孤高の騎士団長は誰のものにもならないオメガ

ゆなな

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フェリクスの目的

 戦場から長い時間をかけて戻ってきた疲れを取るために自室に戻ったフェリクスだったが、助けたばかりのころの愛らしいバルトのことは、一人になると自然と思い出されて気が付くと記憶を辿ってしまうのだった。
 今の逞しく頼りになるバルトに成長するために、子どもだった彼はいかほどに努力をしたのだろうか。一足飛びに大人にさせてしまったのかもしれない。

 懐かしい記憶に想いを馳せながら少しの間眠ったフェリクスだったが、染みついている習性で約束の時間の前には目覚めることができた。
 フェリクスが二階の自室から居間に下りていくと、すでにバルトもフィーも揃っていた。

「少し眠れたみたいですね。よかった……」

 バルトはフェリクスの顔を見るとほっとしたように言った。
 打ち合わせをしたのち、三人は馬車に乗り込んだ。
 フィーが馬車を御し、バルトとフェリクスは荷台に乗った。荷台には幌が掛けられ、外から荷台の様子を見ることはできない。裏城下町には慣れているフィーが裏城下町二丁目の賭博場から少し離れた人目に付かない空き地に馬車を停める。
 賭博場の正面玄関からは離れているが、バルトが調べて書いた見取り図にあった裏口からはあまり離れていない。
 三人はいつものとおり、夜闇に紛れることができるように黒ずくめの衣服に身を包んでいる。黒い上着に付いているフードを目深に被り、口元まで隠れるように上着を引き上げた。
 賭博場は表向きには会員制のショーが見られる高級酒場であるため、正面玄関には多くの上流階級の馬車が付けられていた。
 正面玄関は大いに賑わっていたが、裏口には一人見張りが立っているだけで、静かなものだった。

「俺が行きます」

 見張りを見てそう言ったバルトはすでに動いていた。

「な……なんだ⁉ お前……っうぐっ」

 見張りの男はあっという間にバルトがその首筋に当てた手刀で意識を失った。

「あとは僕がやるよ」

 フィーはそう言うと見張りの男に慣れた手つきで猿轡と目隠しをして、両手両足を縛りあげた。その間にフェリクスは腰のベルトに付けている革製の道具入れから細い金属の道具をいくつか取り出し、裏口の鍵穴に差し込み、小さな音を確かめながら慎重に作業した。
 バルトは二人が作業に熱中している間に近づいて来る人物はいないか、周囲に目を走らせていた。やがて、カチリという小さな金属音がフェリクスの手元で鳴った。

「開いた……」

 裏口のドアノブを捻ると、キィ……と耳障りな錆びた金属音と共に扉は開いた。
 その扉の中にフェリクスが駆け込むとバルトが続いた。身体能力が二人ほどには高くないフィーは入り口で見張りや出てきた子どもたちの案内役をすることになっている。
 扉を開けてすぐに薄暗い石造りの階段が地下に続いていた。
 静かに、しかし素早く下りるのは二人とも慣れたものだった。
 階段を下りきると薄暗く冷たい廊下が続く。石造りというより、ゴツゴツした地面が剥き出しになったような廊下をフェリクスは走った。
 足の速さにはかなり自信があるが、振り返らなくてもバルトがぴったり後ろをついてきていることはわかった。ひんやりとしていて重く淀んだ空気が流れる暗い廊下にランタンの明かりが見えた。
 そしてそのすぐそばに並ぶ恐ろしい雰囲気を醸し出す地下牢。

「誰だっ……ぐわぁっ」

 地下牢の見張り番の大柄な男が叫んだが、フェリクスは同時に屈んで男の懐に素早く入り込み、下あごに拳を繰り出した。
 叫ぶとともに男はそのまま昏倒した。
 フェリクスは男の腰に付いていた鍵束を奪うと、一番近くの地下牢の鍵穴に一つずつ差し込んで確かめた。
 裏口の扉を開けたように、金具で開けることもフェリクスはできるが、鍵の数を見て一つずつ試した方がいいと踏んだのだ。
 バルトはフェリクスが倒した男の手足を素早く拘束する。意識が回復しても動けないようにしておくためだ。
 何も言わなくても、長年の経験から流れるようにスムーズだ。
 フェリクスがいくつか鍵を試していると、そのうちの一つがカチリと金属音を立てて小さな鍵穴の中で回転した。
 牢の奥には少年がいたが鍵を開け鉄格子の扉を開けても、奥の方で座り込んだまま動かない。
 フェリクスは奥まで行くと、しゃがみこんで少年と目を合わせた。おそらくオメガのようだった。

「大丈夫だ。君を助けに来た。君が嫌なことは決してしないから安心して」

 一刻を争う状況だったが、フェリクスは少年にゆっくりと話した。
 フェリクスの声に少年の目の焦点が合う。

「立って歩けるか? 無理なら背負って行く」

「だ……大丈夫……走れます」

 震える子供の声に安心させるようにフェリクスは微笑んだ。頭をなでてやりたかったが、フェリクスは子どもに触れるのは最低限にしようと心掛けるようになっていた。

「よし、いい子だ。この牢を出て右に真っ直ぐ行って階段を上って。その上にある扉を出たところに俺たちの仲間がいるから、馬車の中に隠れて待っていてくれ。仲間は俺たちと同じ黒い服を着ているからすぐにわかるはずだ。馬車まで頑張れれば後はもう心配しないでいい。必ず安全なところに連れて行くと約束する。でも走って転んだら大変だから歩くんだよ。走りたくなるだろうけれど、無理はしないで。さぁ行くんだ」

 フェリクスが言うと、子供は自分の足で立って歩き始めた。その足取りを見てから、その牢を出る。
 牢を出ると見張りの拘束が終わったバルトに鍵の束の半分を渡し、手分けをして牢を次々に開けてゆき、同じように少年少女を開放していく。
 どこかから攫われてきたか親に売られてこの牢に入れられたこれらの少年少女は、これからこの国に蔓延る人身売買組織アンダーバーによって、金を持っている者たちにオークションで売り捌かれるオメガやアルファだ。
 金持ちはアルファだけでなく商売がうまく成り上がったベータも少なくない。
 法外な値段で売買される子供を買えるほど金を持っているオメガなんていないので、恐らくこの二種類の人間がオークションの参加者を占めるのだろう。
 アンダーバーは質のいいオメガやアルファを法外な値段で売買し、莫大な利益を稼ぐとともにゴルール公国内外の金持ちに売ることによって彼らと秘密を共有し太いパイプも作る。特に国外の金持ちといったら桁外れで、公国が従属しているクランブルク帝国の要人もこの組織の顧客だとフェリクスは踏んでいる。
 フェリクスはこの巨悪から一人でも多くの子どもを救いたかった。
    
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