30 / 58
第三章
第三十一話
しおりを挟む
三十分程経過し、車が大きな屋敷の前に止まった。
〝崇徳院組〟
達筆な字で大きく書かれた表札が荘厳さを強調している。
緊張感とともに押し寄せてくる吐き気が俺の喉をきゅっと締め付ける。
インターフォンを鳴らす前にドアが開けられる。手際の良いことこの上ない。
あかりの後を歩きながら辺りを見回す。
その風景は昔と何ら変わっていなかった。
池、鹿威し、熊……。
唯一変わっているものといえば、桜の木が増えていることくらいだろうが、この季節では葉も落ちてしまっているため目立ちはしない。
「明楽様ですね? お待ちしておりました。お嬢がお待ちです」
「おう。わかった」
玄関まで歩いていくと、坊主頭にサングラスをかけた大男が待ち構えていた。
俺とあかりの前に大男が立つ。
大きさは東と同じくらいなのだが、東とは毛色の違う威圧感が襲う。
額にかく汗が如実にそれを物語っていた。
しかし、あかりはそれをものともしないような様子で堂々としている。
小さな体でどんな経験を重ねたらこんなにも腹が座るのだろうか。
そう考えるだけで明楽あかりという人物の深さが計り知れない。
冷たく細長い縁側を黙々と歩く。
足音と小気味良い鹿威しの音、時折鳴く小鳥の鳴き声以外の音が一切しないところが、より緊張感を煽る。
大男が一つの部屋の前で止まった。
「お嬢、明楽様をお連れいたしました」
「ご苦労様。もう下がっていいわ」
その返事とともに大男がその場を去る。
「どうぞ、お入りになって」
「失礼します」
おもむろにあかりが障子を開ける。
そこには高そうな掛け軸や骨董品が飾られている部屋の真ん中でお嬢と呼ばれる黒縁の眼鏡をかけた和服の女性がいた。
「崇徳院朱雀と申します」
何を隠そう、崇徳院組の一人娘で俺たちの依頼人本人だった。
「っていう、堅苦しい挨拶はいらないわよね、あかり」
朱雀が正座していた足と表情を崩し、胡坐をかく。
和服から覗く綺麗な脚が艶めかしい。
髪は綺麗に結われており、光に当たると艶やかであることが分かる。
あかりに比べると双眸は幾分細いが、翡翠に光る眼球はずっと見ていると吸い込まれそうなほど神秘的であった。
類は友を呼ぶというが、容姿においてもそれは適応されるのであろうか。
美人の周りには美人が集まるのだろうか。
ここ最近、会っている女性は皆、通行人が二度見三度見をしてしまうようなほど目を引く容姿の持ち主ばかりである。
「がっはっはっ、そうだな」
あかりは朱雀の前に用意された座布団にがばっと座り、丁寧に入れられたお茶をまるでスポーツドリンクでも飲むかの勢いで飲み干す。
俺はその隣に恐る恐る座り、二人のやり取りを傍観する。
「鵬爺とはたまに会ってたけど、すーちゃんとは悟(さとる)さんの結婚式以来だから……二年ぶりか」
「そうなるわね……って、あかり! 何回も言ってるでしょ!」
眼鏡の奥の双眸が鋭く光る。
明楽も決して弱い方ではなくむしろ強い方だが、それをも凌ぐほどの眼力の持ち主だった。
「……悪い。すーちゃんじゃなくて、朱雀だったな」
「もう、気を付けてよね」
「ああ、気を付けるよ」
あかりが苦笑いしながら言葉を継ぐ。
「それにしても、変わらないな」
「そう? あの時よりも綺麗になったでしょ?」
「ん? そうか?」
「そうなの。というより、そういう時はお世辞でも綺麗になったなって言うものよ」
「……そうなのか?」
「そういうものよ。もう、相変わらず何も分かってないわね」
朱雀が呆れるような表情で溜息を吐く。
「そういうあかりは少し太った? 顎の辺りとか余計な肉がついてるわよ」
「そうか? だとすると、それは誰かが定期的に送ってくるお菓子のせいだな」
軽口を叩いては笑い合う。
その空気はもはや極道の跡取り娘と会社の代表取締役という関係ではなく、喜びも苦しみも分け合った仲間のそれだった。
傍から見れば、仲睦まじい光景だろう。
しかし、俺はそのやり取りにどこか違和感を覚えずにはいられなかった。
それを今、具体的に言葉にすることは叶わなかったが、確実に俺の心に蟠って消えない雲そのものだった。
〝崇徳院組〟
達筆な字で大きく書かれた表札が荘厳さを強調している。
緊張感とともに押し寄せてくる吐き気が俺の喉をきゅっと締め付ける。
インターフォンを鳴らす前にドアが開けられる。手際の良いことこの上ない。
あかりの後を歩きながら辺りを見回す。
その風景は昔と何ら変わっていなかった。
池、鹿威し、熊……。
唯一変わっているものといえば、桜の木が増えていることくらいだろうが、この季節では葉も落ちてしまっているため目立ちはしない。
「明楽様ですね? お待ちしておりました。お嬢がお待ちです」
「おう。わかった」
玄関まで歩いていくと、坊主頭にサングラスをかけた大男が待ち構えていた。
俺とあかりの前に大男が立つ。
大きさは東と同じくらいなのだが、東とは毛色の違う威圧感が襲う。
額にかく汗が如実にそれを物語っていた。
しかし、あかりはそれをものともしないような様子で堂々としている。
小さな体でどんな経験を重ねたらこんなにも腹が座るのだろうか。
そう考えるだけで明楽あかりという人物の深さが計り知れない。
冷たく細長い縁側を黙々と歩く。
足音と小気味良い鹿威しの音、時折鳴く小鳥の鳴き声以外の音が一切しないところが、より緊張感を煽る。
大男が一つの部屋の前で止まった。
「お嬢、明楽様をお連れいたしました」
「ご苦労様。もう下がっていいわ」
その返事とともに大男がその場を去る。
「どうぞ、お入りになって」
「失礼します」
おもむろにあかりが障子を開ける。
そこには高そうな掛け軸や骨董品が飾られている部屋の真ん中でお嬢と呼ばれる黒縁の眼鏡をかけた和服の女性がいた。
「崇徳院朱雀と申します」
何を隠そう、崇徳院組の一人娘で俺たちの依頼人本人だった。
「っていう、堅苦しい挨拶はいらないわよね、あかり」
朱雀が正座していた足と表情を崩し、胡坐をかく。
和服から覗く綺麗な脚が艶めかしい。
髪は綺麗に結われており、光に当たると艶やかであることが分かる。
あかりに比べると双眸は幾分細いが、翡翠に光る眼球はずっと見ていると吸い込まれそうなほど神秘的であった。
類は友を呼ぶというが、容姿においてもそれは適応されるのであろうか。
美人の周りには美人が集まるのだろうか。
ここ最近、会っている女性は皆、通行人が二度見三度見をしてしまうようなほど目を引く容姿の持ち主ばかりである。
「がっはっはっ、そうだな」
あかりは朱雀の前に用意された座布団にがばっと座り、丁寧に入れられたお茶をまるでスポーツドリンクでも飲むかの勢いで飲み干す。
俺はその隣に恐る恐る座り、二人のやり取りを傍観する。
「鵬爺とはたまに会ってたけど、すーちゃんとは悟(さとる)さんの結婚式以来だから……二年ぶりか」
「そうなるわね……って、あかり! 何回も言ってるでしょ!」
眼鏡の奥の双眸が鋭く光る。
明楽も決して弱い方ではなくむしろ強い方だが、それをも凌ぐほどの眼力の持ち主だった。
「……悪い。すーちゃんじゃなくて、朱雀だったな」
「もう、気を付けてよね」
「ああ、気を付けるよ」
あかりが苦笑いしながら言葉を継ぐ。
「それにしても、変わらないな」
「そう? あの時よりも綺麗になったでしょ?」
「ん? そうか?」
「そうなの。というより、そういう時はお世辞でも綺麗になったなって言うものよ」
「……そうなのか?」
「そういうものよ。もう、相変わらず何も分かってないわね」
朱雀が呆れるような表情で溜息を吐く。
「そういうあかりは少し太った? 顎の辺りとか余計な肉がついてるわよ」
「そうか? だとすると、それは誰かが定期的に送ってくるお菓子のせいだな」
軽口を叩いては笑い合う。
その空気はもはや極道の跡取り娘と会社の代表取締役という関係ではなく、喜びも苦しみも分け合った仲間のそれだった。
傍から見れば、仲睦まじい光景だろう。
しかし、俺はそのやり取りにどこか違和感を覚えずにはいられなかった。
それを今、具体的に言葉にすることは叶わなかったが、確実に俺の心に蟠って消えない雲そのものだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい
沢尻夏芽
恋愛
自他共に認める陰キャ・真城健康(まき・けんこう)は、高校入学前に宝くじで10億円を当てた。
それを知る、陽キャ幼馴染の白駒綾菜(しらこま・あやな)はどうも最近……。
『様子がおかしい』
※誤字脱字、設定上のミス等があれば、ぜひ教えてください。
現時点で1話に繋がる話は全て書き切っています。
他サイトでも掲載中。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。
ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。
無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。
クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。
SSS級の絶世の超絶美少女達がやたらと俺にだけ見え見えな好意を寄せてくる件について。〜絶対に俺を攻略したいSSS級の美少女たちの攻防戦〜
沢田美
恋愛
「ごめんね、八杉くん」
中学三年の夏祭り。一途な初恋は、花火と共に儚く散った。
それ以来、八杉裕一(やすぎ・ゆういち)は誓った。「高校では恋愛なんて面倒なものとは無縁の、平穏なオタク生活を送る」と。
だが、入学した紫水高校には《楽園の世代》と呼ばれる四人のSSS級美少女――通称《四皇》が君臨していた。
• 距離感バグり気味の金髪幼馴染・神行胱。
• 圧倒的カリスマで「恋の沼」に突き落とす銀髪美少女・銀咲明日香。
• 無自覚に男たちの初恋を奪う、おっとりした「女神」・足立模。
• オタクにも優しい一万年に一人の最高ギャル・川瀬優里。
恋愛から距離を置きたい裕一の願いも虚しく、彼女たちはなぜか彼にだけ、見え見えな好意を寄せ始める。
教室での「あーん」に、放課後のアニメイトでの遭遇、さらには女神からの「一緒にホラー漫画を買いに行かない?」というお誘いまで。
「俺の身にもなれ! 荷が重すぎるんだよ!」
鋼の意志でスルーしようとする裕一だが、彼女たちの純粋で猛烈なアプローチは止まらない。
恋愛拒否気味な少年と、彼を絶対に攻略したい最強美少女たちの、ちょっと面倒で、でも最高に心地よい「激推し」ラブコメ、開幕!
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる