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番外編SS
旦那さんは心配症2
「ん……」
躯が大きく揺れて、深い眠りの底から意識が浮上する。
「え……? な、何?」
「あ、起きたか?」
すぐ近くに沢村の顔があって高弥は驚く。どうやら抱き上げられているらしい。
「起こして下さいよ! 恥ずかしい! 自分で歩く……ってここ、うちの病院じゃないですか!」
見慣れた勤務先のエレベーターの中でいわゆるお姫様抱っこの状態ということに高弥は軽くパニックを起こす。
「絶対下ろさねぇ。だから大人しくしてないと落ちるぞ」
そう言われてぴたり、と高弥が動きを止めたところで、二人の勤務する消化器外科のフロアにエレベーターは止まった。
「待って、待って。沢村先生何する気ですか?」
「お前が言うこと聞いて点滴してもらってこねぇのが悪ぃ」
「え……」
高弥を下ろす気は無いらしく、どんどん沢村は見慣れた風景の中を高弥を抱いたまま歩いて行く。
声がもう多分何人か……いや多数の同僚に見られているような気がした。だって何だかすごくざわざわしてる感じがするし、さっき小さな「きゃっ」て悲鳴も聞こえた。恥ずかしくて意識を失ってるふりをして、高弥は顔を隠すように沢村の胸元におでこを付けた。
「あらあら、沢村先生今日はどうしたの? 今日はお休み取ってましたよね」
看護師長の声が聞こえる。挨拶しなきゃと思うのに、今さらもうこの抱き上げられた体勢で恥ずかしくて顔を上げることが出来ないので寝たふりを続行する。
「ちょうど良かった。こいつ、悪阻でもうふらっふらなのに、点滴もしないで検診から帰って来たんすよね。 何度言ってもやってもらわねぇから俺がやろうと思って」
「あらー、そうなの。高弥先生悪阻酷いのね。可哀想に。病室今いっぱいだから、先生達が使う仮眠室に用意するのでいいかしら?」
「それでいいっす。じゃあ俺ら先仮眠室行ってますね」
高弥が意識を失ったふりをしている間に話はどんどん決まっていってしまった。
*****
仮眠室のベッドに寝かせられると、看護師長はすぐにシルバーのトレーに輸液や注射針など、点滴に使う道具一式入れて仮眠室まで運んで来てくれた。
「処置は沢村先生にお任せでいいのよね?」
「あぁ、俺がやります」
看護師長の問いに沢村がそう言うと
「じゃあ終わったら声かけてね。ごゆっくり」
出て行こうとした看護師長に
「あの……っ師長、 無理言ってすみません。ありがとうございます」
さすがに寝たふりを続行できず、身を起こして高弥が礼を言うと
「どういたしまして。でも高弥先生、沢村先生心配で仕事が手につかなくなっちゃうから、あんまり無理はしないで下さいね」
看護師長はそう言って仮眠室のドアを静かに閉じた。
「……どうしても具合悪くて耐えられなかったら、高梨先生のところでやってもらうって言ったじゃないですか。もう恥ずかしくて休み明けどうしよう……」
部屋に二人きりになるや否や高弥が言う。
「俺から見たらもう限界のライン超えてるっつーの。それに結婚して子供が腹にいるって報告してんだから皆俺らのこと知ってるし、別におかしかねーだろ」
看護師長が置いて行った輸液パックに目をとおしながら何でもないことのように沢村は言う。
「そーだった!俺が休んでる間に報告してたんだった!何て報告してるのか考えるだけで怖い! うぅ……どんな顔して育休明け出勤しよ……」
高弥はベッドに転がって頭を抱える。
「心配しなくても、半分くらいは『あー、知ってた』ってたみたいな感じだったぜ?」
「ええ? 嘘?! 嘘でしょ?! つーか、 よく考えたら結婚したからっていってもやっぱ抱っこで職場歩くのめっちゃおかしいから!恥ずかしいから!」
飄々と言う沢村に高弥が叫ぶ。
「ははは。高弥の顔ゆでダコみてぇ。ほら、騒ぐと貴重なカロリー消化するから大人しくしてろって。殆んど食えてないのに無駄なカロリー使うな。点滴してやるから腕出せ」
と沢村は笑う。
「……点滴、つーか注射好きじゃない……」
高弥は子供のようにくちびるを尖らせる。
「知ってる。昔も言ってたな。針刺されんの嫌いだって。一瞬で終わらせてやんよ。俺、痛くしたことねーだろ?」
そう言った沢村の表情がちいさな子供に言い聞かせるみたいだったので高弥は不覚にもどきりとした。
「……そうでしたっけ……痛くされたこともあったような」
誤魔化すようにふざけて言い返すと
「あれ? 高弥クンは痛いのがお好みだっけ?」
意地悪な顔で言われた。
「 うそうそ。痛いのやだ……痛くしないでくださいね……」
高弥は腕を恐る恐る差し出す。
「そう言って身を任せられると、何かこう滾るもんがあるな……」
沢村はさっと高弥の腕に駆血帯を巻きながらもニヤニヤ笑って言う。
「もー、わけわかんないこと言わないで……」
高弥はぎゅっと目を瞑る。
「力抜け……一気に入れちまうから」
耳元で低い声で囁いて、宥めるように背を温かい手で擦られた。
思わず力を抜くと沢村はさっと指で血管を触りながら、静脈を確認し、アルコール綿で消毒すると血管の走行に沿って、刺入した。
ほんの一瞬肌を刺す感覚も彼から与えられたものだと思うと、思わず高弥は高揚感を感じてしまった。針を進め、手で固定しながら、すばやく駆血帯をはずしてからクレンメを開いて、輸液剤をゆっくり滴下した。
ドレッシング材で翼状針を固定し、針が抜けないように輸液ルートでループをつくり、テープで止めてしまうと、にやりと笑って沢村は高弥を見た。
「ベテランナース並みにうまいだろ? 体も拭いてやろうか?」
得意気に嘯く沢村。
「あっという間でしたね。体は拭かなくて大丈夫です」
器用な指先に見とれていたとは言いたくなくて何でもないことのように高弥が言う。
「一時間くらいで終わるから、寝れるなら寝ちまえ。点滴、ブドウ糖だけじゃなくてビタミンB入ってるから、吐き気が少し楽になってるといいんだけどな」
沢村は点滴を打った方とは逆サイドにパイプ椅子を出して座るとそう言った。
「そうですね……」
心配気に沢村が高弥の頭を撫でると、大きな手の温かさで高弥は何だかウトウトと眠くなる。
「おーおー。寝ちまえ」
言いながら高弥を見る沢村の目がすごくすごく優しくて高弥は気恥ずかしくなって目を閉じた。
妊娠しているせいか、いつも眠くて仕方ない。家に居ても寝てばかりになって、高弥は仕事を休んでずっと家にいるのに家事も何も出来ない。沢村が全ての家事をしている状況なのに、眠くてたまらなくなってしまってる高弥を見ると沢村は何だかすごく嬉しそうなのだ。
『俺の子妊娠したせいで高弥が眠くて仕方なくなってるの、何かすげぇイイ』
そういえば沢村は家でもいつもそう言って、ソファでうとうとしかけた高弥をベッドにニヤニヤして運んでいるなと思いながら高弥は意識を手放した。
*****
しばらくして意識が浮上した高弥が周囲を見渡すと沢村は何やら分厚い書類の束を真剣な眼差しで捲っていた。
普段とのギャップにやられて思わず魅入ってしまう。
書類を捲る僅かな音が響く中じっと見つめてると、沢村が視線に気付いたようで高弥の方を見た。
「んだよ、起きてたのかよ」
書類から顔を上げた沢村が不意に顔を上げた。
「新薬のやつですか? 忙しいのにすみません……」
忙しいのに何も手伝えないどころか、家のことや悪阻の自分の世話までさせていることが不甲斐なくて高弥が謝る。
体調が悪すぎて気付けないが、ここのところ夜遅くまでパソコンを弄っていたり、仕事の電話をしていたりするので多分ものすごく忙しいのだ。
「あー……お前がさ、すげぇ具合悪そうなのに不謹慎なんだけどさー」
「フキンシン……?ああ、不謹慎……沢村先生そんな言葉知ってたんですね」
沢村に似合わない言葉に思わず高弥が突っ込む。
「うるせぇよ。知ってるわ、不謹慎くらい。まー何て言うかさー、早く元気になってもらいたいとはめちゃめちゃ思ってるし、すげぇ心配なんだけど妊娠してお前の躯が変わっていくの……なんかたまんねぇ。めちゃめちゃ嬉しいんだわ、 俺」
そう言って、沢村の大きなてのひらがゆっくりと髪に潜る。
「高弥んなかに俺の子がいるんだと思うと、何でもできる気がするし、何でもしてやりたくなる……」
照れ臭そうに笑った沢村の顔が眩しくて、思わず目を細めると、静かにくちびるが重なった。
温かい体温が伝わってきてじんわりなるようなやわらかいキス。
くちびるがそっと離れると、沢村は点滴の残り分を確認する。
「そろそろ終わりだな」
そう言って点滴を高弥の腕から外す。
「じゃ、外したやつ片付けちゃいますねー」
「はー……い? え……? え……? 師長いつからそこに……」
躯を起こした高弥が声がした方を慌てて振り返ると、師長が居た。
「そろそろ終わる時間だと思って今来たところなのでそんなには見てないですよ。少しだけです」
「少し……少し……?」
高弥は呆然と繰り返す。
「沢村先生、久しぶりに高弥先生病棟にいらしたので、ナースの皆聞きたいこと沢山あるってうずうずしてますよ。もしかしたら来たときと同じように抱っこでさっと帰っちゃった方がいいかもしれませんよ」
てきぱきと後始末をする看護師長はまるで仕事の相談をするかのように沢村に言う。
「あー、そうだな、うるせぇしそうするか」
沢村はそう言うと高弥の首と膝の裏に腕を入れて抱き上げようとする。
「 ちょ、やめて下さい。やだやだ。俺歩けるし!」
「止めといた方がいいって。馴れ初めとかしつこく聞かれて疲れるぞ。お前どうせ上手く誤魔化せなくて魔女達のおもちゃにされるのが目に見えてる」
沢村の言葉に看護師長もうんうんと頷いて
「沢村先生が適当なこと言ってるから皆本当のことなのか高弥先生に確かめたいのよ」
と言う。
「適当なこと言ってねーよ。ホントのことだし」
「ホントのこと……」
沢村の言葉に驚いたように、看護師長は繰り返した。
「師長のその顔何?! 沢村先生何言ったの?!」
「知りたい?」
「知らない方がいいと思うわ、高弥先生」
高弥と沢村の遣り取りに看護師長が空かさずアドバイスする。
「俺がいないところで何言ってるんですか?!怖くてもう休めない……やっぱ明日から仕事出ようかな」
「はぁ?何馬鹿なこと言ってんだよ。倒れるに決まってんだろーが。つーか、もう帰るぞ」
そう言って沢村は高弥を再び抱き上げた。
「高弥先生、諦めて寝たふりしておいた方がいいですよ」
看護師長の言葉にやけくそになって高弥は目をぎゅっと閉じた。
沢村が高弥を抱えたまま廊下に出ると、騒がしい声が聞こえたが、高弥はひたすら寝たふりを決め込んだのであった。
end
躯が大きく揺れて、深い眠りの底から意識が浮上する。
「え……? な、何?」
「あ、起きたか?」
すぐ近くに沢村の顔があって高弥は驚く。どうやら抱き上げられているらしい。
「起こして下さいよ! 恥ずかしい! 自分で歩く……ってここ、うちの病院じゃないですか!」
見慣れた勤務先のエレベーターの中でいわゆるお姫様抱っこの状態ということに高弥は軽くパニックを起こす。
「絶対下ろさねぇ。だから大人しくしてないと落ちるぞ」
そう言われてぴたり、と高弥が動きを止めたところで、二人の勤務する消化器外科のフロアにエレベーターは止まった。
「待って、待って。沢村先生何する気ですか?」
「お前が言うこと聞いて点滴してもらってこねぇのが悪ぃ」
「え……」
高弥を下ろす気は無いらしく、どんどん沢村は見慣れた風景の中を高弥を抱いたまま歩いて行く。
声がもう多分何人か……いや多数の同僚に見られているような気がした。だって何だかすごくざわざわしてる感じがするし、さっき小さな「きゃっ」て悲鳴も聞こえた。恥ずかしくて意識を失ってるふりをして、高弥は顔を隠すように沢村の胸元におでこを付けた。
「あらあら、沢村先生今日はどうしたの? 今日はお休み取ってましたよね」
看護師長の声が聞こえる。挨拶しなきゃと思うのに、今さらもうこの抱き上げられた体勢で恥ずかしくて顔を上げることが出来ないので寝たふりを続行する。
「ちょうど良かった。こいつ、悪阻でもうふらっふらなのに、点滴もしないで検診から帰って来たんすよね。 何度言ってもやってもらわねぇから俺がやろうと思って」
「あらー、そうなの。高弥先生悪阻酷いのね。可哀想に。病室今いっぱいだから、先生達が使う仮眠室に用意するのでいいかしら?」
「それでいいっす。じゃあ俺ら先仮眠室行ってますね」
高弥が意識を失ったふりをしている間に話はどんどん決まっていってしまった。
*****
仮眠室のベッドに寝かせられると、看護師長はすぐにシルバーのトレーに輸液や注射針など、点滴に使う道具一式入れて仮眠室まで運んで来てくれた。
「処置は沢村先生にお任せでいいのよね?」
「あぁ、俺がやります」
看護師長の問いに沢村がそう言うと
「じゃあ終わったら声かけてね。ごゆっくり」
出て行こうとした看護師長に
「あの……っ師長、 無理言ってすみません。ありがとうございます」
さすがに寝たふりを続行できず、身を起こして高弥が礼を言うと
「どういたしまして。でも高弥先生、沢村先生心配で仕事が手につかなくなっちゃうから、あんまり無理はしないで下さいね」
看護師長はそう言って仮眠室のドアを静かに閉じた。
「……どうしても具合悪くて耐えられなかったら、高梨先生のところでやってもらうって言ったじゃないですか。もう恥ずかしくて休み明けどうしよう……」
部屋に二人きりになるや否や高弥が言う。
「俺から見たらもう限界のライン超えてるっつーの。それに結婚して子供が腹にいるって報告してんだから皆俺らのこと知ってるし、別におかしかねーだろ」
看護師長が置いて行った輸液パックに目をとおしながら何でもないことのように沢村は言う。
「そーだった!俺が休んでる間に報告してたんだった!何て報告してるのか考えるだけで怖い! うぅ……どんな顔して育休明け出勤しよ……」
高弥はベッドに転がって頭を抱える。
「心配しなくても、半分くらいは『あー、知ってた』ってたみたいな感じだったぜ?」
「ええ? 嘘?! 嘘でしょ?! つーか、 よく考えたら結婚したからっていってもやっぱ抱っこで職場歩くのめっちゃおかしいから!恥ずかしいから!」
飄々と言う沢村に高弥が叫ぶ。
「ははは。高弥の顔ゆでダコみてぇ。ほら、騒ぐと貴重なカロリー消化するから大人しくしてろって。殆んど食えてないのに無駄なカロリー使うな。点滴してやるから腕出せ」
と沢村は笑う。
「……点滴、つーか注射好きじゃない……」
高弥は子供のようにくちびるを尖らせる。
「知ってる。昔も言ってたな。針刺されんの嫌いだって。一瞬で終わらせてやんよ。俺、痛くしたことねーだろ?」
そう言った沢村の表情がちいさな子供に言い聞かせるみたいだったので高弥は不覚にもどきりとした。
「……そうでしたっけ……痛くされたこともあったような」
誤魔化すようにふざけて言い返すと
「あれ? 高弥クンは痛いのがお好みだっけ?」
意地悪な顔で言われた。
「 うそうそ。痛いのやだ……痛くしないでくださいね……」
高弥は腕を恐る恐る差し出す。
「そう言って身を任せられると、何かこう滾るもんがあるな……」
沢村はさっと高弥の腕に駆血帯を巻きながらもニヤニヤ笑って言う。
「もー、わけわかんないこと言わないで……」
高弥はぎゅっと目を瞑る。
「力抜け……一気に入れちまうから」
耳元で低い声で囁いて、宥めるように背を温かい手で擦られた。
思わず力を抜くと沢村はさっと指で血管を触りながら、静脈を確認し、アルコール綿で消毒すると血管の走行に沿って、刺入した。
ほんの一瞬肌を刺す感覚も彼から与えられたものだと思うと、思わず高弥は高揚感を感じてしまった。針を進め、手で固定しながら、すばやく駆血帯をはずしてからクレンメを開いて、輸液剤をゆっくり滴下した。
ドレッシング材で翼状針を固定し、針が抜けないように輸液ルートでループをつくり、テープで止めてしまうと、にやりと笑って沢村は高弥を見た。
「ベテランナース並みにうまいだろ? 体も拭いてやろうか?」
得意気に嘯く沢村。
「あっという間でしたね。体は拭かなくて大丈夫です」
器用な指先に見とれていたとは言いたくなくて何でもないことのように高弥が言う。
「一時間くらいで終わるから、寝れるなら寝ちまえ。点滴、ブドウ糖だけじゃなくてビタミンB入ってるから、吐き気が少し楽になってるといいんだけどな」
沢村は点滴を打った方とは逆サイドにパイプ椅子を出して座るとそう言った。
「そうですね……」
心配気に沢村が高弥の頭を撫でると、大きな手の温かさで高弥は何だかウトウトと眠くなる。
「おーおー。寝ちまえ」
言いながら高弥を見る沢村の目がすごくすごく優しくて高弥は気恥ずかしくなって目を閉じた。
妊娠しているせいか、いつも眠くて仕方ない。家に居ても寝てばかりになって、高弥は仕事を休んでずっと家にいるのに家事も何も出来ない。沢村が全ての家事をしている状況なのに、眠くてたまらなくなってしまってる高弥を見ると沢村は何だかすごく嬉しそうなのだ。
『俺の子妊娠したせいで高弥が眠くて仕方なくなってるの、何かすげぇイイ』
そういえば沢村は家でもいつもそう言って、ソファでうとうとしかけた高弥をベッドにニヤニヤして運んでいるなと思いながら高弥は意識を手放した。
*****
しばらくして意識が浮上した高弥が周囲を見渡すと沢村は何やら分厚い書類の束を真剣な眼差しで捲っていた。
普段とのギャップにやられて思わず魅入ってしまう。
書類を捲る僅かな音が響く中じっと見つめてると、沢村が視線に気付いたようで高弥の方を見た。
「んだよ、起きてたのかよ」
書類から顔を上げた沢村が不意に顔を上げた。
「新薬のやつですか? 忙しいのにすみません……」
忙しいのに何も手伝えないどころか、家のことや悪阻の自分の世話までさせていることが不甲斐なくて高弥が謝る。
体調が悪すぎて気付けないが、ここのところ夜遅くまでパソコンを弄っていたり、仕事の電話をしていたりするので多分ものすごく忙しいのだ。
「あー……お前がさ、すげぇ具合悪そうなのに不謹慎なんだけどさー」
「フキンシン……?ああ、不謹慎……沢村先生そんな言葉知ってたんですね」
沢村に似合わない言葉に思わず高弥が突っ込む。
「うるせぇよ。知ってるわ、不謹慎くらい。まー何て言うかさー、早く元気になってもらいたいとはめちゃめちゃ思ってるし、すげぇ心配なんだけど妊娠してお前の躯が変わっていくの……なんかたまんねぇ。めちゃめちゃ嬉しいんだわ、 俺」
そう言って、沢村の大きなてのひらがゆっくりと髪に潜る。
「高弥んなかに俺の子がいるんだと思うと、何でもできる気がするし、何でもしてやりたくなる……」
照れ臭そうに笑った沢村の顔が眩しくて、思わず目を細めると、静かにくちびるが重なった。
温かい体温が伝わってきてじんわりなるようなやわらかいキス。
くちびるがそっと離れると、沢村は点滴の残り分を確認する。
「そろそろ終わりだな」
そう言って点滴を高弥の腕から外す。
「じゃ、外したやつ片付けちゃいますねー」
「はー……い? え……? え……? 師長いつからそこに……」
躯を起こした高弥が声がした方を慌てて振り返ると、師長が居た。
「そろそろ終わる時間だと思って今来たところなのでそんなには見てないですよ。少しだけです」
「少し……少し……?」
高弥は呆然と繰り返す。
「沢村先生、久しぶりに高弥先生病棟にいらしたので、ナースの皆聞きたいこと沢山あるってうずうずしてますよ。もしかしたら来たときと同じように抱っこでさっと帰っちゃった方がいいかもしれませんよ」
てきぱきと後始末をする看護師長はまるで仕事の相談をするかのように沢村に言う。
「あー、そうだな、うるせぇしそうするか」
沢村はそう言うと高弥の首と膝の裏に腕を入れて抱き上げようとする。
「 ちょ、やめて下さい。やだやだ。俺歩けるし!」
「止めといた方がいいって。馴れ初めとかしつこく聞かれて疲れるぞ。お前どうせ上手く誤魔化せなくて魔女達のおもちゃにされるのが目に見えてる」
沢村の言葉に看護師長もうんうんと頷いて
「沢村先生が適当なこと言ってるから皆本当のことなのか高弥先生に確かめたいのよ」
と言う。
「適当なこと言ってねーよ。ホントのことだし」
「ホントのこと……」
沢村の言葉に驚いたように、看護師長は繰り返した。
「師長のその顔何?! 沢村先生何言ったの?!」
「知りたい?」
「知らない方がいいと思うわ、高弥先生」
高弥と沢村の遣り取りに看護師長が空かさずアドバイスする。
「俺がいないところで何言ってるんですか?!怖くてもう休めない……やっぱ明日から仕事出ようかな」
「はぁ?何馬鹿なこと言ってんだよ。倒れるに決まってんだろーが。つーか、もう帰るぞ」
そう言って沢村は高弥を再び抱き上げた。
「高弥先生、諦めて寝たふりしておいた方がいいですよ」
看護師長の言葉にやけくそになって高弥は目をぎゅっと閉じた。
沢村が高弥を抱えたまま廊下に出ると、騒がしい声が聞こえたが、高弥はひたすら寝たふりを決め込んだのであった。
end
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