6 / 13
6
しおりを挟む
人通りの多い大都会の交差点に差し掛かると、巨大な街頭ビジョンに映し出された彼の美しい映像に、俺は思わず足を止めた。
あれから数年の月日が流れていた。
俺達が一緒に過ごした時間の何倍もの長い時間が過ぎたが、あの頃と変わらず美しい上に、大人の男としての色気も加わった彼は、その音楽の才能と美貌と相俟って押しも押されもせぬ大スターになっていた。
近年では海外での活躍も目覚ましい。
「見た目だけかと最初は思ったんですけど、彼、曲も最高にいいですよね。女性だけでなく男性のファンもかなり多いみたいですよ」
俺が彼の姿に視線を奪われた理由を、勝手に解釈した同僚が言う。
「そうだね」
返事をして俺は腕時計を見た。
「遅れたらまずいから急がないと」
そう言って俺は街頭ビジョンの眩しさから瞳を逸らした。
「それにしても、こんな大きな広告代理店に仕事を依頼されるなんて、びっくりですよね」
東京に残れば、彼に会いたくなってしまうから、地方都市にある、ごく小さなデザイン会社に就職した俺が上京するのは、数年ぶりだった。
「うん。そうだね」
真面目な会社ではあるので、依頼は引っ切り無しであるが、誰もが聞いたことのある大手広告代理店の仕事を下請けするような会社ではない。それなりに大きな地方都市ではあるが、首都圏と比べたら田舎と言ってしまってもいいほどのところにあるのだ。
ラグジュアリーなホテルを思わせるエントランスを通り、受付を済ますと、お洒落な会議室に通されて、俺と同僚は緊張しながら打ち合わせをした。
*****
「うちの会社でも問題なく出来そうな依頼内容でよかったですね」
打ち合わせを終え、二人でほっと胸を撫で下ろした。
「本当だよね。でもこの内容ならうちでなくても、他に幾らでも引き受けてくれる会社ありそうだけどなぁ」
決して自分の会社や自分の仕事を卑下するつもりはない。依頼された内容に対して真面目に、懸命に取り組んでいる。
だけど東京に数多あるデザイン会社をスルーして依頼されるほどの会社ではないのもわかっている。
二人で首を傾げながらエントランスを歩いて話していたときだった。
「あ。すいません。電話出ますね」
隣を歩いていた同僚の電話が震えたらしい。ひと言俺に言ってから電話に出た同僚は、すぐに顔色を変えた。
「え?ホントですか……はい……では、今すぐ戻ります」
「大丈夫? 何かあった?」
通話を切った同僚に問う。
「はい。取引先の社長から緊急呼び出しで、今すぐ帰らないといけなくなりました」
滅多にない東京出張。
夜にちょっと美味しいものを食べることを楽しみにしていた同僚は、俺にざっと呼び出し内容を説明したのち、エントランス前に停まっていたタクシーに乗り込み嵐のように去ってしまった。
広告代理店のエントランス前に一人きりになってしまった俺は、とりあえず一人で今夜のホテルに向かうことにした。
エントランスを出てすぐ。広告代理店のビルの壁が、彼の新曲のプロモーションの壁面ポスターて彩られているのが目に入り、俺は足を思わず止めた。
動画サイトですでに新曲の一部は公開済みだったので、勿論俺はチェックしている。
あれからずっと陰ながら応援している。
切なさや辛さを歌わせたら誰も敵わないと言われている彼は、あのすずらんをモチーフにして書いた曲から作詞もするようになった。
あの曲以降は、殆んどが悲しいものばかりだったのだが、今回の曲は悲しい恋に希望を見出だすような内容の曲だった。
新しい恋を見つけたのかな。
そう思うとまだ胸が痛いなんて情けないけれど、もう彼はどうやっても手が届かない人なのだ。
いや、『もう』ではなく、最初から手が届かない人なのだ。
二人で暮らした日々を思い出すとバカみたいにキラキラ輝いて見えて、俺は勘違いしそうになるけど、ずっと俺の一方通行な恋だったのだから。
彼の美しいポスターに魅入っていた、そのときだった。
「なんて顔で俺の写真見てんの? アオイさん」
あれから数年の月日が流れていた。
俺達が一緒に過ごした時間の何倍もの長い時間が過ぎたが、あの頃と変わらず美しい上に、大人の男としての色気も加わった彼は、その音楽の才能と美貌と相俟って押しも押されもせぬ大スターになっていた。
近年では海外での活躍も目覚ましい。
「見た目だけかと最初は思ったんですけど、彼、曲も最高にいいですよね。女性だけでなく男性のファンもかなり多いみたいですよ」
俺が彼の姿に視線を奪われた理由を、勝手に解釈した同僚が言う。
「そうだね」
返事をして俺は腕時計を見た。
「遅れたらまずいから急がないと」
そう言って俺は街頭ビジョンの眩しさから瞳を逸らした。
「それにしても、こんな大きな広告代理店に仕事を依頼されるなんて、びっくりですよね」
東京に残れば、彼に会いたくなってしまうから、地方都市にある、ごく小さなデザイン会社に就職した俺が上京するのは、数年ぶりだった。
「うん。そうだね」
真面目な会社ではあるので、依頼は引っ切り無しであるが、誰もが聞いたことのある大手広告代理店の仕事を下請けするような会社ではない。それなりに大きな地方都市ではあるが、首都圏と比べたら田舎と言ってしまってもいいほどのところにあるのだ。
ラグジュアリーなホテルを思わせるエントランスを通り、受付を済ますと、お洒落な会議室に通されて、俺と同僚は緊張しながら打ち合わせをした。
*****
「うちの会社でも問題なく出来そうな依頼内容でよかったですね」
打ち合わせを終え、二人でほっと胸を撫で下ろした。
「本当だよね。でもこの内容ならうちでなくても、他に幾らでも引き受けてくれる会社ありそうだけどなぁ」
決して自分の会社や自分の仕事を卑下するつもりはない。依頼された内容に対して真面目に、懸命に取り組んでいる。
だけど東京に数多あるデザイン会社をスルーして依頼されるほどの会社ではないのもわかっている。
二人で首を傾げながらエントランスを歩いて話していたときだった。
「あ。すいません。電話出ますね」
隣を歩いていた同僚の電話が震えたらしい。ひと言俺に言ってから電話に出た同僚は、すぐに顔色を変えた。
「え?ホントですか……はい……では、今すぐ戻ります」
「大丈夫? 何かあった?」
通話を切った同僚に問う。
「はい。取引先の社長から緊急呼び出しで、今すぐ帰らないといけなくなりました」
滅多にない東京出張。
夜にちょっと美味しいものを食べることを楽しみにしていた同僚は、俺にざっと呼び出し内容を説明したのち、エントランス前に停まっていたタクシーに乗り込み嵐のように去ってしまった。
広告代理店のエントランス前に一人きりになってしまった俺は、とりあえず一人で今夜のホテルに向かうことにした。
エントランスを出てすぐ。広告代理店のビルの壁が、彼の新曲のプロモーションの壁面ポスターて彩られているのが目に入り、俺は足を思わず止めた。
動画サイトですでに新曲の一部は公開済みだったので、勿論俺はチェックしている。
あれからずっと陰ながら応援している。
切なさや辛さを歌わせたら誰も敵わないと言われている彼は、あのすずらんをモチーフにして書いた曲から作詞もするようになった。
あの曲以降は、殆んどが悲しいものばかりだったのだが、今回の曲は悲しい恋に希望を見出だすような内容の曲だった。
新しい恋を見つけたのかな。
そう思うとまだ胸が痛いなんて情けないけれど、もう彼はどうやっても手が届かない人なのだ。
いや、『もう』ではなく、最初から手が届かない人なのだ。
二人で暮らした日々を思い出すとバカみたいにキラキラ輝いて見えて、俺は勘違いしそうになるけど、ずっと俺の一方通行な恋だったのだから。
彼の美しいポスターに魅入っていた、そのときだった。
「なんて顔で俺の写真見てんの? アオイさん」
537
あなたにおすすめの小説
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
僕の策略は婚約者に通じるか
藍
BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。
フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン
※他サイト投稿済です
※攻視点があります
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
「じゃあ、別れるか」
万年青二三歳
BL
三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。
期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。
ケンカップル好きへ捧げます。
ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
大好きな婚約者を僕から自由にしてあげようと思った
こたま
BL
オメガの岡山智晴(ちはる)には婚約者がいる。祖父が友人同士であるアルファの香川大輝(だいき)だ。格好良くて優しい大輝には祖父同士が勝手に決めた相手より、自らで選んだ人と幸せになって欲しい。自分との婚約から解放して自由にしてあげようと思ったのだが…。ハッピーエンドオメガバースBLです。
婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後
結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。
※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。
全5話完結。予約更新します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる