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④奇跡という世界
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店は営業を終えた。ソファに何かある。スマホだ。そこは、オジサンが座っていた場所だ。ということは、オジサンの持ち物か。そういうことになる。
オジサンが、忘れ物をしていた。届けたいけど、仕事はまだある。片付けなどが残っている。抜け出せるほど、暇でもない。頭も心も、オジサンでいっぱいだった。
オジサンのスマホ。オジサンのパーソナルが詰まった、青いスマホを持ち上げる。覗きたい気持ちが出てきた。でも、踏み込みたくない気持ちが、前に出た。
そこは私にとって、有益な情報だけではない。求めていないものまで、見てしまうこともある。オジサンの知人に、落とした連絡だけならと、離したスマホをまた持ち上げる。
でも、無理に連絡しても、良いとは思えない。やめよう、と心が言った。
"カランカランコロン"
「すすす、すみません」
「はい」
オジサンだった。オジサンが、忘れたスマホを取りに来たのだ。連絡先を聞けなかったから、会えて嬉しかった。
しかし、ここからの未来は、想像が追い付かない。時間がない。このままではオジサンは、すぐに後ろ姿に変わってしまう。
ドアの奥の世界に消えたなら、ゲームオーバーだ。今度こそ、一生のサヨナラになってしまう。
厳しい先輩も上司も、今はいない。ちょうど、どこかに行っている。私の声の届く範囲には、オジサンしかいない。チャンスとばかりに、ストレートに気持ちを伝えた。
「今度、一緒にどこか行きませんか?」
「えっ、僕に喋ってますか?」
「はい」
「統計学から、外れてますね」
「ああ」
とりあえず、誘ってしまった。好きなものも場所も、カット中はほとんど話さなかった。だから、趣味などの接点はほぼ分からなかった。
「話をしたら、友達として合うなと思いまして。お願いします」
「いいですよ。連絡先交換しましょう」
オジサンは、胸ポケットからメモ帳を出した。そしてそこに、太い銀色のボールペンを走らせていた。華麗にキャップを閉じると、紙を手渡しして、すぐ去っていった。
行動がオジサンだった。今どきの連絡先交換ではない。それが、逆に面白かった。
思いきって、デートに誘ってよかった。他の人がいないときで、本当によかった。
でも、私には彼氏がいる。そのことを、排除していた。すっかり、消し去っていた。フリーのつもりで、アクションを起こしていた。
彼氏と、別れられない雰囲気。それが、私の心に張り付いている。今の脳で再生されているのは、オジサンの去り際のリピートだ。それだけだ。
私から連絡しないと、一生始まらない。オジサンからの連絡は、受けられない。
私は、ずっと握り潰していたメモの紙を、ポケットにしまった。ファスナーのついたポケットに、大事にしまった。
オジサンが、忘れ物をしていた。届けたいけど、仕事はまだある。片付けなどが残っている。抜け出せるほど、暇でもない。頭も心も、オジサンでいっぱいだった。
オジサンのスマホ。オジサンのパーソナルが詰まった、青いスマホを持ち上げる。覗きたい気持ちが出てきた。でも、踏み込みたくない気持ちが、前に出た。
そこは私にとって、有益な情報だけではない。求めていないものまで、見てしまうこともある。オジサンの知人に、落とした連絡だけならと、離したスマホをまた持ち上げる。
でも、無理に連絡しても、良いとは思えない。やめよう、と心が言った。
"カランカランコロン"
「すすす、すみません」
「はい」
オジサンだった。オジサンが、忘れたスマホを取りに来たのだ。連絡先を聞けなかったから、会えて嬉しかった。
しかし、ここからの未来は、想像が追い付かない。時間がない。このままではオジサンは、すぐに後ろ姿に変わってしまう。
ドアの奥の世界に消えたなら、ゲームオーバーだ。今度こそ、一生のサヨナラになってしまう。
厳しい先輩も上司も、今はいない。ちょうど、どこかに行っている。私の声の届く範囲には、オジサンしかいない。チャンスとばかりに、ストレートに気持ちを伝えた。
「今度、一緒にどこか行きませんか?」
「えっ、僕に喋ってますか?」
「はい」
「統計学から、外れてますね」
「ああ」
とりあえず、誘ってしまった。好きなものも場所も、カット中はほとんど話さなかった。だから、趣味などの接点はほぼ分からなかった。
「話をしたら、友達として合うなと思いまして。お願いします」
「いいですよ。連絡先交換しましょう」
オジサンは、胸ポケットからメモ帳を出した。そしてそこに、太い銀色のボールペンを走らせていた。華麗にキャップを閉じると、紙を手渡しして、すぐ去っていった。
行動がオジサンだった。今どきの連絡先交換ではない。それが、逆に面白かった。
思いきって、デートに誘ってよかった。他の人がいないときで、本当によかった。
でも、私には彼氏がいる。そのことを、排除していた。すっかり、消し去っていた。フリーのつもりで、アクションを起こしていた。
彼氏と、別れられない雰囲気。それが、私の心に張り付いている。今の脳で再生されているのは、オジサンの去り際のリピートだ。それだけだ。
私から連絡しないと、一生始まらない。オジサンからの連絡は、受けられない。
私は、ずっと握り潰していたメモの紙を、ポケットにしまった。ファスナーのついたポケットに、大事にしまった。
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