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突然の訪問

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 結は慣れない日本家屋の畳の上で、かしこまって正座をしていた。何故こんな事になってしまったのだろうか。

 結は幸士郎に押し切られ、喫茶店のアルバイトが終わった後、幸士郎の家に直行したのだ。

 結の目の前には幸士郎と、その父兼光が座っていた。兼光はとても機嫌が良さそうで、微笑みながら結に声をかけた。

「松永結さん、そう固くならずに。我が家だと思ってくつろいでください」

 結はあいまいにうなずいた。幸士郎の事前説明では、桐生家は由緒正しい人形使いの家系のようだ。

 結は幼い頃母親と死に別れたため、人形使いの事をよく知らなかった。その事を素直に言うと、兼光が簡単に説明してくれた。

「結さんはお正月に奉納する人形神舞はご存じかな?」

 人形神舞とは、人形使いたちが神に奉納する人形の舞の事だ。おもに日本の神話を題材にする舞が多い。必ずお正月のニュースで取り上げられる。結が小さくうなずくと、兼光は微笑んで言葉を続けた。

「あの人形神舞をおおせつかっているのが、我が桐生家と、もう一つ天賀家なのです。幸士郎もいずれ私の後を継ぎ、人形神舞を行います」

 結はどう答えていいのか分からず、すごいですねと答えた。兼光は結にたずねた。

「結さん、ぶしつけですが貴女のご両親が人形使いなのですか?」
「亡くなった母が人形使いだったそうです」
「そうですか、お母さまの旧姓は、差し支えなければお聞かせ願えませんか?」

 兼光は若輩の結にずいぶん気遣ったものいいをした。結はいごこちわるそうに答えた。

「母の旧姓は、遠野紅子といいます」

 結の返事に兼光は困った顔をした。期待していた返事と違ったようだ。結はある事を思い出して言った。

「あの。母は私生児だったそうで、遠野は祖母の苗字なんです」
「では、お母さまのお父上の苗字は?」
「確か、佐渡だと、」

 結の言葉に兼光と幸士郎の表情が明らかに変わった。兼光は明らかに取りつくろった笑顔で言った。

「佐渡家は天賀家の分家に当たります。貴女のおじいさまは佐渡松三といいます。ですがすでに他界しておられます」
「そう、なんですか」

 会った事のない祖父の話しをされても、結にはピンとこない。結の祖父は、小さい頃可愛がってくれた俊作の父親だけだからだ。

 兼光は結にひざを近づけて言った。

「結さん。幸士郎から聞いていると思いますが、貴女はこのままでは危険です。天賀家の現当主天賀勝司が貴女を狙っています」
「?。狙うって?」
「貴女を自分の花嫁にしようとしています」

 突然の発言に、結は口をあんぐり開けながら固まった。
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