名言ガール

織賀光希

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名言ガール

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「あの、あ、あ、あのさ……。その、そ、そ、そ、その……。なや、なや、悩みがあるんだよね……」

 大人であるその女性は、少女であるその女の子に、悩みを打ち明けた。

 すると、少女は、沈黙で少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。

「こんな言葉があります。『悲しみは蒸発しても、やがて雨となり、空からもう一度降り注ぐ/プルスト・ヘンプレス』」

 その言葉に、女性は悲しみをわずかに、床にこぼす。

 その後、女性は少女に、こんなことを聞いた。

「い、い、いち、一時間後も……。あ、あ、あ、あ、明日の世界も……。こ、これから先の世界も……。まっ、まっ、全く見えなくて……」

 すると、少しの間をおいて、小さな声で、また少女は口を開いた。

「こんな言葉があります。『未来は漢字の通り、しっかりと三本足で立っている/淀川麗花』」

 偉人が残した名言には、今に生きる人間にも、突き刺さるものが多数ある。

 だが、この少女が言っているのは、全くの作りものだ。

 この少女には、名言っぽい言葉に、偉人っぽい名前をつけて、本物っぽくする趣味がある。

 文学少女らしい。面白くて、素敵な趣味だ。

 すると、また、少女はゆっくりと、口を動かした。

「こんな言葉があります。『瞼を閉じれば、何も見えない。でも、瞼を開けば、何かが見えてくる/リア・ヘンデルバーグ』」

 偉人が残したと言われれば、名言らしく聞こえる。

 だが、偉人が残したものと言われなければ、それまでだ。

 普通のことを普通に言っているだけ。そういうことだ。

 当たり前が、そもそも、名言の根元にあるのかもしれない。

 女性には、その言葉が突き刺さっているようだった。

 その女性は、透明な雫だけでなく、その身ごと、床にこぼれ落ちていった。

 そして、少女は一切表情を変えず、女性に響くであろう言葉の数々を、しぼり出し続けた。

「こんな言葉があります。『世界は、忖度と妄想の渦の中にある/黄孔』」

「そして、こんな言葉があります。『鞄を忘れたなら、旅先で新しく作ればいい/ファンディー・パイダー』」

「そして、こんな言葉があります。『風が吹けば、恋の風も吹く/パピエ』」

「そして、こんな言葉があります。『自分の顔を、自分で直視できないのは、協調のためだ/ドルトル・フィッチャー』」

「そして、こんな言葉があります。『芽には目を。葉には歯を。花には鼻を。実には身を。/夏沢英一』」

「そして、こんな言葉があります。『人生は洗面器/ダウ』」

 その全てが、女性の心に入り込み、大輪の花を咲かせていた。
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