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転機

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 プリシラの事を思うと涙がにじみそうだった。だがこの場で泣くわけにはいかない。ドウマ国王に、エスメラルダが万策尽きて泣き出したと思われてはしゃくにさわる。

 エスメラルダはジッとドウマ国王をにらみ続けた。ドウマ国王は勝利を確信し、エスメラルダを完全に制圧したと思い安心しきっているようだ。

 自爆の魔法を発動させるのは今しかない。エスメラルダは奥歯を噛んでガーネットのペンダント魔法具を発動させようとした。

 その時、ドーンッという大きな音が室内に響き渡った。ドウマ国王は辺りをキョロキョロ見回した。どうやらこの音は、部屋の壁の外から聞こえてくるようだ。

 エスメラルダもつられて辺りを見回した。部屋の壁を見ると、ガタガタ揺れている。地震でも起きたのだろうかと思った次の瞬間、壁に大穴が空いた。

 大きな穴からは、にゅっと巨大な水のドラゴンが顔を出した。このドラゴンの魔法は、妹のプリシラにつきまとっているリベリオという青二才の魔法だ。

 エスメラルダがポカンとドラゴンを見ていると、続いて穴から何かが飛び込んできた。

「お姉ちゃん!」

 エスメラルダは目を見張った。会いたくてしかたなかった妹のプリシラだったのだ。

 プリシラは、腕を高くあげて手首を拘束されているエスメラルダを見て、口を大きくあけてから、地をはうような低い声で言った。

「お姉ちゃん、そのケガ、どうしたの?貴方がお姉ちゃんを殴ったの?」

 プリシラは視線を、エスメラルダからドウマ国王にうつした。ドウマ国王は、水のドラゴンには驚いたようだが、飛び込んできたのが若い娘だったので、軽んじるような口調で言った。

「だとしたら何なのだ?小娘風情が」
「よくも、私の綺麗なお姉ちゃんの顔を傷つけてくれたわね。私は貴方を絶対に許しません!」

 エスメラルダは驚きのあまり口をポカンと開けたままだった。エスメラルダはプリシラの怒った顔をこの時初めて見たのだ。

 プリシラは天使のように優しい女の子で、自分を殺そうとした輩も、笑顔で許してしまうような性格だ。そのプリシラが怒っているのだ。

 ドウマ国王はプリシラに攻撃魔法を放った。カミナリ攻撃魔法が、プリシラに向かって行く。

 危ない。エスメラルダはプリシラに向かって叫ぼうとした。プリシラは素早く風防御魔法で透明な壁を作り出し、カミナリ攻撃魔法を防いだ。

 ドウマ国王は顔をしかめ、何度もカミナリ攻撃魔法を投げつけた。次第にプリシラの張った風防御壁にヒビが入る。

 プリシラには霊獣の毛玉がついている。きっとプリシラを守ってくれると信じているが、この目でプリシラの無事を確かめなければ安心できなかった。

 ついにカミナリ攻撃魔法が、風防御壁を破壊した。激しい爆発音がし、煙が立ちのぼった。ドウマ国王はなおもカミナリ攻撃魔法をやめない。エスメラルダはプリシラの安否が心配でならなかった。

 ようやく煙が消えた場所にはプリシラはいなかった。ドウマ国王は焦りながら辺りを見回した。エスメラルダにはすぐにプリシラの居場所がわかった。

 プリシラは浮遊魔法で空中にいたのだ。プリシラは右手をふるような動作をした。直後ドウマ国王の身体から血が吹き出した。

 ギャァと耳障りな悲鳴をあげて、ドウマ国王は床にのたうちまわった。プリシラは小さな風魔法を作り出し、高速でドウマ国王に当てたのだ。

 主要な血管や臓器は外してあるが、早く処置しなければ出血多量になってしまう。プリシラはエスメラルダのために他人を傷つけたのだ。

 プリシラはすぐさま床に着地すると、エスメラルダに向かって駆け寄った。プリシラは鋭利な風魔法で、エスメラルダの手かせを壊してくれた。

 エスメラルダの身体にじわりと魔力が戻ってくる。どうやら手かせにも、魔力を封じる魔法がかけられていたようだ。

 エスメラルダは助けに来てくれてプリシラにありがとうと言おうとした途端、強く抱きしめられた。

 エスメラルダは無理だと痛感した。愛するプリシラと離れる事など。

 

 

 
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