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第一章
第五話
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――――カンカンカンカン…………。
勢いよく階段を駆け上がってくる音が大きくなってきた。それとともに俺の脈拍も早くなる。
「ちょっと、神田さん! 今、凄い音がしたけど、何があったの⁉」
だらしなく垂れた顎下の肉と下っ腹を揺らしながら険しい顔をした大家さんが顔を出す。大抵のことは見て見ぬふりを決め込む大家さんだが、夜中の物凄い音はさすがに見過ごせなかったのだろう。
そして、壊されたドアを前にして開いた口が塞がらない。
「いえ、大家さん、あの、これはですね……」
俺はもごもごと口を動かすが、言葉にはならなかった。この少女がいきなりドアを壊して、乗り込んできたんですよ、と言っても信じてもらえないことは明らかだったからだ。誰がそんな荒唐無稽な真実を信じるのだろうか。
――うーむ、さて、どうしたものか……。
ふと少女を見る。
刹那、右の口角を少し上げ、ふふんと小さく鼻を鳴らす。
顔が恐ろしく整っており体は小さいのに力がゴリラ並みにある以外、この少女のことは何も知らない。知らないのだが、齢二十二歳にして人が、主に女性がそういった仕草をする時、大きな見返りを求められることが多いことを知っていた。それは面倒事に巻き込まれる時の徴候でもある。悪い予感しかしない。
――この少女を期待しては駄目だ。それだけは絶対に避けなくてはいけない。
俺の本能がそう叫び、甲高いアラームが鳴り響く。
すかさず制止しようとするが、一歩遅かった。この時、迷わず素直に本当のことを言っておけば、僕が変な目で見られるだけで済んだのかもしれない。人生最大の後悔と言っても過言ではない。
少女は瞬時に柔和な表情を作り、大家さんの方を向く。
「大家さんですか。いつも兄が大変お世話になっております。これはつまらないものですが」
そう言って少女は背負っていたリュックサックからいかにも高そうな包装の箱を手渡す。ブランドや高級品に縁がない俺にとって、それがどのくらいのものなのかは皆目見当もつかなかったが、受け取った大家さんの表情が全てを物語っていた。
俺には聞こえないくらい小さい声で一言二言程度会話を交わした後、満面の笑みで大家さんがこちらに近づいてくる。
「あら、やだ。神田さん、気の利くいい妹さんじゃない。もう喧嘩なんてしちゃだめよ。ドアの修理はこっちで頼んどくから気にしないで。それじゃあ」
そして、背中をばしばし叩きながら、おほほほ、ふふふん、と笑いながら去っていく。いつになくリズミカルな足取りと鼻歌が気持ち悪い。
「…………どんな魔法使ったんだよ」
「人間は皆、己の欲望に正直な生き物なのだ」
「どっかの魔王みたいなセリフだな!」
「まあ、それはともかく」
俺のツッコミを華麗に流し少女が靴を脱ぎ始める。
「そろそろ寒くなってきた。中に入らせてもらうぞ」
少女が外れた扉を元の場所に戻すが、当然元には戻らない。おそらく留め金が完全に壊れてしまっているのだろう。隙間から冷たい風が入ってくる……というより、この少女、扉を素手で壊したりそれを軽々と持ち上げたりして、この小さな体のどこにこんな力が隠されているんだ。それとも俺が知らないだけで今時の女子小学生はこれくらい出来るのが当たり前なのだろうか。だとしたら、何とも世知辛い世の中になってしまったものだ、と嘆かざるを得ない。
面倒事が足音を立てて近づいてくるのが分かったが、ここまで来てしまってはもはやそれを止める手立てはなかった。
勢いよく階段を駆け上がってくる音が大きくなってきた。それとともに俺の脈拍も早くなる。
「ちょっと、神田さん! 今、凄い音がしたけど、何があったの⁉」
だらしなく垂れた顎下の肉と下っ腹を揺らしながら険しい顔をした大家さんが顔を出す。大抵のことは見て見ぬふりを決め込む大家さんだが、夜中の物凄い音はさすがに見過ごせなかったのだろう。
そして、壊されたドアを前にして開いた口が塞がらない。
「いえ、大家さん、あの、これはですね……」
俺はもごもごと口を動かすが、言葉にはならなかった。この少女がいきなりドアを壊して、乗り込んできたんですよ、と言っても信じてもらえないことは明らかだったからだ。誰がそんな荒唐無稽な真実を信じるのだろうか。
――うーむ、さて、どうしたものか……。
ふと少女を見る。
刹那、右の口角を少し上げ、ふふんと小さく鼻を鳴らす。
顔が恐ろしく整っており体は小さいのに力がゴリラ並みにある以外、この少女のことは何も知らない。知らないのだが、齢二十二歳にして人が、主に女性がそういった仕草をする時、大きな見返りを求められることが多いことを知っていた。それは面倒事に巻き込まれる時の徴候でもある。悪い予感しかしない。
――この少女を期待しては駄目だ。それだけは絶対に避けなくてはいけない。
俺の本能がそう叫び、甲高いアラームが鳴り響く。
すかさず制止しようとするが、一歩遅かった。この時、迷わず素直に本当のことを言っておけば、僕が変な目で見られるだけで済んだのかもしれない。人生最大の後悔と言っても過言ではない。
少女は瞬時に柔和な表情を作り、大家さんの方を向く。
「大家さんですか。いつも兄が大変お世話になっております。これはつまらないものですが」
そう言って少女は背負っていたリュックサックからいかにも高そうな包装の箱を手渡す。ブランドや高級品に縁がない俺にとって、それがどのくらいのものなのかは皆目見当もつかなかったが、受け取った大家さんの表情が全てを物語っていた。
俺には聞こえないくらい小さい声で一言二言程度会話を交わした後、満面の笑みで大家さんがこちらに近づいてくる。
「あら、やだ。神田さん、気の利くいい妹さんじゃない。もう喧嘩なんてしちゃだめよ。ドアの修理はこっちで頼んどくから気にしないで。それじゃあ」
そして、背中をばしばし叩きながら、おほほほ、ふふふん、と笑いながら去っていく。いつになくリズミカルな足取りと鼻歌が気持ち悪い。
「…………どんな魔法使ったんだよ」
「人間は皆、己の欲望に正直な生き物なのだ」
「どっかの魔王みたいなセリフだな!」
「まあ、それはともかく」
俺のツッコミを華麗に流し少女が靴を脱ぎ始める。
「そろそろ寒くなってきた。中に入らせてもらうぞ」
少女が外れた扉を元の場所に戻すが、当然元には戻らない。おそらく留め金が完全に壊れてしまっているのだろう。隙間から冷たい風が入ってくる……というより、この少女、扉を素手で壊したりそれを軽々と持ち上げたりして、この小さな体のどこにこんな力が隠されているんだ。それとも俺が知らないだけで今時の女子小学生はこれくらい出来るのが当たり前なのだろうか。だとしたら、何とも世知辛い世の中になってしまったものだ、と嘆かざるを得ない。
面倒事が足音を立てて近づいてくるのが分かったが、ここまで来てしまってはもはやそれを止める手立てはなかった。
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