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とりひな

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モブたちは見た!〜モブから見たあれやこれや〜

【2〜6話】スミレコは見た!〜VSモンスター娘〜

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 ブラン・ノワールの常連客はその前身である『喫茶ブラック・リバー』時代からの常連のご近所さん達と、近所に勤める人達がほとんどだ。外観も内装も新しくなり『カフェ ブラン・ノワール』に生まれ変わってからも、常連客の足が遠のくことにはならなかった。姿形が変わっても、ちゃんと変わりないものを残してあるからだ。常連客の居心地がいいように先代の娘とその婿、孫たちやアルバイトスタッフが努めてくれている。だから常連客は安心して通えるのだ。
 店が新しくなってから店舗が可愛いやらケーキがSNS映えするからと言って若い女性客も増えたがそういった客は目的が済めばさっさと帰るのでこれといって問題もない。
 窓際のトイレから一番近い席に座ってコーヒーを楽しむ上品な薄紫のカットソーに白いパンツを履いた白髪の女性・野上菫子のがみすみれこ(御年八十二)――――柊夜の祖母の女学院時代の同級生である彼女も常連客の一人だ。先代である柊夜の祖父母の黒川夫妻が亡くなってからも店に通っており、黒川姉妹ーあきらと柊夜の母・ともりーとその子供達を自分の娘や孫のように可愛がっている。高校生の頃何故か柊夜が女装をして給仕を始めた時は大層びっくりしたものだが、今では『よく似合ってて可愛いわぁ、うちの孫のお嫁さんにならないかしら』とすっかり慣れきっている。
 菫子は決まった時間、決まった席に座り午後の時間をコーヒーを飲みながら寛ぐのが日課だ。この日もゆったりとしたくつろぎの時間を過ごすためにやってきた。しかしその穏やかな時間は二人の女性客の騒ぎ声によって乱された。

「あずさぁ、アツシに男紹介してって言っておいてくれない?」
「無理、別れたし」
「は?マジ?まだ一ヶ月くらいじゃなかったっけ」
「タケルの方が良かったから」
「タケルって、梨花の彼氏の?」
「もう私のだし。好きかもっていったら別れてくれたよ」
「うーわ、また人の男盗ったの」
「盗られる方が悪くない?」

 下品な内容を下品な笑い声を上げながら恥ずかしげもなくおおっぴらに語る二人に、菫子は思わず眉をひそめる。周囲の客もと同じ気持ちなのか、不快そうに顔をしかめたり音楽プレイヤーのイヤホンで耳を塞いだりする姿が散見された。しかしそんな彼女らも看板娘、もとい看板息子の柊夜がケーキと飲み物を運んでくれば大人しくまでとはいかないが、下品な会話も終え、声のボリュームも落とした。多少のはしゃぎ声は許容範囲内なので、周囲のヒリついた雰囲気も多少緩む。しかし、あずさと呼ばれる女性が喫茶店時代の店を侮辱する発言をしたことでまた周囲に緊張が走った。発生源は柊夜である。柊夜は一見笑顔で彼女らに接していた。しかし長年の付き合いのある菫子にはわかる、あれはめちゃくちゃに怒っている、と。その他の常連客もそのことに気づいているようで一様に柊夜の様子を窺っている。柊夜のお店愛は常連客に周知されているのだ。彼が布巾を取りに一旦バックヤードに引っ込んだのを見届けた客たちはホッと息を吐いた。
 柊夜が引っ込むとすぐにあずさとエリがまた騒ぎ始めた。内容はただの世間話とは言え、如何せん声が大きい。そこに柊夜が布巾を片手に戻ってきた。常連客たちに向け申し訳なさげに眉を下げる。その様子にほっこりした常連客たちはジェスチャーや口パクで『気にすることないよ』『大丈夫だよ』と伝えた。すると柊夜が笑顔になる。『あー今日も可愛い』『癒されるなぁ』などの声がチラホラあがった。柊夜の正体を知らない勢だけでなく、正体を知っている一部の客からもだ。柊夜はこの店のマスコット的存在なのだ。そんな中、菫子はひたすら心配をしていた。

(柊ちゃん、大丈夫かしら)

 姦しい娘たちと接するにつれ、表情が引きつって見える。特にあずさという娘が色々語り出してから。

「このまま何も起こらなければいいのだけれど……」

 ポツリと呟いて菫子はお茶請けに頼んでいたチョコレートを一つ口に放り込んだ。
 そしてその願いも虚しく、事件は起こることになる。




 それは一人の男性客の来店から始まった。端正な顔立ちをした長身の男性――――都村の登場に、店内の女性客の大半が色めき立つ。菫子も同様だった。ぽ、と頬を桃色に染める。

(まあ、主人の若い頃にそっくりの素敵な人だわ)

 思い出はいいように補正されていた。菫子の伴侶は存命でたっぷりとした口ひげの頭頂部の寂しい強面男性であり、色素の薄い王子様然とした都村とは似ても似つかない。
 都村は席に案内されてすぐ立ち去ろうとした柊夜を手を握って引き止めた。実際は手首を掴まれたのだが、菫子の脳内で補正をかけてそのように見た。

(あらまぁ、若いっていいわねぇ。青春だわ)

 可愛い孫同然の柊夜と都村のやり取りをニヨニヨしながら見守る。

(でもそうすると陽ちゃんがかわいそうねぇ)

 何と陽葵の気持ちは菫子にもバレバレだった。菫子は陽葵の事も可愛がっている。陽葵はアルバイト勤務する前から柊夜にくっついて店に顔を出していたので、彼もまた馴染みなのだ。二人の姿を見ているうちに気がついた、陽葵は柊夜に恋していると。そして柊夜がそれに全く微塵も一ミクロンも気がついていないことにも。恋愛ものの話が大好きな菫子は二人の恋模様を眺めるのも密やかな楽しみにしていた。

(フフフ……三角関係の気配……いいわねぇ、いいわねぇ)

 ドロドロの三角関係ものも大好物なのである。
 菫子が邪な思いを巡らせているうちに、いつの間にか柊夜は都村の元を離れていた。引き続きコーヒーを啜りながら都村を観察していると、都村が小説をバッグから取り出した。待ち時間の間に読むらしい。パラパラと長い指先が数ページ捲ったところで、彼女らが声をあげた。

「うっわ、お兄さんイケメン! 一人ならこっちでおしゃべりしませんかぁ~?」
「名前なんて言うんですかぁ? こんなイケメンに会えるなんでラッキー!」

 大声をホール内に響かせる。周囲の目が厳しいものになっていることも気づかずに。彼女たちは都村が店内に入ってきた時は話に夢中で気付かなかったのだが、不意に周囲が目に入った時彼の姿を認めたため急に声をかけたのだった。都村は本をバッグにしまい、二人の女性客に向き合う。柔和な笑顔を浮かべつつ彼女たちに拒否の姿勢を示したのだが、彼女たちには通じなかった。しつこく絡まれ続けて都村の表情がだんだんと曇ってくる。そこへ、柊夜がやってきた。

「……お客様、申し訳ありませんがこちらのお客様のご迷惑となっておりますのでご自分の席にお戻りいただけますか?」

 毅然とした態度で二人に立ち向かう。モンスター娘たちは柊夜に食ってかかるが、柊夜は動じない。

(柊ちゃんすごいわ、あんな恐ろしい子たち相手に立ち向かって……あら、そういえば男の子だったわね)

 最近女装姿ばっかり見ていたので、男子である事をすっかり失念していた。頼もしく成長した姿に感動を覚える。柊夜が都村をかばい、二人の前に立ちふさがった。店内全体が『頑張れ、柊ちゃん(お姉さん)』という応援ムードになる。
 しかし、モンスター娘たちの勢いは止まらない。罵声に次ぐ罵声の果てに暴挙に出た。
 バシャリ。
 柊夜にかけられた水は身体を伝って床に落ちていく。

「あははは、ザマァ~!! 私らに歯向かうからだよ!」
「バカ、やりすぎ~」

 柊夜に嘲笑を投げつける女二人。歪んだ顔、醜い声。
 ブラン・ノワールに響いていいのはこんな汚い『嗤い声』ではない、楽しくて幸せそうな『笑い声』だ。腹がたつ、もう我慢できない。菫子も何人かの常連客もテーブルに手をかけ立ち上がろうとした時、一人の男性スタッフがバックヤードから大股で出てくる。陽葵だった。

「――――いい加減にしろよ、あんたら」

 陽葵が柊夜にタオルをかけ、その肩を守るように抱く。無表情で冷たく尖った声を発している陽葵に、常連客たちはヒュと息を飲んだ。これは誰だ、と。今まで人懐っこい笑顔を浮かべている姿しか目にしたことがなかったので、その冷たさに背筋を凍るようだ。そんな中菫子だけは心の隅っこでこっそりときめいていた。恋愛ものとしてはオイシイ展開なのだ。乙女心が疼く。
 陽葵もまたイケメンなので、その登場にモンスター娘たちは一瞬頬を染めた。この状況でよく頬なんて染めていられるものだ。しかし陽葵の物言いに腹立ちが勝ったらしい彼女たちは再びぎゃあぎゃあと喚き出す。終いには店長を出せと言ってきた。
 最終的に店長が出てきて返り討ちにされ、他の客も店側の味方についたことで旗色が悪くなったモンスター娘たちは尻尾を巻いてそそくさと逃げていった。
 マスターと柊夜と陽葵、それに被害者の都村が謝罪すると励ましの言葉やら、毅然とした対応への賞賛やらが飛んだ。店内に笑顔が満ちる。

「ふふふ、やっぱりこの店はこうじゃなくちゃね」

(これで安心して恋模様を眺めていられるわ)

 騒ぎの間にすっかり温くなってしまったコーヒーを啜り、菫子も満足げに笑ったのだった。

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