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1章
10話
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その日は入院患者の容態が急変したり、救急の患者が頻繁に運ばれてきて、朝から病棟の空気はざわざわと騒がしかった。
「橋本先生お昼食べれました?」
時計が夕刻の4時を指す頃高弥が先輩医師に問う。
「いや。でも高弥君だってまだだろう?沢村先生と滝本先生さっき交通事故で運ばれてきた患者が消化器系損傷の可能性があるって呼ばれて戻って来ないしなぁ」
忙しい合間に容態が悪化した入院患者の様子を見た後、医局に戻ってきた橋本が呟く。
「バスとバイクの接触事故に後ろ走ってたバイクも巻き込まれて結構大きな事故だったみたいですね。ニュースに出るかもしれないですね」
高弥が橋本に言ったときだった。
「橋本先生っ801号室の吉田さん血圧が急激に低下してます」
医局に慌てて入ってきた看護師が、先程より橋本が様子を診ていた患者の悪化を告げる声に橋本は再び病室へ飛び出して行った。
高弥もやれることを手伝おうと今日は担当ではなかったが病棟の通常の回診をするべく、入院患者の電子カルテに目を通していたとき、医局の内線が鳴った。
「はい、消化器外科の松浦です」
『高弥か。お前今すぐオペ室来れるか?うちで担当する緊急手術が2件になっちまって滝本と二手に分かれるから助手が足りない』
「行けないことはないですが、第一助手やったことないんで橋本先生の方が……」
『今日は病棟の方の状況もまずいから、そっちを橋本に任せたい。だから今すぐ準備してお前が来い』
20ある手術室のうちの一つを指定をすると、相当慌ただしい状況らしく電話は一方的に切れた。
言われたままに指定された手術室に向かうと、担当の看護師や麻酔医も揃っていて慌ただしく沢村から説明が行われている最中であった。
「外傷及び血液検査とCTの結果から肝損傷疑い。出血量が多いことから通常行われる輸液管理のみでの治癒は目指さず、出血性ショックが懸念されるため早急に損傷部分の切除と縫合を行うこととした。なお、患者は事故に因り救急搬送されてきたため現在身元は不明、現症・既往症なども詳細不明だが血液検査より糖尿病の疑いあり。血管が弱くなっている可能性がある」
いつもは飄々としている沢村の緊迫した声に患者の切迫した様子が伝わってくる。急いでCTの結果や血液検査を確認する。カルテがない患者のオペも第一助手を務めるのも初めてである高弥のてのひらに汗がじわりと滲む。
第一助手は執刀医のサポートを手術室担当の看護師と共に行う。
第二助手は手術を見学して勉強するのが目的だが、第一助手はそうはいかない。 術者と同じくらい手術に精通していなければ、術者の意図を察して補助することができない。
患者を開腹するとやはり想像以上の出血が認められ、溢れる血液のせいで損傷している箇所が殆んど確認できない。
そのことは想定内であったため、高弥は手早くチューブで吸引器に繋がれた吸引嘴管と呼ばれる器具を使い吹き出る血液を吸引し、損傷部を少しでも見えやすくするようにサポートする。 肝臓は大きな血管がいくつも通っており、出血しやすい部位だ。吸引嘴管とともに高弥はガーゼも使い患部のすぐ横を抑えていた。
これ以上の出血は恐らく生命に関わってくる。少しでも出血量を抑えて治療できるよう細心の注意を払っていた。
出血量の多いオペのことは幾度も第二助手として参加したオペでサポートする手順を学びシミュレートもしていたのに。
高弥が差し入れたガーゼを挟む鑷子が何かに触れてしまったのか吸引していた吸引嘴管が触れてしまったのか。
高弥が何かに触れてしまったと思ったときには、更にどっと血液が溢れた。
「……っ」
想像以上の血液が視界を覆い、高弥は激しく動揺した。
「高弥、傷口は出血量ほどやばくない。止血鉗子で焼灼止血しろ」
冷静な声で沢村は指示する。手慣れた看護師にさっと止血鉗子を渡されたが。
(やばい、指が……っ)
高弥の震えが止まらない。こんなに血液が溢れだしてくるのを見たことがない。
「出血量が多くて、何処から出血してるかわかんな… …っ」
大量の血液を目の当たりにして、患者の死が頭を過り冷静さを保てない高弥に向かって沢村は冷静な声で呼び掛ける。
「大丈夫だ。こんくらいじゃ焦んなくていい。止血は俺がやるから、お前は吸引続けろ」
沢村は高弥の止血鉗子を素早く受け取り、迷うことなく、すっと血の中に潜らせる。止血鉗子から流れる熱が寸分の狂いなくぴたりと傷付いた血管に当てられて、溢れていた血液が止まったようだった。 あっという間のことだった。
沢村はよし、と小さく呟くとナースに輸血パックの追加を指示したあと、高弥の方をちらりと見た。
「続きに戻るぞ。高弥、集中しろよ」
時が止まった様に動かない高弥に声が掛かる。
「はい……」
これ以上の失態は出来ないと己に言い聞かせるも、その後もボロボロで執刀医が沢村でなければ手術が成り立たないほどであった。
「橋本先生お昼食べれました?」
時計が夕刻の4時を指す頃高弥が先輩医師に問う。
「いや。でも高弥君だってまだだろう?沢村先生と滝本先生さっき交通事故で運ばれてきた患者が消化器系損傷の可能性があるって呼ばれて戻って来ないしなぁ」
忙しい合間に容態が悪化した入院患者の様子を見た後、医局に戻ってきた橋本が呟く。
「バスとバイクの接触事故に後ろ走ってたバイクも巻き込まれて結構大きな事故だったみたいですね。ニュースに出るかもしれないですね」
高弥が橋本に言ったときだった。
「橋本先生っ801号室の吉田さん血圧が急激に低下してます」
医局に慌てて入ってきた看護師が、先程より橋本が様子を診ていた患者の悪化を告げる声に橋本は再び病室へ飛び出して行った。
高弥もやれることを手伝おうと今日は担当ではなかったが病棟の通常の回診をするべく、入院患者の電子カルテに目を通していたとき、医局の内線が鳴った。
「はい、消化器外科の松浦です」
『高弥か。お前今すぐオペ室来れるか?うちで担当する緊急手術が2件になっちまって滝本と二手に分かれるから助手が足りない』
「行けないことはないですが、第一助手やったことないんで橋本先生の方が……」
『今日は病棟の方の状況もまずいから、そっちを橋本に任せたい。だから今すぐ準備してお前が来い』
20ある手術室のうちの一つを指定をすると、相当慌ただしい状況らしく電話は一方的に切れた。
言われたままに指定された手術室に向かうと、担当の看護師や麻酔医も揃っていて慌ただしく沢村から説明が行われている最中であった。
「外傷及び血液検査とCTの結果から肝損傷疑い。出血量が多いことから通常行われる輸液管理のみでの治癒は目指さず、出血性ショックが懸念されるため早急に損傷部分の切除と縫合を行うこととした。なお、患者は事故に因り救急搬送されてきたため現在身元は不明、現症・既往症なども詳細不明だが血液検査より糖尿病の疑いあり。血管が弱くなっている可能性がある」
いつもは飄々としている沢村の緊迫した声に患者の切迫した様子が伝わってくる。急いでCTの結果や血液検査を確認する。カルテがない患者のオペも第一助手を務めるのも初めてである高弥のてのひらに汗がじわりと滲む。
第一助手は執刀医のサポートを手術室担当の看護師と共に行う。
第二助手は手術を見学して勉強するのが目的だが、第一助手はそうはいかない。 術者と同じくらい手術に精通していなければ、術者の意図を察して補助することができない。
患者を開腹するとやはり想像以上の出血が認められ、溢れる血液のせいで損傷している箇所が殆んど確認できない。
そのことは想定内であったため、高弥は手早くチューブで吸引器に繋がれた吸引嘴管と呼ばれる器具を使い吹き出る血液を吸引し、損傷部を少しでも見えやすくするようにサポートする。 肝臓は大きな血管がいくつも通っており、出血しやすい部位だ。吸引嘴管とともに高弥はガーゼも使い患部のすぐ横を抑えていた。
これ以上の出血は恐らく生命に関わってくる。少しでも出血量を抑えて治療できるよう細心の注意を払っていた。
出血量の多いオペのことは幾度も第二助手として参加したオペでサポートする手順を学びシミュレートもしていたのに。
高弥が差し入れたガーゼを挟む鑷子が何かに触れてしまったのか吸引していた吸引嘴管が触れてしまったのか。
高弥が何かに触れてしまったと思ったときには、更にどっと血液が溢れた。
「……っ」
想像以上の血液が視界を覆い、高弥は激しく動揺した。
「高弥、傷口は出血量ほどやばくない。止血鉗子で焼灼止血しろ」
冷静な声で沢村は指示する。手慣れた看護師にさっと止血鉗子を渡されたが。
(やばい、指が……っ)
高弥の震えが止まらない。こんなに血液が溢れだしてくるのを見たことがない。
「出血量が多くて、何処から出血してるかわかんな… …っ」
大量の血液を目の当たりにして、患者の死が頭を過り冷静さを保てない高弥に向かって沢村は冷静な声で呼び掛ける。
「大丈夫だ。こんくらいじゃ焦んなくていい。止血は俺がやるから、お前は吸引続けろ」
沢村は高弥の止血鉗子を素早く受け取り、迷うことなく、すっと血の中に潜らせる。止血鉗子から流れる熱が寸分の狂いなくぴたりと傷付いた血管に当てられて、溢れていた血液が止まったようだった。 あっという間のことだった。
沢村はよし、と小さく呟くとナースに輸血パックの追加を指示したあと、高弥の方をちらりと見た。
「続きに戻るぞ。高弥、集中しろよ」
時が止まった様に動かない高弥に声が掛かる。
「はい……」
これ以上の失態は出来ないと己に言い聞かせるも、その後もボロボロで執刀医が沢村でなければ手術が成り立たないほどであった。
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