39 / 41
先輩。
先輩。side.Mahiro2
しおりを挟む
それから所属するバスケットボール部の練習が最後の大会に向けてハードになり、生徒会で執り行う行事も多くなった。真紘はそれまで以上に慌ただしい毎日を送っていた。
その合間を縫って時おり訪れた図書室であの中等部の子から本を借りて、その本の貸出しカードに『上田千景』の名前を見付けるのは、周囲の人間の下心に辟易としていた真紘にとって、知らず知らずのうちに癒しとなっていた。
そんなある日のことだった。
貸出し受付カウンター近くの本棚で入荷されたばかりの本をチェックしていたときだった。
「上田ぁ、悪い。今日も閉め作業お願いしていいか?」
カウンター内に座る、あの中等部の子に高等部の校章を着けた者が声を掛けた。
「え……?」
真紘は思わず声を漏らして弾かれたように振り返った。
「はい、大丈夫ですよ」
上田、と呼ばれたのは、毎日のように図書室でくるくるとよく働くあの中等部の子だった。
考えるより先に体が動いた。
彼に仕事を押し付けた男がカウンターから去るや否や真紘は彼の元に駆け寄った。
「ねぇ」
真紘の声に、長い前髪に隠れた瞳が上を向いた。
澄んだきれいな瞳の奥が、純粋なだけではなくとても深く見えたのは、錯覚ではなかったのかもしれない。
こんな短い距離を走ったくらいで、乱れるはずのない吐息が何故か乱れる。こんなことは初めてだった。
指先が冷たくて、耳が熱くて、心臓がうるさい。
ごくり、と鳴った喉の音が馬鹿みたいに響いたと感じたのち、真紘は呼吸を落ち着けて、それから口を開いた。
「僕が借りる本、中等部の上田千景って子が先に借りてることが多いんだけど、それって君かな?」
声がみっともなく震えてしまったのが、彼に気付かれなかったか。
心臓がドキドキと激しく脈打った。
こんなことってあるのだろうか。
心惹かれていた二人が。まさか。同一人物なんて。
「あ……え……と………」
急に尋ねられ、驚いてきょときょとしている彼の仕種は愛らしくて、心臓が破れそうだった。
逸る気持ちを宥めて返事を急かさないように、怖がらせないように息を潜めて待った。
そして。
「はい……上田千景は俺です」
慎ましやかな声で秘密を告げるかのようにひそりと溢された真実に真紘は叫び出したくなる気持ちをなんとか抑えたが、破顔してしまうのはどうにも堪えられなかった。
「やっと、会えた……」
ガラスの靴がぴたりと合う人を見付けた王子の喜びを、真紘は今まさに、心からよく理解できた。
今まで何に対しても強く動くことのなかった感情。
誰を抱いても、誰に愛を囁かれてもピクリとも動かなかった感情。
どんな愛の歌も物語も、美しいと思えど理解できたことがなかった。
それが、今、痛いほどにわかった。
人々が愛に溺れて人生を狂わす、それを嘆きながらも愛おしく思う気持ちが。
「え……?」
やっと会えた、という真紘の台詞に首を傾けた彼に、
「いつも貸出しカードにあった君の名前がずっと気になっていたんだ。こんなに本の趣味が合うのは誰なんだろうって。いきなり名前を聞いてびっくりしたよね。ごめんね」
と、真紘は言った。
「あの……っ俺も……」
透けそうな色の頬は黒いマスクの下に隠れていたけれど、涼しげな目元や薄い耳の端が綺麗なうす桃色に染まっていて、真紘は思わずみとれた。
「先輩に対して烏滸がましいんですけど、白河先輩の借りる本、俺と好みが似てるなって……」
ピンクに染まった目元はカウンターの一点を見つめていたから、真紘のうっとりと言ってもいい視線には気が付かなかった。
ぼそぼそと呟く低い声は少し掠れているように聞こえて、幼さが多分に残る容姿をしている彼に大人の色気を纏わせた。
「俺の名前知ってたんだ……あ、貸出し業務してもらってるんだから当たり前か」
彼も真紘と同様、意識していてくれたのかと一瞬有頂天になりかけたが、本を借りるとき、散々名前を彼の前に晒しているのだから当たり前だという事実に気が付いた。いつもならそんなこと直ぐに気が付くのに。
「そうですけど……あの……白河先輩はとても目立ちますので一度受付業務したらもう忘れられないというか……あっ勿論すごくいい意味でってことです」
真紘の言葉にたどたどしくも、一生懸命言葉を紡いでくれる彼の姿はずっと見ていられるほどに心地よかった。
それなのにポケットに入れていたスマートフォンが空気を読まずに震えた。
4時からの生徒会の会議を知らせるアラーム。
「嫌じゃなかったら、今度はゆっくり本の話でもしよう」
無粋なアラームに急かされながらも、千景の表情を伺うと、驚きの入り混じった表情であったが、確かにこくりと頷いてくれた。
そのとき、真紘は自分の何処か欠けたところが、温かいもので優しく満たされていくのを感じた。
その合間を縫って時おり訪れた図書室であの中等部の子から本を借りて、その本の貸出しカードに『上田千景』の名前を見付けるのは、周囲の人間の下心に辟易としていた真紘にとって、知らず知らずのうちに癒しとなっていた。
そんなある日のことだった。
貸出し受付カウンター近くの本棚で入荷されたばかりの本をチェックしていたときだった。
「上田ぁ、悪い。今日も閉め作業お願いしていいか?」
カウンター内に座る、あの中等部の子に高等部の校章を着けた者が声を掛けた。
「え……?」
真紘は思わず声を漏らして弾かれたように振り返った。
「はい、大丈夫ですよ」
上田、と呼ばれたのは、毎日のように図書室でくるくるとよく働くあの中等部の子だった。
考えるより先に体が動いた。
彼に仕事を押し付けた男がカウンターから去るや否や真紘は彼の元に駆け寄った。
「ねぇ」
真紘の声に、長い前髪に隠れた瞳が上を向いた。
澄んだきれいな瞳の奥が、純粋なだけではなくとても深く見えたのは、錯覚ではなかったのかもしれない。
こんな短い距離を走ったくらいで、乱れるはずのない吐息が何故か乱れる。こんなことは初めてだった。
指先が冷たくて、耳が熱くて、心臓がうるさい。
ごくり、と鳴った喉の音が馬鹿みたいに響いたと感じたのち、真紘は呼吸を落ち着けて、それから口を開いた。
「僕が借りる本、中等部の上田千景って子が先に借りてることが多いんだけど、それって君かな?」
声がみっともなく震えてしまったのが、彼に気付かれなかったか。
心臓がドキドキと激しく脈打った。
こんなことってあるのだろうか。
心惹かれていた二人が。まさか。同一人物なんて。
「あ……え……と………」
急に尋ねられ、驚いてきょときょとしている彼の仕種は愛らしくて、心臓が破れそうだった。
逸る気持ちを宥めて返事を急かさないように、怖がらせないように息を潜めて待った。
そして。
「はい……上田千景は俺です」
慎ましやかな声で秘密を告げるかのようにひそりと溢された真実に真紘は叫び出したくなる気持ちをなんとか抑えたが、破顔してしまうのはどうにも堪えられなかった。
「やっと、会えた……」
ガラスの靴がぴたりと合う人を見付けた王子の喜びを、真紘は今まさに、心からよく理解できた。
今まで何に対しても強く動くことのなかった感情。
誰を抱いても、誰に愛を囁かれてもピクリとも動かなかった感情。
どんな愛の歌も物語も、美しいと思えど理解できたことがなかった。
それが、今、痛いほどにわかった。
人々が愛に溺れて人生を狂わす、それを嘆きながらも愛おしく思う気持ちが。
「え……?」
やっと会えた、という真紘の台詞に首を傾けた彼に、
「いつも貸出しカードにあった君の名前がずっと気になっていたんだ。こんなに本の趣味が合うのは誰なんだろうって。いきなり名前を聞いてびっくりしたよね。ごめんね」
と、真紘は言った。
「あの……っ俺も……」
透けそうな色の頬は黒いマスクの下に隠れていたけれど、涼しげな目元や薄い耳の端が綺麗なうす桃色に染まっていて、真紘は思わずみとれた。
「先輩に対して烏滸がましいんですけど、白河先輩の借りる本、俺と好みが似てるなって……」
ピンクに染まった目元はカウンターの一点を見つめていたから、真紘のうっとりと言ってもいい視線には気が付かなかった。
ぼそぼそと呟く低い声は少し掠れているように聞こえて、幼さが多分に残る容姿をしている彼に大人の色気を纏わせた。
「俺の名前知ってたんだ……あ、貸出し業務してもらってるんだから当たり前か」
彼も真紘と同様、意識していてくれたのかと一瞬有頂天になりかけたが、本を借りるとき、散々名前を彼の前に晒しているのだから当たり前だという事実に気が付いた。いつもならそんなこと直ぐに気が付くのに。
「そうですけど……あの……白河先輩はとても目立ちますので一度受付業務したらもう忘れられないというか……あっ勿論すごくいい意味でってことです」
真紘の言葉にたどたどしくも、一生懸命言葉を紡いでくれる彼の姿はずっと見ていられるほどに心地よかった。
それなのにポケットに入れていたスマートフォンが空気を読まずに震えた。
4時からの生徒会の会議を知らせるアラーム。
「嫌じゃなかったら、今度はゆっくり本の話でもしよう」
無粋なアラームに急かされながらも、千景の表情を伺うと、驚きの入り混じった表情であったが、確かにこくりと頷いてくれた。
そのとき、真紘は自分の何処か欠けたところが、温かいもので優しく満たされていくのを感じた。
547
あなたにおすすめの小説
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる