それはとても、甘い罠

ゆなな

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それは、とてもあまい罠

9話

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「悠、ほら……答えて?」
「ん………っ」
 人より薄い、敏感な肌。それもとりわけ薄い首筋に、くちびるが押し付けられて思わず悠は声を漏らしてしまった。
 そんな悠の声を聞いて、背中から悠を抱えるようにゆったりとした黒革のソファに座っていたリョウはうっそりと笑う。
 大きなテレビの画面に映し出されるのは人気のサイコホラーの映画。映画が少ずつ怖くなってきた悠は躯を辿る指が、くちびるが、妖しく熱を帯びてきたのがわかっても、リョウから躯を離すことができない。
 悠の首筋の感触はひどくなめらかで、やわらかで、思いっきり噛みつきたくなるような獰猛な欲望を抑えるのが一苦労だ。甘咬みするに留めるが時おり欲望に塗れた舌で軽く付けた歯形をなぞると、ひくり、ひくりとしなやかな背をひくつかせる様が可愛らしい。頚筋から悠の肌の食べ頃の果実のような甘い香りが鼻腔を擽る。
 おそらく、先程のようにうっかり甘い吐息を漏らさぬよう必死に耐えているのかと思うと見る者全てを魅了するようなリョウの美貌に似つかわしくない獰猛な獣のような笑みが浮かぶ。
 とりわけ敏感な胸の先に薄いシャツの生地越しに触れると
「………っ」
 声にならない悲鳴を上げた悠は思わずリョウの美しい手をぎゅっと両手で掴んで……
「リョ……リョウさんっあのっ……今のシーンのセリフ、意味が……」
 ここのところ週末はこうやって店の始まる時間までリョウの自宅で二人で映画を見て過ごすことが多い。英語で見ているのは悠の受験勉強の指導も兼ねて。
「ん?今のとこ、ね。『愛してるなら、やめて』と言えるか?という問いに対してNot in a thousand yearsって答えてる。千年ないってことはまぁ要するに『死んでもありえない』って意味だよ。」
と、形のいい悠の耳の中にくちびるが付かんばかりに近づいて言葉を流し込むと、取り分け耳が敏感な悠は頬も耳も首筋も赤く染めながら、身を震わせた。
…あぁ、何て可愛いのだろうか。
「わかった?」
 リョウが意地悪く問うと、コクコクと頷く。
 敏感になった感覚に神経が集中して『わからない』などと答えたら、ナニをされるかここ何回かの映画鑑賞で、思い知っているのだろう。リョウの熱い舌か耳の中にぬるりと潜り込んでくる。そして耳の中に愛の言葉を囁くように
「Tell me , would you ever say to me, "Stop If you loved me you'd stop"」
「んっ………」

「あっ……Not ……in a ……thousand years」
「That's my boy,You…」
 リョウは映画のセリフを少し変えて答えるや否や、するりと掌を下着の中に潜り込ませた。
「…っ…リ…ョウさんっ……」
手を止めて欲しいというような声色。
「でもさ、悠」
もう、ぐちゃぐちゃに濡れてる─────
 あまりに艶かしいバリトンで囁かれて、悠の細い腰がひくり、と揺れ、とろり、と屹立からあまい蜜が零れた。長い人差し指が悠のすっかり感じてしまっている屹立から流れる体液をゆっくりと辿ると、躯の一番奥。そっと指の先だけ潜り込む。指の先だけで、くちゅくちゅと濡れた音を立てて入り口のほんの浅いとこを混ぜられる。
「あ………あ……………」
もっと、気持ちよくして欲しい
 思わず脳裏に浮かんだ恥ずかしい言葉をちいさな子供のように頭をイヤイヤと振って追い出そうとすると──
「もっと?」
 見透かされたかのように囁かれて、返事なんて出来るはず、ないのに。言えない言葉の代わりに、きゅうぅっとごく浅いところに挿入された指を締め付けてしまう。
「んっ…………」
 甘い吐息を漏らすと顎を掴まれて振り向かされ、ぺろり、とくちびるを舐められて、僅かに開いたくちびるの隙間から舌が忍びこんだ。口のなかを優しくくすぐられるようなキスに躯の力が抜けた瞬間。ずるり、とすらりと長いが男らしく骨張った指が奥まで挿入された。
「んんんっ………」
 キスで塞いだくちびるの隙間からは絶えずあまい吐息が漏れて、振り向かされてのキスは苦しいのに、躯はひくひくと痙攣しているかのように反応を示す。シャツの下の胸の先はツン、と立ち上がり、屹立からはたらたらと透明な雫が奥の孔へと垂れてゆく。静かに内壁を辿っていた指先をゆったりと出し入れされながら、濡れそぼっている悠の屹立を擦り立てられる。どうにかなりそうな甘ったるいキスでくらくらにさせられた頭では理性など制御できず、屹立を擦られて、あっという間に達してしまった。
 ぐ………っとリョウの熱く猛るものをすべらかな双丘に押し当てられる。
「まだ、俺の気持ち……聞く勇気出ない?」
 リョウも興奮しているのか、少し常より掠れた声でささやかれる。ぎくりと強張った悠を宥めるようにリョウの大きな掌が躯を撫でる。
「俺の全部、受け止めるのはまだ、怖い?」
ワカラナイ……ワカラナイ……
 子供のような顔をして潤んだ瞳で振り返る悠を見て仕方ないなと笑う。
「あと、少しだけ、な」
 リョウはそう言うと、悠の躯を前に倒して、ソファの前にあるローテーブルに両手をつかせた。
「脚、閉じて………」
 そう言うとぬるぬると悠の体液で滑る双丘と太ももの間に、リョウの屹立を擦り付ける。
 所謂、素股という行為だが、熱いものでとりわけ敏感なところを擦られて気持ちよさで何もかも、わからなくなる。
「あっ……あっ……」
 キスから解放された唇から漏れる淫らな声を止める術などわからない。擦られたところが燃えるように熱い。
はやく、俺の全てを受け入れて──────
 熱い体液を躯にかけられるまで、呪文のように囁かれた。
*****


 ざぁぁ

 湯に打たれる白い肌。とても弱くて、夏でも長袖が欠かせないし、とても敏感でちょっとした触れ合いにもゾワゾワと鳥肌を立ててしまう。握手を求められるのも、肩を組まれるのも苦痛であるため、無意識に友人との関係に一線を引いてしまう。気付いたら心から友人と言える存在などいなかった。彼女が出来たところで、抱き合ってキス……想像しただけて、薄皮にくるまれただけの己の神経がゾワゾワと嫌な悪寒が背を走る。悠の対人関係にも影響を大きく及ぼすほどの、類稀な敏感なその皮膚。他人との接触には嫌悪しか感じたことのない感覚なのに。
 白い肌に散らされた赤い痕を見て、溜め息を漏らす。
 リョウの長くて美しいのに男性らしい指先がつ……といたずらに悠の躯に触れるとそれだけで、衝撃を覚えるほどのあまい痺れが全身を貫いた。もっと触れて欲しいのに、これ以上触れられたらどうなるかわからなくて怖い。敏感すぎる薄皮に包まれた神経が、初めて不快以外のあまい衝撃を覚えた。
 蜜で出来た甘すぎる深い海にずぶずぶと嵌まって、気付いたら一人で生きていけないどうしようもない生き物にされていそうで怖い。
 あの氷のように冷たい蒼い瞳が、悠を見付けると優しく蕩けるのはわかっているけれど、店には本気で彼を狙う沢山の美しい女達が居る。自分がその誰より魅力的だなんて悠には到底思えない。いつか彼から離れなければならない時が来たときのことを考えると、リョウの気持ちを聞いて、悠の気持ちを打ち明けて、二人の関係に名前を付けてしまうことが、怖い。だから、このままでいいのだ。
「悠、大丈夫か?」
 浴室の外から声が掛かり、びくっとしてしまう。
「は…は…はいっ!」
 悠の返答にくくっとリョウは笑うとバスタオル、置いとくよと続けた。
 どきん……どきん……
 心臓がうるさい。DeepBlueのカウンター越しにリョウが初めてのキスを悠にしてから会うたびに、繰り返キスと愛撫。店で会うだけの関係から、土曜日と日曜日にはリョウの車が悠を迎えに行き、二人きりで過ごす関係に変わっていた。
 そう。端から見るとすでに二人の関係には名前が付いているようだが、嘗てそんな存在が居たことの無い悠には、既に後戻りなど出来ない深いところまで来ていることに、気づけない────
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