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決着

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 響は妻であるジュリアを強く抱きしめた。ジュリアも響にしがみついて泣きじゃくっていた。

 響の頭の中は現在の記憶と前世の記憶が、コーヒーに落としたクリープがゆっくりと混ざり合うように、浸透していくようだった。

 響は隆成だった記憶を得た事で、ジュリアと語り合いたい事が沢山あったが、今はそんな時ではなかった。エグモントを倒さなければいけないからだ。

 響はジュリアを抱きしめたながら樹上で戦っている辰治とエグモントの戦いを見ていた。驚いた事に、日本刀を持った辰治はエグモントと対等に戦っているようだった。エグモントは日本刀の斬れ味に驚いているようだ。

 響はアッと叫んだ。辰治が足を踏み外して落下したのだ。だがそれは辰治の作戦だった。落下した辰治はすぐに枝に掴まった。エグモントは辰治に襲いかかろうとして木から飛び降りた瞬間、辰治は日本刀を振るった。

 エグモントの両足は切断されてしまった。エグモントは地面に落ち、立ち上がる事ができなかった。辰治が響に叫ぶ。ここでエグモントをたたかなくてはいけない。

 響はジュリアを後ろに下がらせてクロスボウを構えた。矢をつがえ、発射する。矢はエグモントの胸に突き刺さった。響はふぅっと息を吐いた。

 ついにクロスボウの矢が命中したのだ。何度も辰治と練習したかいがあった。だがこれだけではエグモントは髪の毛ほど効いていない。

 響はもう一本矢をつがえた。狙うは最初の矢に結びつけた小さな麻袋だ。矢を当てるだけよりさらに困難だ。響は意識を集中して矢を放った。

 二本目の矢は見事麻袋を打ち抜いた。エグモントは激しく爆発した。麻袋には火薬が入っているのだ。エグモントの胸部に風穴が空いた。エグモントは傷口をふさごうと回復に意識を集中しているようだ。足を回復されて動き出されてはこちらの不利だ。

 響はさらに麻袋をつけた矢を二本打ち込み、麻生を狙って二本矢を放った。それも命中し、エグモントはさらに爆発した。

 エグモントの身体には三つの穴が空き、エグモントは怒りのあまり咆哮した。響がさらに矢を放とうとすると、ジュリアが声をかけた。

「響、これをエグモントの身体の中に埋め込んで?」

 ジュリアの言うこれとは何だろうと思い、彼女に振り向くと、ジュリアはおもむろに自分の人差し指を食いちぎって響に渡した。響はジュリアに言われた通り、人差し指を矢に結びつけて放った。

 指が結びつけられた矢は、傷の修復途中だったエグモントの腹に入った。響はジュリアに質問した。

「ジュリア、何でエグモントの腹に指を入れたの?」
「保険よ。もうエグモントが私たちに関わらないように」

 響は意味がわからなくて詳しく聞くと、ジュリアは悪い笑顔で答えた。

「エグモントは私の指を身体の中に入れた。もし私に逆らう事があれば、私の指をコントロールして奴の心臓に穴を開けてやるの」

 あまりの恐ろしさに響は頬を引きつらせたが、エグモントがジュリアから手を引いてくれるならこれでいいのかもしれないと思った。

 ジュリアは立ち上がるといまだに立ち上がれないでいるエグモントに近づいた。響はジュリアの後ろに続く。

 辰治はエグモントの近くで日本刀を構えている。エグモントは恨みがましい目でジュリアを見上げた。ジュリアはエグモントを見下ろして言った。

「貴方の身体の中に私の指を入れたわ。もしまた私たちに攻撃しようとすれば、私の指が貴方の心臓を突き刺すわ」

 ジュリアはそれだけ言うときびすを返してスタスタ歩いて行ってしまった。響は慌ててジュリアの後を追った。

 
 
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