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第24話:女王候補の逃走先と、非効率な入学式
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「――入学、ですか?」
王城の応接室にて。 私は国王フレデリックと、満面の笑みのジークフリート王子を前に、眉をひそめていた。
「うむ! そなたが『女王即位』を固辞する理由は理解した。『まだ七歳であり、教養も経験も不足している』……確かにその通りじゃ」
国王は鷹揚に頷いた。 よし。交渉(ネゴシエーション)は成功だ。 七歳の子供に国を背負わせるなど、児童福祉法違反も甚だしい。これで領地に帰って、今度こそスローライフを……。
「そこでじゃ! そなたには『王立セント・フリーデシア学園』に入学してもらう!」
……は?
「本来は十二歳からの入学だが、そなたは特例中の特例(スーパー・エリート)じゃ。飛び級で高等部への編入を認める。そこで五年間、王族としての教養と人脈を培うがよい。……卒業後は、ジークフリートと結婚し、即位ということで手を打とう」
国王がニカッと笑う。 外堀を埋められた。 「今すぐ即位」は回避できたが、「五年後に即位」という先物取引(フューチャーズ)を確約させられたわけだ。
(……まあいい。五年の猶予があるなら、その間に代わりの人材を育成して押し付けるか、あるいは学園の寮に引きこもってしまえばいい)
私は頭の中で計算し、渋々頷いた。
「……承知いたしました。ただし、学園生活においては、私の裁量を認めていただきます。授業に出るかどうかも含めて」 「許可しよう。そなたほどの天才なら、授業など退屈であろうしな」
こうして、私の「学園への避難計画」が発動した。 しかし、私はまだ知らなかった。 その学園が、私の嫌いな「非効率」と「前例踏襲」の巣窟であることを。
***
四月。王立学園の正門前。 桜並木の下には、煌びやかな馬車が列をなしていた。 この国の貴族の子弟たちが集う、最高学府だ。
「ここが、お嬢様の新しい戦場ですね……!」
制服に着替えたハンス(彼は私の従者として特例で帯同を許可された)が、感極まったように鼻をすすっている。 私は、特注の小さな制服(ブレザー)に袖を通し、不機嫌に馬車を降りた。
「戦場じゃないわ。ここは私の『シェルター(避難所)』よ」
だが、私が降り立った瞬間、周囲の空気が凍りついた。 白銀の髪、宝石のような紫の瞳。そして七歳という幼さ。 ざわめきが波紋のように広がる。
「おい、見ろよ……あの方が……」 「『王都無血開城』の英雄……」 「『氷雪の軍神』リリエラ様だ……!」
生徒たちがモーゼの海割れのように道を開ける。 羨望、畏怖、好奇心。 シェルターどころか、完全に注目の的だ。目立ちたくないのに、私のブランド価値が高騰しすぎている。
私は無表情のまま、講堂へと向かった。
***
入学式。 全校生徒千人が集まる講堂は、蒸し風呂のような暑さだった。 換気が悪い。照明が暗い。椅子の座り心地が最悪だ。 私はパイプ椅子(木製)の上で、貧乏ゆすりを我慢していた。
そして何より――
「――えー、我が学園の伝統とは、すなわち誇りであり、その誇りは歴史によって紡がれ……(中略)……貴族たるもの、常に高潔であり、薔薇のように美しく……」
演壇で話している生徒会長の話が、絶望的に長い。 金髪の長髪をなびかせた、ナルシスト全開の男。公爵家の嫡男、マクシミリアンだ。 彼の演説はすでに三十分を超えている。内容は「伝統」と「誇り」という具体性のない単語の羅列だ。中身がない。ゼロだ。
(……時間の無駄(タイム・ウェイスト)だ。これだけの人数を三十分拘束したことによる、人的資源の損失を計算してみろ)
周囲の生徒たちも、あくびを噛み殺したり、貧血で倒れそうになったりしている。 だが、誰も文句を言わない。「生徒会長の話を静聴するのが伝統」だからだ。
マクシミリアンがようやく話を終え、満足げに周囲を見渡した時だった。 彼は最前列に座る(特等席を用意されていた)私に目を止め、ニヤリと笑った。
「おや? そこにいるのは、特例入学のリリエラ嬢ですね」
彼は演壇から降り、わざわざ私の前まで歩いてきた。 上級生としてのマウントを取るつもりだろう。
「七歳での入学とは驚きですが……ここは学園です。王都での武勇伝がどうあれ、ここでは私がルールだ。年長者を敬い、伝統に従っていただきますよ?」
周囲が息を呑む。 「あの」リリエラ様に喧嘩を売るとは。 だが、私は静かに立ち上がった。 椅子の上に立って、ようやく彼と目線が合う高さだ。
「……マクシミリアン会長。一つ提案があります」 「提案? 新入生が何を……」 「貴方の演説は、構成(ストラクチャー)が悪すぎます」
私は懐から、一枚の紙を取り出した。 彼が話している間に、私が書き留めたメモだ。
「貴方の四十分の演説は、要約すれば『伝統を守り、品位を保て』という二点だけです。それなら三十秒で伝えられます」
「な、なんだと!?」 「それに、前置きの『季節の挨拶』に五分、『家柄の自慢』に十分、『抽象的な精神論』に十五分。これらは全てノイズです。聞き手の集中力を低下させ、モチベーションを下げるだけの『騒音』です」
私はメモを彼の胸ポケットにねじ込んだ。
「次回からは、この『要約版(サマリー)』を読み上げてください。時間は一分で済みます。浮いた三十九分で、生徒たちは自習なり部活なり、有意義な活動ができます。……それが『高潔な貴族』の時間の使い方ではありませんか?」
講堂内が、水を打ったように静まり返った。 全校生徒の前で、絶対権力者である生徒会長を、「話が長い無能」と切り捨てたのだ。
マクシミリアンの顔が、赤から青、そして紫へと変わっていく。
「き、きき、貴様ぁぁ……! 伝統ある入学式の式辞を、騒音だとぉ!?」 「ええ。非効率ですから」
私はスカートの埃を払い、涼しい顔で言い放った。
「伝統とは『火を守ること』であり、『灰を崇拝すること』ではありません。……無駄な形式美に酔うのはおやめなさい。見ていて痛々しいです」
完全にトドメを刺した。 マクシミリアンはパクパクと口を開閉させた後、白目を剥いてその場に卒倒した。
一瞬の静寂。 その直後、講堂のどこかから、パラパラと拍手が起こった。 それはすぐに広がり、万雷の拍手喝采へと変わった。
「すげぇ……あのキザ会長を黙らせたぞ!」 「かっこいい……! あの方が、新しいカリスマだ!」 「リリエラ様! 俺たちの退屈な時間を救ってくれてありがとう!」
生徒たちが立ち上がり、私に向けて歓声を送っている。 まただ。 私はただ、「早く終わらせて帰りたかった」だけなのに。 倒れたマクシミリアンを踏み越えて(物理的に)、私はハンスに耳打ちした。
「……ハンス。帰るわよ。ここは非効率の掃き溜めだわ」 「お嬢様……入学初日で生徒会長をKOして、全校生徒のハートを鷲掴みにしてどうするんですか……」
ハンスが頭を抱えている。 こうして、私の「静かな学園生活」は、初日から「学園改革(スクール・レボリューション)」へと舵を切ることになってしまった。
翌日。 私の机の上には、山のような「入部届」ならぬ「傘下入り嘆願書」が積まれていた。 そして、生徒会室からは、復活したマクシミリアンからの果たし状――『予算委員会での決闘を申し込む』という手紙が届いていた。
(……面倒くさい。全部民営化してやる)
私は新たな敵(学校の校則と伝統)を見据え、不敵に笑った。
王城の応接室にて。 私は国王フレデリックと、満面の笑みのジークフリート王子を前に、眉をひそめていた。
「うむ! そなたが『女王即位』を固辞する理由は理解した。『まだ七歳であり、教養も経験も不足している』……確かにその通りじゃ」
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「そこでじゃ! そなたには『王立セント・フリーデシア学園』に入学してもらう!」
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「本来は十二歳からの入学だが、そなたは特例中の特例(スーパー・エリート)じゃ。飛び級で高等部への編入を認める。そこで五年間、王族としての教養と人脈を培うがよい。……卒業後は、ジークフリートと結婚し、即位ということで手を打とう」
国王がニカッと笑う。 外堀を埋められた。 「今すぐ即位」は回避できたが、「五年後に即位」という先物取引(フューチャーズ)を確約させられたわけだ。
(……まあいい。五年の猶予があるなら、その間に代わりの人材を育成して押し付けるか、あるいは学園の寮に引きこもってしまえばいい)
私は頭の中で計算し、渋々頷いた。
「……承知いたしました。ただし、学園生活においては、私の裁量を認めていただきます。授業に出るかどうかも含めて」 「許可しよう。そなたほどの天才なら、授業など退屈であろうしな」
こうして、私の「学園への避難計画」が発動した。 しかし、私はまだ知らなかった。 その学園が、私の嫌いな「非効率」と「前例踏襲」の巣窟であることを。
***
四月。王立学園の正門前。 桜並木の下には、煌びやかな馬車が列をなしていた。 この国の貴族の子弟たちが集う、最高学府だ。
「ここが、お嬢様の新しい戦場ですね……!」
制服に着替えたハンス(彼は私の従者として特例で帯同を許可された)が、感極まったように鼻をすすっている。 私は、特注の小さな制服(ブレザー)に袖を通し、不機嫌に馬車を降りた。
「戦場じゃないわ。ここは私の『シェルター(避難所)』よ」
だが、私が降り立った瞬間、周囲の空気が凍りついた。 白銀の髪、宝石のような紫の瞳。そして七歳という幼さ。 ざわめきが波紋のように広がる。
「おい、見ろよ……あの方が……」 「『王都無血開城』の英雄……」 「『氷雪の軍神』リリエラ様だ……!」
生徒たちがモーゼの海割れのように道を開ける。 羨望、畏怖、好奇心。 シェルターどころか、完全に注目の的だ。目立ちたくないのに、私のブランド価値が高騰しすぎている。
私は無表情のまま、講堂へと向かった。
***
入学式。 全校生徒千人が集まる講堂は、蒸し風呂のような暑さだった。 換気が悪い。照明が暗い。椅子の座り心地が最悪だ。 私はパイプ椅子(木製)の上で、貧乏ゆすりを我慢していた。
そして何より――
「――えー、我が学園の伝統とは、すなわち誇りであり、その誇りは歴史によって紡がれ……(中略)……貴族たるもの、常に高潔であり、薔薇のように美しく……」
演壇で話している生徒会長の話が、絶望的に長い。 金髪の長髪をなびかせた、ナルシスト全開の男。公爵家の嫡男、マクシミリアンだ。 彼の演説はすでに三十分を超えている。内容は「伝統」と「誇り」という具体性のない単語の羅列だ。中身がない。ゼロだ。
(……時間の無駄(タイム・ウェイスト)だ。これだけの人数を三十分拘束したことによる、人的資源の損失を計算してみろ)
周囲の生徒たちも、あくびを噛み殺したり、貧血で倒れそうになったりしている。 だが、誰も文句を言わない。「生徒会長の話を静聴するのが伝統」だからだ。
マクシミリアンがようやく話を終え、満足げに周囲を見渡した時だった。 彼は最前列に座る(特等席を用意されていた)私に目を止め、ニヤリと笑った。
「おや? そこにいるのは、特例入学のリリエラ嬢ですね」
彼は演壇から降り、わざわざ私の前まで歩いてきた。 上級生としてのマウントを取るつもりだろう。
「七歳での入学とは驚きですが……ここは学園です。王都での武勇伝がどうあれ、ここでは私がルールだ。年長者を敬い、伝統に従っていただきますよ?」
周囲が息を呑む。 「あの」リリエラ様に喧嘩を売るとは。 だが、私は静かに立ち上がった。 椅子の上に立って、ようやく彼と目線が合う高さだ。
「……マクシミリアン会長。一つ提案があります」 「提案? 新入生が何を……」 「貴方の演説は、構成(ストラクチャー)が悪すぎます」
私は懐から、一枚の紙を取り出した。 彼が話している間に、私が書き留めたメモだ。
「貴方の四十分の演説は、要約すれば『伝統を守り、品位を保て』という二点だけです。それなら三十秒で伝えられます」
「な、なんだと!?」 「それに、前置きの『季節の挨拶』に五分、『家柄の自慢』に十分、『抽象的な精神論』に十五分。これらは全てノイズです。聞き手の集中力を低下させ、モチベーションを下げるだけの『騒音』です」
私はメモを彼の胸ポケットにねじ込んだ。
「次回からは、この『要約版(サマリー)』を読み上げてください。時間は一分で済みます。浮いた三十九分で、生徒たちは自習なり部活なり、有意義な活動ができます。……それが『高潔な貴族』の時間の使い方ではありませんか?」
講堂内が、水を打ったように静まり返った。 全校生徒の前で、絶対権力者である生徒会長を、「話が長い無能」と切り捨てたのだ。
マクシミリアンの顔が、赤から青、そして紫へと変わっていく。
「き、きき、貴様ぁぁ……! 伝統ある入学式の式辞を、騒音だとぉ!?」 「ええ。非効率ですから」
私はスカートの埃を払い、涼しい顔で言い放った。
「伝統とは『火を守ること』であり、『灰を崇拝すること』ではありません。……無駄な形式美に酔うのはおやめなさい。見ていて痛々しいです」
完全にトドメを刺した。 マクシミリアンはパクパクと口を開閉させた後、白目を剥いてその場に卒倒した。
一瞬の静寂。 その直後、講堂のどこかから、パラパラと拍手が起こった。 それはすぐに広がり、万雷の拍手喝采へと変わった。
「すげぇ……あのキザ会長を黙らせたぞ!」 「かっこいい……! あの方が、新しいカリスマだ!」 「リリエラ様! 俺たちの退屈な時間を救ってくれてありがとう!」
生徒たちが立ち上がり、私に向けて歓声を送っている。 まただ。 私はただ、「早く終わらせて帰りたかった」だけなのに。 倒れたマクシミリアンを踏み越えて(物理的に)、私はハンスに耳打ちした。
「……ハンス。帰るわよ。ここは非効率の掃き溜めだわ」 「お嬢様……入学初日で生徒会長をKOして、全校生徒のハートを鷲掴みにしてどうするんですか……」
ハンスが頭を抱えている。 こうして、私の「静かな学園生活」は、初日から「学園改革(スクール・レボリューション)」へと舵を切ることになってしまった。
翌日。 私の机の上には、山のような「入部届」ならぬ「傘下入り嘆願書」が積まれていた。 そして、生徒会室からは、復活したマクシミリアンからの果たし状――『予算委員会での決闘を申し込む』という手紙が届いていた。
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