邪魔にならないように自分から身を引いて別れたモトカレと数年後再会する話

ゆなな

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 人通りの多い大都会の交差点に差し掛かると、巨大な街頭ビジョンに映し出された彼の美しい映像に、俺は思わず足を止めた。
 あれから数年の月日が流れていた。
 俺達が一緒に過ごした時間の何倍もの長い時間が過ぎたが、あの頃と変わらず美しい上に、大人の男としての色気も加わった彼は、その音楽の才能と美貌と相俟って押しも押されもせぬ大スターになっていた。
 近年では海外での活躍も目覚ましい。
「見た目だけかと最初は思ったんですけど、彼、曲も最高にいいですよね。女性だけでなく男性のファンもかなり多いみたいですよ」
 俺が彼の姿に視線を奪われた理由を、勝手に解釈した同僚が言う。
「そうだね」
 返事をして俺は腕時計を見た。
「遅れたらまずいから急がないと」
 そう言って俺は街頭ビジョンの眩しさから瞳を逸らした。

「それにしても、こんな大きな広告代理店に仕事を依頼されるなんて、びっくりですよね」
 東京に残れば、彼に会いたくなってしまうから、地方都市にある、ごく小さなデザイン会社に就職した俺が上京するのは、数年ぶりだった。
「うん。そうだね」
 真面目な会社ではあるので、依頼は引っ切り無しであるが、誰もが聞いたことのある大手広告代理店の仕事を下請けするような会社ではない。それなりに大きな地方都市ではあるが、首都圏と比べたら田舎と言ってしまってもいいほどのところにあるのだ。
 ラグジュアリーなホテルを思わせるエントランスを通り、受付を済ますと、お洒落な会議室に通されて、俺と同僚は緊張しながら打ち合わせをした。
*****
「うちの会社でも問題なく出来そうな依頼内容でよかったですね」
 打ち合わせを終え、二人でほっと胸を撫で下ろした。
「本当だよね。でもこの内容ならうちでなくても、他に幾らでも引き受けてくれる会社ありそうだけどなぁ」
 決して自分の会社や自分の仕事を卑下するつもりはない。依頼された内容に対して真面目に、懸命に取り組んでいる。
 だけど東京に数多あるデザイン会社をスルーして依頼されるほどの会社ではないのもわかっている。
 二人で首を傾げながらエントランスを歩いて話していたときだった。
「あ。すいません。電話出ますね」
 隣を歩いていた同僚の電話が震えたらしい。ひと言俺に言ってから電話に出た同僚は、すぐに顔色を変えた。
「え?ホントですか……はい……では、今すぐ戻ります」
「大丈夫? 何かあった?」
 通話を切った同僚に問う。
「はい。取引先の社長から緊急呼び出しで、今すぐ帰らないといけなくなりました」
 滅多にない東京出張。
 夜にちょっと美味しいものを食べることを楽しみにしていた同僚は、俺にざっと呼び出し内容を説明したのち、エントランス前に停まっていたタクシーに乗り込み嵐のように去ってしまった。
 広告代理店のエントランス前に一人きりになってしまった俺は、とりあえず一人で今夜のホテルに向かうことにした。
 エントランスを出てすぐ。広告代理店のビルの壁が、彼の新曲のプロモーションの壁面ポスターて彩られているのが目に入り、俺は足を思わず止めた。
 動画サイトですでに新曲の一部は公開済みだったので、勿論俺はチェックしている。
 あれからずっと陰ながら応援している。
 切なさや辛さを歌わせたら誰も敵わないと言われている彼は、あのすずらんをモチーフにして書いた曲から作詞もするようになった。
 あの曲以降は、殆んどが悲しいものばかりだったのだが、今回の曲は悲しい恋に希望を見出だすような内容の曲だった。
 新しい恋を見つけたのかな。
 そう思うとまだ胸が痛いなんて情けないけれど、もう彼はどうやっても手が届かない人なのだ。
 いや、『もう』ではなく、最初から手が届かない人なのだ。
 二人で暮らした日々を思い出すとバカみたいにキラキラ輝いて見えて、俺は勘違いしそうになるけど、ずっと俺の一方通行な恋だったのだから。
 彼の美しいポスターに魅入っていた、そのときだった。

「なんて顔で俺の写真見てんの? アオイさん」


 
    
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