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夜の出来事2

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 義雄はそのまま自宅に帰った。すると、マンションの玄関に誰かが立っていた。義雄の母親だ。義雄は自殺する前に、母親だけにはメールをしたのだ。

 今まで育ててくれてありがとう。先に死んでしまってごめんなさい、と。母親は義雄のメールを見て飛んで来てくれたのだ。義雄は母親に何と言って謝ればいいのかわからなくて、無言でつっ立っていると、母親は義雄の胸にすがりついて号泣した。母親の涙の温かさが、義雄の胸をぬらした。

 義雄は勤めていた会社を退職した。次の就職先は、中小企業だった。従業員の数はわずか八名、若者は義雄だけだった。

 社長を含め、従業員たちは皆コンピューターに弱く、義雄に何でも質問した。義雄は彼らに丁寧に説明した。社長は喜んで義雄に言った。

「やぁ、森本くんのような優秀な人材が我が社に来てくれて本当に良かった」

 周りの従業員たちも社長の言葉に同調した。社長は他人とのコミュニケーションが苦手な義雄をいつも気にかけてくれた。パートの田沼さんは、会社の事務を担当していて、電話応対がとても丁寧だった。

 営業担当の真島さんは元気があって、取引先の会社からも信頼されていた。

 義雄は新しい職場に入って気づく事が沢山あった。皆自分の得意な分野があり、その分野の仕事に一生懸命に取り組んでいるのだ。

 いい大学を出たからといって、偉そうにするのは間違いだったのだ。義雄は会社の人たち、取引先の会社に喜んでもらえる社員になりたいと思った。

 あの夜、義雄を止めてくれた若い男にもう一度会いたいと思った。
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