美形に溺愛されて波乱万丈な人生を送ることになる平凡の話

ゆなな

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先輩。

先輩。side.Mahiro2

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 それから所属するバスケットボール部の練習が最後の大会に向けてハードになり、生徒会で執り行う行事も多くなった。真紘はそれまで以上に慌ただしい毎日を送っていた。
 その合間を縫って時おり訪れた図書室であの中等部の子から本を借りて、その本の貸出しカードに『上田千景』の名前を見付けるのは、周囲の人間の下心に辟易としていた真紘にとって、知らず知らずのうちに癒しとなっていた。

 そんなある日のことだった。
 貸出し受付カウンター近くの本棚で入荷されたばかりの本をチェックしていたときだった。
「上田ぁ、悪い。今日も閉め作業お願いしていいか?」
 カウンター内に座る、あの中等部の子に高等部の校章を着けた者が声を掛けた。
「え……?」
 真紘は思わず声を漏らして弾かれたように振り返った。
「はい、大丈夫ですよ」
 上田、と呼ばれたのは、毎日のように図書室でくるくるとよく働くあの中等部の子だった。
 考えるより先に体が動いた。
 彼に仕事を押し付けた男がカウンターから去るや否や真紘は彼の元に駆け寄った。
「ねぇ」
 真紘の声に、長い前髪に隠れた瞳が上を向いた。
 澄んだきれいな瞳の奥が、純粋なだけではなくとても深く見えたのは、錯覚ではなかったのかもしれない。
 こんな短い距離を走ったくらいで、乱れるはずのない吐息が何故か乱れる。こんなことは初めてだった。
 指先が冷たくて、耳が熱くて、心臓がうるさい。
 ごくり、と鳴った喉の音が馬鹿みたいに響いたと感じたのち、真紘は呼吸を落ち着けて、それから口を開いた。
「僕が借りる本、中等部の上田千景って子が先に借りてることが多いんだけど、それって君かな?」
 声がみっともなく震えてしまったのが、彼に気付かれなかったか。
 心臓がドキドキと激しく脈打った。
 こんなことってあるのだろうか。
 心惹かれていた二人が。まさか。同一人物なんて。
「あ……え……と………」
 急に尋ねられ、驚いてきょときょとしている彼の仕種は愛らしくて、心臓が破れそうだった。
 逸る気持ちを宥めて返事を急かさないように、怖がらせないように息を潜めて待った。
 そして。
「はい……上田千景は俺です」
 慎ましやかな声で秘密を告げるかのようにひそりと溢された真実に真紘は叫び出したくなる気持ちをなんとか抑えたが、破顔してしまうのはどうにも堪えられなかった。
「やっと、会えた……」
 ガラスの靴がぴたりと合う人を見付けた王子の喜びを、真紘は今まさに、心からよく理解できた。
 今まで何に対しても強く動くことのなかった感情。
 誰を抱いても、誰に愛を囁かれてもピクリとも動かなかった感情。
 どんな愛の歌も物語も、美しいと思えど理解できたことがなかった。
 それが、今、痛いほどにわかった。
 人々が愛に溺れて人生を狂わす、それを嘆きながらも愛おしく思う気持ちが。
「え……?」
 やっと会えた、という真紘の台詞に首を傾けた彼に、
「いつも貸出しカードにあった君の名前がずっと気になっていたんだ。こんなに本の趣味が合うのは誰なんだろうって。いきなり名前を聞いてびっくりしたよね。ごめんね」
と、真紘は言った。
「あの……っ俺も……」
 透けそうな色の頬は黒いマスクの下に隠れていたけれど、涼しげな目元や薄い耳の端が綺麗なうす桃色に染まっていて、真紘は思わずみとれた。
「先輩に対して烏滸がましいんですけど、白河先輩の借りる本、俺と好みが似てるなって……」
 ピンクに染まった目元はカウンターの一点を見つめていたから、真紘のうっとりと言ってもいい視線には気が付かなかった。
 ぼそぼそと呟く低い声は少し掠れているように聞こえて、幼さが多分に残る容姿をしている彼に大人の色気を纏わせた。
「俺の名前知ってたんだ……あ、貸出し業務してもらってるんだから当たり前か」
 彼も真紘と同様、意識していてくれたのかと一瞬有頂天になりかけたが、本を借りるとき、散々名前を彼の前に晒しているのだから当たり前だという事実に気が付いた。いつもならそんなこと直ぐに気が付くのに。
「そうですけど……あの……白河先輩はとても目立ちますので一度受付業務したらもう忘れられないというか……あっ勿論すごくいい意味でってことです」
 真紘の言葉にたどたどしくも、一生懸命言葉を紡いでくれる彼の姿はずっと見ていられるほどに心地よかった。
 それなのにポケットに入れていたスマートフォンが空気を読まずに震えた。
 4時からの生徒会の会議を知らせるアラーム。
「嫌じゃなかったら、今度はゆっくり本の話でもしよう」
 無粋なアラームに急かされながらも、千景の表情を伺うと、驚きの入り混じった表情であったが、確かにこくりと頷いてくれた。
 そのとき、真紘は自分の何処か欠けたところが、温かいもので優しく満たされていくのを感じた。
 


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