ダメな男を愛する女達

MJ

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第一章 運命の人

唇に付いた雪見だいふくの粉

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「あ、ワタナベ君」
ともみは目を丸くした。もしかしてずっと待っていたのだろうか。

ワタナベ君は下を向いて暗い顔をしている。
それでも声を振り絞って言ってきた。
「と、ともちん。一緒に帰ろ」

ともみは眉を寄せて、それからなだめるように言った。
「ごめんね。今日は用事があるから一緒に帰れないんよ」
「そ、そっか」
「ごめんね」
ワタナベ君はなにか言いたそうにしばらくただずんでいたが、
「じゃ、バイバイ。またね」と言って素早く自転車に乗って去っていった。

「あ、ごめん。あの人といつも一緒に帰ってるよね。もしかして彼氏?勘違いさせちゃ悪いよね」
しゅんはいつになく真面目な顔をして言った。

「え、いや。大丈夫。後でフォローしておくから」

コンビニに着くと、ともみは雪見だいふくとホットコーヒーを奢ってもらった。
「やったー。ラッキー。ありがとう」
店内のテーブルに腰掛けて頬張った。

しゅんは近くのコピー機で急いでノートのコピーを取っている。

「あと20分以内でお願いしまーす。門限遅れたらお父さんにぶち怒られるから」
「わかったよ。急ぎます」
「普段サボってるとお金がかかるねえ」
「こんなの安いもんだよ」
「そうかなあ」
「だって一瞬でコピーできるんやで」
「よくわからんなあ」
ともみはしゅんのよく分からない言い分を雪見だいふくをもぐもぐさせながら聞いていた。

「雪見だいふくっておっぱいみたいだよね」
「そうかなあ」
「丸くて柔らかいし」
「でも冷たいよ」
「見た目の話だよ」
サーというコピー用紙の出てくる音が会話の間にはさまる。

「俺さあ、おっぱい好きなんだよね」
「ふーん。そうなんじゃ」
「よかったら今度見せてくれない?」
「ぶっ」とともみはコーヒーを吹き出しそうになった。

「はあ?何言ってんの?」

しゅんは振り向きもせずに続ける。

「変な意味じゃなくてさ。生物学的に。俺はおっぱいが世の中でいちばん美しいと思ってる。だからいっぱいおっぱい見たいと思ってさ」
なんだかよく分からないが歌詞になりそうなセリフだ。
男という生き物はおっぱいを見たいがためにこうやって言い訳や理屈をいっぱい考えているのだろうか。

「いや。無理無理むりー。彼氏でもないのに」

「そっか。そうだよな。彼氏さんに悪いもんね」

「いや。ワタナベ君は彼氏じゃないから」

「そうなん?」しゅんは嬉しそうに振り向いた。目が輝いている。
ともみはまたその目の中に吸い込まれそうになった。唇が少し開いている。

「しゅんくんこそ彼女に見せてもらえばいいじゃん」
ともみの脳裏にはしゅんと一緒に帰っていた女の子の顔が浮かんでいた。

「彼女なんていないよ」

今度はともみが頬を緩めた。だけど喜んでいるのを悟られないように口を少しゆがませた。本人は気づいていないが唇にすこし白い粉がついている。

その唇で「そうなんじゃ」と応えた。

コピー用紙の音がした。

「ただ、好きな子はおるんよ。別の高校に通っとるんじゃけど」

なんだい。好きな子はおるんかい。

「へー。遠距離恋愛か」ともみはこの時はまだ遠距離恋愛の意味をちゃんと理解していなかった。

「そんな感じかなあ」しゅんもよく分かっていなかった。

しばらくコピー用紙が出てくる音が続いた。

時計を見ると7時15分前だった。
「ごめん。もう帰らなくちゃ」

「うん。分かった。続き、また明日でいい?」
「うん」
「またコーヒー奢るから」
「OK」
ともみはなんだか次のデートの約束をしたみたいで嬉しかった。

結局、試験期間中は毎日教室に残って勉強をして帰りにコンビニでコーヒーを飲んだ。

そうして試験期間の1週間はあっという間に過ぎていった。
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