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本編
第1話 ブラン・ノワールへようこそ
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『ブラン・ノワール』はこの街ではちょっと知れたカフェである。
ボーイッシュな女性パティシエが作る可愛らしく、それでいて甘すぎないスイーツと、物腰の柔らかいバリスタとティーブレンダーを兼ねたマスターが淹れるコーヒーや紅茶を楽しむことができる。
元々はとある老夫婦が創めたこぢんまりとしたレトロな雰囲気の漂う喫茶店であったが、それを娘夫婦が引き継いで内装も外観も英国風に改装した。
以前の喫茶店も地元の人々から愛されていたが、カフェとして生まれ変わってからも昔ながらのメニューもそのまま残しているので地元の人々にも受け入れられていたし、美味しさはもちろんの事、見た目のかわいいスイーツや英国カフェ風の店構えがSNS映えすると若い女性からも人気を呼んだ。
座席数があまり多くないとは言え、夫婦だけでは手が回らない。今でこそアルバイトがホール担当、厨房手伝い四人交代制で入っているが、リニューアルオープンしてしばらくの間は平日にパティシエである白里暁の姉・柏木灯、休日には当時美容専門学校生だった灯の娘・朝実と高校一年生だった息子の柊夜が交互に手伝いに入っていた。
柊夜は大学生になった今でも週に二、三度程度アルバイトに入っている。長く手伝っていることもあり勝手がわかっているので、現在のアルバイトの仲間達からも頼られていた。
「柊ちゃん、あちらのテーブルにカフェラテとカプチーノ持っていってくれる?」
マスターであり暁の夫の白里貴匡が柔和な笑みを浮かべ、柊夜に声をかける。
「三番テーブルね、了解」
柊夜は二つ返事で頷くとトレンチに飲み物を載せ、指定の席へと向かった。
席には二十代半ばくらいの女性が二人。内装が可愛いねと言いながら目をキラキラさせて店内を見回している。
一見さんだろうか。
「お待たせしました。お熱くなっておりますので、気をつけてお召し上がりくださいね」
内装も褒めていただいてありがとうございますと微笑めば、彼女達も笑み返してくれた。
場にほわっとした暖かい空気が流れる。
やはり接客は笑顔が大事だな、と柊夜は思う。
スマイル0円とは言うが、リピーターゲット率は上がる。店員の『感じの好さ』は客足を左右するのだ。
例外もあるが、ぶすくれた店員に接客されたら美味しいものも不味くなるし、どんなにいいものも悪く感じてしまう傾向にある。
せっかく足を運んでもらったのだからできるだけ気分よく過ごしてもらいたい。
『もう一度その客の会うことができることへの喜び』が報酬のようなものなので、笑顔を振り撒くことに惜しみはない。何より自分も相手も笑顔になるのは気持ちのいいことだしな、と一人頷きながらカウンターへ向かっていると、
「ひいちゃん先輩~」
蚊が鳴くようなか細くも情けない声が聞こえた。
カウンター横の厨房の入口から手招きが見える。
柊夜がため息を一つ零して厨房に入ると、大きな生き物が勢いよく抱きついてきた。
「ひいちゃん先輩~ヘルプぅ~」
肩口に頭を擦り付けてくるのは本日の厨房担当だ。
「誰がひいちゃんだ、柊夜だっつってんだろが」
何回言えば分かるのだとぼやきつつ、ひっつきもっつきの大型犬のごとき男を引き剥がす。その額にデコピンをお見舞いしてやればその男は『あぅ』と小さな悲鳴を漏らした。
このワンコもどきは柊夜の一つ下で中学と高校でのバスケ部の後輩だ。妙に柊夜に懐いていて、常に距離が近い。ちなみに大学も同じところに通っている。
柊夜の『柊』が『ひいらぎ』であることから、『じゃあひいちゃん先輩っすね!!』と勝手にあだ名をつけて呼び出し、現在に至る。
「で、何がヘルプなんだよ」
「本日のミニケーキプレートの盛り付けってどうだったっけ」
「ああ、それは……」
本日のケーキプレートとは指定された二種類のミニケーキにシャーベットがついた、女性と子供から人気のメニューだ。
今日の指定ケーキはニューヨークチーズケーキとフルーツタルトだったなと思いつつ、柊夜は手を洗うと店内の冷蔵ショーケースに向かう。
トレイに小さなケーキを二つ載せて戻ると、冷凍庫から取り出したシャーベットと共にデザート皿に手早く盛り付けていく。
最後に皿にベリーソースで飾り付けて完成だ。
「ん。こんな感じ。次からは自分でやれよ?後でメモ書いて貼っておいてやるから。で、これは七番テーブルだっけ」
目を輝かせて柊夜の手元を懸命に見つめていた後輩、立花陽葵は顔を上げるとこくこくと頷いた。
「お待たせしました、本日のミニケーキプレートです。いつもありがとうございます」
七番テーブルのスイーツ好きの常連男性客に笑顔で声をかけると、ありがとうと微笑んでくれた。
コーヒーの香りとまったりとしてあたたかな雰囲気。美味しい!という感嘆の声。幸せそうな客の表情。
ブラン・ノワールでアルバイトするのは楽しい。働いている自分まで幸せな気持ちになる。看板店員として扱われるのが照れ臭いが、常連客が可愛がってくれるのは素直に嬉しい。
幸福感に浸っていると、カランとドアベルが来客を告げた。
柊夜は笑顔で身を翻し、ドアへ歩み寄る。
「いらっしゃいませ、何名様で、すか……」
入ってきた人物を目にした瞬間、固まった。
ボーイッシュな女性パティシエが作る可愛らしく、それでいて甘すぎないスイーツと、物腰の柔らかいバリスタとティーブレンダーを兼ねたマスターが淹れるコーヒーや紅茶を楽しむことができる。
元々はとある老夫婦が創めたこぢんまりとしたレトロな雰囲気の漂う喫茶店であったが、それを娘夫婦が引き継いで内装も外観も英国風に改装した。
以前の喫茶店も地元の人々から愛されていたが、カフェとして生まれ変わってからも昔ながらのメニューもそのまま残しているので地元の人々にも受け入れられていたし、美味しさはもちろんの事、見た目のかわいいスイーツや英国カフェ風の店構えがSNS映えすると若い女性からも人気を呼んだ。
座席数があまり多くないとは言え、夫婦だけでは手が回らない。今でこそアルバイトがホール担当、厨房手伝い四人交代制で入っているが、リニューアルオープンしてしばらくの間は平日にパティシエである白里暁の姉・柏木灯、休日には当時美容専門学校生だった灯の娘・朝実と高校一年生だった息子の柊夜が交互に手伝いに入っていた。
柊夜は大学生になった今でも週に二、三度程度アルバイトに入っている。長く手伝っていることもあり勝手がわかっているので、現在のアルバイトの仲間達からも頼られていた。
「柊ちゃん、あちらのテーブルにカフェラテとカプチーノ持っていってくれる?」
マスターであり暁の夫の白里貴匡が柔和な笑みを浮かべ、柊夜に声をかける。
「三番テーブルね、了解」
柊夜は二つ返事で頷くとトレンチに飲み物を載せ、指定の席へと向かった。
席には二十代半ばくらいの女性が二人。内装が可愛いねと言いながら目をキラキラさせて店内を見回している。
一見さんだろうか。
「お待たせしました。お熱くなっておりますので、気をつけてお召し上がりくださいね」
内装も褒めていただいてありがとうございますと微笑めば、彼女達も笑み返してくれた。
場にほわっとした暖かい空気が流れる。
やはり接客は笑顔が大事だな、と柊夜は思う。
スマイル0円とは言うが、リピーターゲット率は上がる。店員の『感じの好さ』は客足を左右するのだ。
例外もあるが、ぶすくれた店員に接客されたら美味しいものも不味くなるし、どんなにいいものも悪く感じてしまう傾向にある。
せっかく足を運んでもらったのだからできるだけ気分よく過ごしてもらいたい。
『もう一度その客の会うことができることへの喜び』が報酬のようなものなので、笑顔を振り撒くことに惜しみはない。何より自分も相手も笑顔になるのは気持ちのいいことだしな、と一人頷きながらカウンターへ向かっていると、
「ひいちゃん先輩~」
蚊が鳴くようなか細くも情けない声が聞こえた。
カウンター横の厨房の入口から手招きが見える。
柊夜がため息を一つ零して厨房に入ると、大きな生き物が勢いよく抱きついてきた。
「ひいちゃん先輩~ヘルプぅ~」
肩口に頭を擦り付けてくるのは本日の厨房担当だ。
「誰がひいちゃんだ、柊夜だっつってんだろが」
何回言えば分かるのだとぼやきつつ、ひっつきもっつきの大型犬のごとき男を引き剥がす。その額にデコピンをお見舞いしてやればその男は『あぅ』と小さな悲鳴を漏らした。
このワンコもどきは柊夜の一つ下で中学と高校でのバスケ部の後輩だ。妙に柊夜に懐いていて、常に距離が近い。ちなみに大学も同じところに通っている。
柊夜の『柊』が『ひいらぎ』であることから、『じゃあひいちゃん先輩っすね!!』と勝手にあだ名をつけて呼び出し、現在に至る。
「で、何がヘルプなんだよ」
「本日のミニケーキプレートの盛り付けってどうだったっけ」
「ああ、それは……」
本日のケーキプレートとは指定された二種類のミニケーキにシャーベットがついた、女性と子供から人気のメニューだ。
今日の指定ケーキはニューヨークチーズケーキとフルーツタルトだったなと思いつつ、柊夜は手を洗うと店内の冷蔵ショーケースに向かう。
トレイに小さなケーキを二つ載せて戻ると、冷凍庫から取り出したシャーベットと共にデザート皿に手早く盛り付けていく。
最後に皿にベリーソースで飾り付けて完成だ。
「ん。こんな感じ。次からは自分でやれよ?後でメモ書いて貼っておいてやるから。で、これは七番テーブルだっけ」
目を輝かせて柊夜の手元を懸命に見つめていた後輩、立花陽葵は顔を上げるとこくこくと頷いた。
「お待たせしました、本日のミニケーキプレートです。いつもありがとうございます」
七番テーブルのスイーツ好きの常連男性客に笑顔で声をかけると、ありがとうと微笑んでくれた。
コーヒーの香りとまったりとしてあたたかな雰囲気。美味しい!という感嘆の声。幸せそうな客の表情。
ブラン・ノワールでアルバイトするのは楽しい。働いている自分まで幸せな気持ちになる。看板店員として扱われるのが照れ臭いが、常連客が可愛がってくれるのは素直に嬉しい。
幸福感に浸っていると、カランとドアベルが来客を告げた。
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「いらっしゃいませ、何名様で、すか……」
入ってきた人物を目にした瞬間、固まった。
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