気分色の色えんぴつ

織賀光希

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気分色の色えんぴつ

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一週間前、駅前にいた。

珍しい、机ひとつだけのお店だった。

他に、何もない。

裸の店舗。

興味に足を引かれて、近寄ると、えんぴつがあった。

小学校で使ったような、よくある机。

その上に、やや輝いている、えんぴつがぽつり。

一本だけ。

だけど、豪華なえんじ色の布に、寝かされていた。

値札の0の数で、後ずさりそうになった。

でも、興味がそれを、振り切った。


「いらっしゃいませませ」

魔女のような、出で立ち。

占い師のような、雰囲気。

黒いモコモコの服に、覆われていた。

「10000円なんですね」

言った瞬間、無意識に、首後ろを押さえていた。


第一声に、値段への不満を口にする。

そんなの、非常識人だ。

「はい。でも、凄いんですよ」

老女の目力は、怯むどころか、強さを増していた。

「どういう、えんぴつなんですか?」

その問いに、たっぷりと間を取った後、静かに喋り始めた。

「気分色。それしか、お伝えできません」

「そうですか」







玄関で、ため息を散らばらせる。

仕事から、やっと離れられた。

そんな、気分になった。

電気をつけて、重い足を上げる。

何度も、目が合う。

毎日、朝と夕の2回ほど。


不気味に輝く、えんぴつ。

布に寝そべる、えんぴつ。

今日こそは、今日こそは。

意を決して、えんぴつの腹を、そっと掴んで、持ち上げた。

バトンのように、持って進んでいき、リビングに来た。

"カラン"

ガラステーブルに、ジカ置きすると、乾いた高めの音が、響いた。







洗った手の水分を、淡いブルーのタオルで拭う。

さっきまで、部屋の暗い場所に眠っていた、座布団。

真っ黒な座布団。

それの上に正座し、ポケットに入れていた、小さな道具を手に取る。

えんぴつ削りだ。


黒くテカる、細長い棒タイプだ。

カッターとは、似て非なるもの。

使うのは、小学生ぶりだ。

透明なカバーを取り、構える。

慎重に、えんぴつに刃を入れた。

そのとき、美しい目映さを放った。

えんぴつは、うねる黄金の光に、包まれていた。







スケッチブックを開く。

"ミシミシ"

貼り付きが、取れる音。

その音が、10年の年月を、感じさせてくれた。

中には、オリジナルキャラクターの、サカナ雲くんが、いた。

今にも消えそうな、水色で描かれていた。


何も描かれていない、白色に近い、ページを表にした。

そして黒色の、ごく普通の芯を見る。

期待は広がらない。

ただ、緊張感で手には、水分が溢れていた。

一日分の給料。

そんな言葉が、脳にこびりついている。

えんぴつをしっかり持ち、厚みのある紙に、ピッと付けた。







気付けば、スケッチブックの一面は、様々な色で埋まっていた。

ブラックから始まり、ブラウンやパープルに移り変わる。

そこから、ブルーやグリーンが表れた。

えんぴつではなく、色えんぴつだった。


カタチは、描いていない。

上下にサササッと動かしながら、右に進んでいくスタイルでいった。

それなのに、高揚感がある。

まさに、魔法の色えんぴつだ。

気分色。

その意味に気付いたとき、いい意味でカラダが震えた。







ピンクやイエローが出た。

ゴールドも、一瞬だけだが出た。

明るくて、やさしくて、力強い色をしていた。


気分が、物凄いことになっている。

ここ最近では、初めての感情かもしれない。

こんなに、明るいカラーが出た。ということは。

かなり、楽しんでいる。んだな。
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