見据え、不敵に笑った。
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