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加奈子の新しい生活

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「この!バカ者が!」

 加奈子は父親におもいっきり頬をひっぱたかれた。加奈子は生まれてこのかた、父親に手を上げられた事は、ただの一度もなかった。

 口の中が鉄臭くなる、どうやら口の中を切ったらしい。加奈子は父親をにらんだ。その横で母親はしくしく泣いている。

 父親は顔を真っ赤にしてどなった。

「よくも豊田家に泥を塗ってくれなた!お前などもう娘でも何でもない!この家から出て行け!」
「ええ、言われなくても出てってやるわよ!こんなカビの生えた古臭い家!だけどこれだけは言わせてよ!私に人形を動かせと言ったのはパパとママでしょ?!私が人形使いじゃなくて念動力者な事に気づかなかったパパとママにだって責任はあるでしょ!」
「むむ、へらず口を言いおって!」
「ああ、ごめんなさい。パパもママも人形使いの能力がほとんど無かったんだわね?それじゃあ気づけるはずないか。じゃあ、永遠にさようなら。行こう、椿姫」

 加奈子は念動力で座敷のはしっこに座っていた椿姫を浮かせた。父親が大声でどなった。

「加奈子!椿姫は置いていけ!椿姫はお前持っていていい人形ではない!」

 加奈子はくちびるを噛みしめて部屋を出た。

 加奈子が家を出る時、見送りは母親しかいなかった。母親はしきりにこまめに連絡をするようにと言ったが、加奈子はうるさそうにして答えなかった。

 引越しの手伝いには、元婚約者の幸士郎が来てくれた。引越し業者が大きなものを運んだ後の細々とした物を運んでいく。加奈子は念動力者だ。自分の体重の重さ分の物体を自由に動かす事ができる。だから幸士郎の手伝いなど不要だった。

 加奈子は幸士郎につっけんどんに言った。

「幸、もう結構よ。後は私で片付けられるわ。なんたって私は念動力者だもの。部屋の物を片付けるなんてぞうさもないわ」

 幸士郎は黙って加奈子を見つめていた。幸士郎は手伝いに来たわけではなく、加奈子に何か話そうとしてやって来たのだ。加奈子はそれがわかっていて幸士郎を邪険にした。幸士郎の口から何も聞きたくなかった。幸士郎は思いつめたように口を開いた。

「加奈子。今までよく耐えたな。辛かっただろう?だがもうお前は桐生家に囚われる事はないんだ。自由に生きていいんだ」

 幸士郎の上からな発言に加奈子は頭に血がのぼって叫んだ。

「幸!アンタ何様のつもり?!ああ、幸はこれから桐生家の当主になるんだものね?ご当主さま、アンタはあのおばさんと結婚して人形使いの子供を沢山生めばいいんだわ」
「・・・。加奈子、約束する。俺が当主になったら、これまでの因習を変えていく。だから加奈子、それまで待っていてくれ」
「・・・。何よ、何よ!私を捨てて、おばさんに乗り換えたくせに!」
「・・・。加奈子とは親が決めた許嫁だ。俺は元々加奈子と結婚する気はなかった。俺が当主になったら、婚約を解消しようと決めていた」
「・・・。何で?」
「加奈子。お前はわがままで偉そうで。俺はお前の事を手のかかる妹だと思っていた。それはこれからもずっと変わらない。言いたい事はそれだけだ。邪魔したな」

 幸士郎はそれだけ言うと、部屋の片付けはそのままに帰って行った。





 

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