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神戸旅行
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響はジュリアに旅行を提案した。以前響だけが神戸に行ってしまったから、今度はジュリアと一緒に行きたかった。響が隆成としてジュリアと暮らした街を共に歩きたかったのだ。
ジュリアは最初お金がかかるからとしぶっていたが、響が新婚旅行の代わりだと言うと、顔を赤らめてうなずいてくれた。
響はこれからももっと仕事をして、ジュリアを色々な所に連れて行く予定だが、現状では国内が精いっぱいだ。
響とジュリアは東海道・山陽新幹線に乗った。ジュリアは窓からの景色が綺麗だと、はしゃいでいた。百年前、ジュリアが神戸から神奈川の方にやって来たのは徒歩でだったそうだ。
新神戸駅からまず幸亀酒造に向かう。店には五代目店主と妻がいて、響の事を覚えていてくれた。響が真っ青な顔で店を出て行ったので心配してくれていたようだ。
そして響が連れて来たジュリアを見た店主と妻は驚きの声をあげた。自分たちが昔から見ている洋画の婦人がそこにいたからだ。
響はこの間の不作法をわびてから言った。
「この間はすみませんでした。見せていただいた絵画のモデルが妻にそっくりだったもので。だから今回は妻にもあの絵を見せてほしいと思いまして」
店主夫婦は喜んでうなずいてくれた。店主の妻は以前と同じようにアルバムと絵画を持って来てくれた。ジュリアは懐かしそうに絵画を眺めた。
響は店主夫婦に断って、ジュリアの絵画と隆成の写真をスマートホンにおさめた。響とジュリアは店主夫婦に礼を言って、四合瓶の日本酒を買って店を後にした。
購入した日本酒は、響たちのために尽力してくれた辰治への土産だ。ジュリアは道すがら響に言った。
「五代目の目元、秀坊に似てない?」
「あはは、そうだな。たれ目な所が遺伝しているな」
秀坊とは響とジュリアが養子にした男の子だ。名前は秀勝といった。隆成の親戚の子供ではあるのだが、秀勝は垂れ目の愛嬌のある顔だった。
ジュリアは我が子をひでぼう、ひでぼうと呼んで可愛がった。だが秀勝が十歳になった頃、店の使用人たちがウワサしだしたのだ。
お店のおかみさんは全く歳を取らないと。そこで困った隆成とジュリアは、ジュリアを死んだ事にして、隠し部屋で暮らす事を考えた。だがこの提案は、息子の秀勝とジュリアの永遠の別れにもなるのだ。
幼い秀勝は、母を慕ってよく泣いていた。壁の一つ向こうでは、ジュリアが声を殺して泣いていたのだ。これには隆成も胸を痛めた。
だから秀勝が寝ている時に、ジュリアはこっそり秀勝の枕元に座り、息子の頭を撫でていた。次の日秀勝は嬉しそうに隆成に言うのだ。お母さまの夢を見ましたと。
そんな秀勝も立派な幸亀酒造の三代目になった。
響は隆成だった頃の思い出を、ジュリアにポツポツと語った。ジュリアは懐かしそうにうなずいてくれた。
響はジュリアを神戸の観光名所に連れて行こうとしたが、彼女は行きたい所があると言って、響をうながした。
神戸の郷土資料館だ。響とジュリアは入館料を払って中に入った。そこは平日という事もあったが、がらんとしていて、見物客は響とジュリア二人だけだった。
ジュリアには見たいものが決まっているらしく、ずんずんと歩いて行った。ジュリアの目指すブースは神戸の人たちの生活用品の展示室だった。ジュリアにうながされて、ガラスケースの中に入ったものを見て、響はあっと声をあげた。
それは隆成がジュリアに贈った婚礼衣装の打ち掛けだった。純白の花嫁衣装にめでたい鶴の絵柄が描かれている。打ち掛けの前には、螺鈿の櫛やかんざしが展示されてした。これにも見覚えがある。すべて隆成がジュリアに贈った品だ。
響がポカンと口を開けて見ていると、ジュリアが苦笑しながら答えた。
「手元に残せたのはこれだけだったの」
ジュリアは隆成が死んだ後、隆成の思い出の品を持って家を出たのだ。それからはずっと日本中を旅して回っていようだ。ジュリアは隆成からの贈り物をとても大切にしてくれていた。
だが太平洋戦争が起こり、日本の旗色が悪くなると、国民は貧しくなった。ジュリアは仕方なく、隆成の思い出の品を農家との物々交換で、少量の野菜と交換したのだという。ジュリアは自嘲気味に言った。
「隆成が買ってくれた高価なかんざしが、干からびた芋一つになってしまうんだもの。あ然としてしまったわ」
ジュリアは戦中、戦後の苦しい中をたった一人でひたすら耐えて過ごしたのだ。
日本が戦後復興した頃、ジュリアは着物やかんざしを郷土資料館に寄贈した。その後、ジュリアは隆成が恋しくなるたびに、東京から神戸まで歩いて郷土資料館に通ったのだそうだ。
響はジュリアに、何故神戸に住まなかったのか聞くと、思い出がありすぎたからだと答えた。
響はジュリアの手をつなぎながら、昔ジュリアに贈った思い出の品をジッと見つめていた。
ジュリアは最初お金がかかるからとしぶっていたが、響が新婚旅行の代わりだと言うと、顔を赤らめてうなずいてくれた。
響はこれからももっと仕事をして、ジュリアを色々な所に連れて行く予定だが、現状では国内が精いっぱいだ。
響とジュリアは東海道・山陽新幹線に乗った。ジュリアは窓からの景色が綺麗だと、はしゃいでいた。百年前、ジュリアが神戸から神奈川の方にやって来たのは徒歩でだったそうだ。
新神戸駅からまず幸亀酒造に向かう。店には五代目店主と妻がいて、響の事を覚えていてくれた。響が真っ青な顔で店を出て行ったので心配してくれていたようだ。
そして響が連れて来たジュリアを見た店主と妻は驚きの声をあげた。自分たちが昔から見ている洋画の婦人がそこにいたからだ。
響はこの間の不作法をわびてから言った。
「この間はすみませんでした。見せていただいた絵画のモデルが妻にそっくりだったもので。だから今回は妻にもあの絵を見せてほしいと思いまして」
店主夫婦は喜んでうなずいてくれた。店主の妻は以前と同じようにアルバムと絵画を持って来てくれた。ジュリアは懐かしそうに絵画を眺めた。
響は店主夫婦に断って、ジュリアの絵画と隆成の写真をスマートホンにおさめた。響とジュリアは店主夫婦に礼を言って、四合瓶の日本酒を買って店を後にした。
購入した日本酒は、響たちのために尽力してくれた辰治への土産だ。ジュリアは道すがら響に言った。
「五代目の目元、秀坊に似てない?」
「あはは、そうだな。たれ目な所が遺伝しているな」
秀坊とは響とジュリアが養子にした男の子だ。名前は秀勝といった。隆成の親戚の子供ではあるのだが、秀勝は垂れ目の愛嬌のある顔だった。
ジュリアは我が子をひでぼう、ひでぼうと呼んで可愛がった。だが秀勝が十歳になった頃、店の使用人たちがウワサしだしたのだ。
お店のおかみさんは全く歳を取らないと。そこで困った隆成とジュリアは、ジュリアを死んだ事にして、隠し部屋で暮らす事を考えた。だがこの提案は、息子の秀勝とジュリアの永遠の別れにもなるのだ。
幼い秀勝は、母を慕ってよく泣いていた。壁の一つ向こうでは、ジュリアが声を殺して泣いていたのだ。これには隆成も胸を痛めた。
だから秀勝が寝ている時に、ジュリアはこっそり秀勝の枕元に座り、息子の頭を撫でていた。次の日秀勝は嬉しそうに隆成に言うのだ。お母さまの夢を見ましたと。
そんな秀勝も立派な幸亀酒造の三代目になった。
響は隆成だった頃の思い出を、ジュリアにポツポツと語った。ジュリアは懐かしそうにうなずいてくれた。
響はジュリアを神戸の観光名所に連れて行こうとしたが、彼女は行きたい所があると言って、響をうながした。
神戸の郷土資料館だ。響とジュリアは入館料を払って中に入った。そこは平日という事もあったが、がらんとしていて、見物客は響とジュリア二人だけだった。
ジュリアには見たいものが決まっているらしく、ずんずんと歩いて行った。ジュリアの目指すブースは神戸の人たちの生活用品の展示室だった。ジュリアにうながされて、ガラスケースの中に入ったものを見て、響はあっと声をあげた。
それは隆成がジュリアに贈った婚礼衣装の打ち掛けだった。純白の花嫁衣装にめでたい鶴の絵柄が描かれている。打ち掛けの前には、螺鈿の櫛やかんざしが展示されてした。これにも見覚えがある。すべて隆成がジュリアに贈った品だ。
響がポカンと口を開けて見ていると、ジュリアが苦笑しながら答えた。
「手元に残せたのはこれだけだったの」
ジュリアは隆成が死んだ後、隆成の思い出の品を持って家を出たのだ。それからはずっと日本中を旅して回っていようだ。ジュリアは隆成からの贈り物をとても大切にしてくれていた。
だが太平洋戦争が起こり、日本の旗色が悪くなると、国民は貧しくなった。ジュリアは仕方なく、隆成の思い出の品を農家との物々交換で、少量の野菜と交換したのだという。ジュリアは自嘲気味に言った。
「隆成が買ってくれた高価なかんざしが、干からびた芋一つになってしまうんだもの。あ然としてしまったわ」
ジュリアは戦中、戦後の苦しい中をたった一人でひたすら耐えて過ごしたのだ。
日本が戦後復興した頃、ジュリアは着物やかんざしを郷土資料館に寄贈した。その後、ジュリアは隆成が恋しくなるたびに、東京から神戸まで歩いて郷土資料館に通ったのだそうだ。
響はジュリアに、何故神戸に住まなかったのか聞くと、思い出がありすぎたからだと答えた。
響はジュリアの手をつなぎながら、昔ジュリアに贈った思い出の品をジッと見つめていた。
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