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第5章 立浪
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立浪は口入れ屋に、人知れず船を入手できないかと相談し、ある漁師を紹介された。
「この船だ」
老人が指し示す先には、四、五人乗りの小さな船が浮かび、ゆらゆらと波に揺られている。
「まさに探していたものだ、かたじけない」
立浪は懐から銭を取り出し、老人に手渡した。
「役に立ててよかった。儂はもう目が見えなくなってきておる。肩も膝も痛い。ちょうど隠居しようと考えていたところじゃ」
老人の目は白く濁り、前歯は一本しか残っていない。
手の甲には入れ墨で「一」をあらわす一本線が刻まれており、どこかで盗みを働いて、一度、公の裁きを受けた過去をうかがわせた。
「ところであんた、社の人だろう。こんな船を買って、どうするのじゃ?」
「どうせこの先ずっと島暮らしだ、憂さ晴らしに釣りをしようと思ってな」
「社の人も釣りをするのか?」
「ほかの者はどうか知らんが……。儂は伊勢の漁村に生まれた。故郷にいた頃は漁師の真似事をしていたんだ」
「ほう」
「もしもの話だが、うっかり沖に流されてしまった場合、潮の流れに乗れば、そのまま本土に流れ着いたりするのかい?」
「海流によるが、満潮に向かう流れならありうるかのう」
「そうか」
立浪はうなずいた。
「かたじけない、じいさん、達者に暮らせよ」
「お前さんも。気をつけてな」
老人に背を向け、立浪は歩きはじめた。
「海を侮ってはいかんぞ」
遠ざかる若者に、老人はひとこと忠告すると、手を振って見送った。
「この船だ」
老人が指し示す先には、四、五人乗りの小さな船が浮かび、ゆらゆらと波に揺られている。
「まさに探していたものだ、かたじけない」
立浪は懐から銭を取り出し、老人に手渡した。
「役に立ててよかった。儂はもう目が見えなくなってきておる。肩も膝も痛い。ちょうど隠居しようと考えていたところじゃ」
老人の目は白く濁り、前歯は一本しか残っていない。
手の甲には入れ墨で「一」をあらわす一本線が刻まれており、どこかで盗みを働いて、一度、公の裁きを受けた過去をうかがわせた。
「ところであんた、社の人だろう。こんな船を買って、どうするのじゃ?」
「どうせこの先ずっと島暮らしだ、憂さ晴らしに釣りをしようと思ってな」
「社の人も釣りをするのか?」
「ほかの者はどうか知らんが……。儂は伊勢の漁村に生まれた。故郷にいた頃は漁師の真似事をしていたんだ」
「ほう」
「もしもの話だが、うっかり沖に流されてしまった場合、潮の流れに乗れば、そのまま本土に流れ着いたりするのかい?」
「海流によるが、満潮に向かう流れならありうるかのう」
「そうか」
立浪はうなずいた。
「かたじけない、じいさん、達者に暮らせよ」
「お前さんも。気をつけてな」
老人に背を向け、立浪は歩きはじめた。
「海を侮ってはいかんぞ」
遠ざかる若者に、老人はひとこと忠告すると、手を振って見送った。
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