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街頭に浮かぶ
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「じゃあ俺は、アルバイトに行くよ」
練習を終え、スタジオの出口で俺とアツシは突っ立ったまま琵琶湖を眺めていると、背後からユウタが大きく一声掛けてきた。急いでいるようだ。
ユウタはソフト・ケースに入ったベースを背負って、車に乗り込みそそくさと去った。付き合いの悪いユウタの行動に俺とアツシは顔を見合わせる。
ユウタに嫉妬していたんだ。
ユウタは高校を卒業してからずっと変わらずに、京都駅ビルの寿司屋でアルバイトをしていた。礼儀正しい性格で、アルバイト先の社員にも好かれていたんだろう。
俺やアツシにはバンドの練習が終わっても行くあててがない。これまでアルバイトを始めても長続きしなかった。
時間を確認すると、午後6時過ぎ。
家に帰るには早い。帰りたくない。
俺を変な目で見る親と接する時間は苦痛だ。また今夜も冷やかな態度を取るのだろう。そして、就職しろ、と口やかましく説教されるだけだ。
俺は早く一人暮らしをしたかった。でも金がない。悔しいが、憎くても親がいないと生活すらできないのだ。俺は惨めだった。
この時、メンバーは全員21歳。無力で何もない俺たちはバンドが全てだった。
「けっ、好青年ぶりやがって」
アツシはドラムのスティックを指先で器用に回転させながら、去ったユウタに毒づいている。
アツシは他人に攻撃的で喧嘩っ早い。長い前髪から覗く一重の目はいつも睨んでいるように細く、周りの人たちを威圧していた。
根はいいヤツなんだが、キレると俺にも止められない。高校時代は暴力沙汰で二回停学になった。ただし、ドラムの腕前は確かだ。
──バンド・マンだから、世間と順応できなくていいのだ。
少なくとも、俺やアツシはそう思っている。自分を守るためなら、世間に抗ってもいい。
でもユウタは違ってた。俺とアツシは髪を茶色く染め、人差し指と小指にシルバー・リングをはめて派手な人間を装っているが、ユウタだけは地味だ。
あいつは背が高く、スポーツマンのように爽やかに白い歯を出して笑う。派手なプリントシャツやシルバー・アクセサリーなどはしないので、ベースを持っていなければユウタはバンド・マンには見えなかった。
「ゲーセンでもいくか?」
アツシが俺を遊びに誘う。俺は快く頷いた。スタジオの近くにはカラオケ、ゲーム、飲食、CD・ビデオのレンタルショップなどが一つになった複合施設があった。真っ直ぐ家に帰りたくない俺たちは、バンドの練習後アツシとその施設に行くのが決まりだった。
俺もアツシも貧しく車を持っていなかったから、歩いて移動するしかない。国道161号線沿いに歩道を進んで行くと、空はどんどん暗くなりやがて星が輝き出した。運動をしない俺やアツシにとってみれば歩くのは苦痛だ。ケースに入れて背負っているギターも重い。当時メンバーで車を持っていたのは、真面目なユウタだけだった。
「ユウタの奴よお、付き合い悪いよな。あいつが送ってくれりゃ楽なんだが」
アツシはまだユウタのことを怒っているのか、歩きながら愚痴をこぼす。国道は会社の仕事を終えた人たちが帰宅する時間なので、ひどく渋滞していた。
初秋の日暮れ時は、ずいぶん涼しい。日中は残暑が厳しかったから俺は半袖のTシャツだけしか上に身に付けていなかったせいで、さすがに肌寒く感じた。
歩道の街頭が灯り始める。
複合施設に行く途中には滋賀県内でトップの大きさを誇るなぎさ公園と、その公園の奥に、浜大津港がある。琵琶湖を周遊する汽船が停泊し、異国情緒あふれる浜大津港は、夜になると噴水が七色にライトアップされ、幻想的な空間を演出する。
歩く俺たちには、遠くに噴水の輝きが見えた。手前にある公園全体に夜景を楽しむカップルが一杯いる。
「なあ、いつか俺たちが有名になれたら、ここで野外ライブをやりてえな」
アツシが目を輝かせてつぶやく。噴水の美しさに見とれて、俺たちの歩き疲れはどこかに吹き飛んだ。
「そうだな。だったら特設ステージは港の隣にある広場に造るべきだよな」
アツシの言葉を受けて、俺は具体的な会場の配置までイメージした。
「港の隣って、あそこか?」
なぎさ公園の脇の歩道でアツシが歩くのを止め、俺が仮想したステージの場所を指差した。アツシのイメージを確かめたいから、俺も立ち止まって位置を確認し出す。
「そうだよ。いや、もう少し左側かな」
俺はアツシの背中越しに立って、指差す右腕をイメージで描いたステージの正確な位置へと動かす。アツシの長い髪が琵琶湖から吹く風に揺れ、俺の視界を時々遮った。
「駄目だって。それじゃ噴水が客に見えねえよ。公園のど真ん中に造った方がよくねえか? 360度パノラマって感じで」
「ライブだから、噴水なんて見えなくても良いよ。ステージは絶対、港に接したポイントの方がやりやすいって」
「強情だな、タケシは。そんな発想はありきたりだって。だからお前の創る曲は全部、斬新さがないんだよ」
アツシが敵意を剥き出しにして俺を睨んでいる。つい、俺もむきになった。
「アツシは奇抜すぎる。オーソドックスなスタイルの方が万人受けするんだ」
「あのな!」
「何だよ!」
ふと、アツシの強張った口許が緩んだ。俺もつられて噴き出してしまう。
夢のまた夢の話を道端で必死に討論しているのをお互い滑稽に感じた。俺とアツシは顔を見合わせて大声で笑う。
こんな些細なことで言い合いになってしまうように、俺とアツシは普段からよく対立した。特にバンドの音楽性で一致しないこと多い。でも何度対立しても、なぜか結局仲直りしてしまう。アツシは心を開ける仲間との関係を大切にした。キレたらヤバイ奴だが、俺やユウタには決して手を出さない。
大声を出したから、歩道を歩く通勤帰りのサラリーマンやジョギングをするおじさん、犬を散歩している主婦らが俺たちをチラ見して行く。俺たちはそんな冷たい視線などお構いなしだった。
「よし、ダッシュしようぜ。先に着いた方が1,000円おごりな!」
勝負事が好きなアツシは提案した途端、俺の了承もなく勝手に複合施設に向かって走り出した。
「汚ねえよ! おい」
叫びながら、街灯で夜の闇にぽっかりと浮かんだアツシの背中を俺は追い駆けた。夜空に輝く星々は、世間に順応出来ない俺たちに冷たい光線を投げ掛けていた。
練習を終え、スタジオの出口で俺とアツシは突っ立ったまま琵琶湖を眺めていると、背後からユウタが大きく一声掛けてきた。急いでいるようだ。
ユウタはソフト・ケースに入ったベースを背負って、車に乗り込みそそくさと去った。付き合いの悪いユウタの行動に俺とアツシは顔を見合わせる。
ユウタに嫉妬していたんだ。
ユウタは高校を卒業してからずっと変わらずに、京都駅ビルの寿司屋でアルバイトをしていた。礼儀正しい性格で、アルバイト先の社員にも好かれていたんだろう。
俺やアツシにはバンドの練習が終わっても行くあててがない。これまでアルバイトを始めても長続きしなかった。
時間を確認すると、午後6時過ぎ。
家に帰るには早い。帰りたくない。
俺を変な目で見る親と接する時間は苦痛だ。また今夜も冷やかな態度を取るのだろう。そして、就職しろ、と口やかましく説教されるだけだ。
俺は早く一人暮らしをしたかった。でも金がない。悔しいが、憎くても親がいないと生活すらできないのだ。俺は惨めだった。
この時、メンバーは全員21歳。無力で何もない俺たちはバンドが全てだった。
「けっ、好青年ぶりやがって」
アツシはドラムのスティックを指先で器用に回転させながら、去ったユウタに毒づいている。
アツシは他人に攻撃的で喧嘩っ早い。長い前髪から覗く一重の目はいつも睨んでいるように細く、周りの人たちを威圧していた。
根はいいヤツなんだが、キレると俺にも止められない。高校時代は暴力沙汰で二回停学になった。ただし、ドラムの腕前は確かだ。
──バンド・マンだから、世間と順応できなくていいのだ。
少なくとも、俺やアツシはそう思っている。自分を守るためなら、世間に抗ってもいい。
でもユウタは違ってた。俺とアツシは髪を茶色く染め、人差し指と小指にシルバー・リングをはめて派手な人間を装っているが、ユウタだけは地味だ。
あいつは背が高く、スポーツマンのように爽やかに白い歯を出して笑う。派手なプリントシャツやシルバー・アクセサリーなどはしないので、ベースを持っていなければユウタはバンド・マンには見えなかった。
「ゲーセンでもいくか?」
アツシが俺を遊びに誘う。俺は快く頷いた。スタジオの近くにはカラオケ、ゲーム、飲食、CD・ビデオのレンタルショップなどが一つになった複合施設があった。真っ直ぐ家に帰りたくない俺たちは、バンドの練習後アツシとその施設に行くのが決まりだった。
俺もアツシも貧しく車を持っていなかったから、歩いて移動するしかない。国道161号線沿いに歩道を進んで行くと、空はどんどん暗くなりやがて星が輝き出した。運動をしない俺やアツシにとってみれば歩くのは苦痛だ。ケースに入れて背負っているギターも重い。当時メンバーで車を持っていたのは、真面目なユウタだけだった。
「ユウタの奴よお、付き合い悪いよな。あいつが送ってくれりゃ楽なんだが」
アツシはまだユウタのことを怒っているのか、歩きながら愚痴をこぼす。国道は会社の仕事を終えた人たちが帰宅する時間なので、ひどく渋滞していた。
初秋の日暮れ時は、ずいぶん涼しい。日中は残暑が厳しかったから俺は半袖のTシャツだけしか上に身に付けていなかったせいで、さすがに肌寒く感じた。
歩道の街頭が灯り始める。
複合施設に行く途中には滋賀県内でトップの大きさを誇るなぎさ公園と、その公園の奥に、浜大津港がある。琵琶湖を周遊する汽船が停泊し、異国情緒あふれる浜大津港は、夜になると噴水が七色にライトアップされ、幻想的な空間を演出する。
歩く俺たちには、遠くに噴水の輝きが見えた。手前にある公園全体に夜景を楽しむカップルが一杯いる。
「なあ、いつか俺たちが有名になれたら、ここで野外ライブをやりてえな」
アツシが目を輝かせてつぶやく。噴水の美しさに見とれて、俺たちの歩き疲れはどこかに吹き飛んだ。
「そうだな。だったら特設ステージは港の隣にある広場に造るべきだよな」
アツシの言葉を受けて、俺は具体的な会場の配置までイメージした。
「港の隣って、あそこか?」
なぎさ公園の脇の歩道でアツシが歩くのを止め、俺が仮想したステージの場所を指差した。アツシのイメージを確かめたいから、俺も立ち止まって位置を確認し出す。
「そうだよ。いや、もう少し左側かな」
俺はアツシの背中越しに立って、指差す右腕をイメージで描いたステージの正確な位置へと動かす。アツシの長い髪が琵琶湖から吹く風に揺れ、俺の視界を時々遮った。
「駄目だって。それじゃ噴水が客に見えねえよ。公園のど真ん中に造った方がよくねえか? 360度パノラマって感じで」
「ライブだから、噴水なんて見えなくても良いよ。ステージは絶対、港に接したポイントの方がやりやすいって」
「強情だな、タケシは。そんな発想はありきたりだって。だからお前の創る曲は全部、斬新さがないんだよ」
アツシが敵意を剥き出しにして俺を睨んでいる。つい、俺もむきになった。
「アツシは奇抜すぎる。オーソドックスなスタイルの方が万人受けするんだ」
「あのな!」
「何だよ!」
ふと、アツシの強張った口許が緩んだ。俺もつられて噴き出してしまう。
夢のまた夢の話を道端で必死に討論しているのをお互い滑稽に感じた。俺とアツシは顔を見合わせて大声で笑う。
こんな些細なことで言い合いになってしまうように、俺とアツシは普段からよく対立した。特にバンドの音楽性で一致しないこと多い。でも何度対立しても、なぜか結局仲直りしてしまう。アツシは心を開ける仲間との関係を大切にした。キレたらヤバイ奴だが、俺やユウタには決して手を出さない。
大声を出したから、歩道を歩く通勤帰りのサラリーマンやジョギングをするおじさん、犬を散歩している主婦らが俺たちをチラ見して行く。俺たちはそんな冷たい視線などお構いなしだった。
「よし、ダッシュしようぜ。先に着いた方が1,000円おごりな!」
勝負事が好きなアツシは提案した途端、俺の了承もなく勝手に複合施設に向かって走り出した。
「汚ねえよ! おい」
叫びながら、街灯で夜の闇にぽっかりと浮かんだアツシの背中を俺は追い駆けた。夜空に輝く星々は、世間に順応出来ない俺たちに冷たい光線を投げ掛けていた。
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