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桜姫との同調

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 幸士郎は呼吸が整ったのを感じると、ゆっくりと目を開いた。幸士郎の目の前には同じく正座をした仮想の敵が座っている。

 相手は高梨伊織だ。伊織はニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべていた。伊織は片膝をつき、刀を抜こうとする。幸士郎は片膝をつき、こい口をきって抜刀した。抜刀と同時に伊織に水平に斬りかかる。伊織は一歩後ろに下がってそれを避けた。

 幸士郎は立ち上がると伊織に何度のも斬りつけた。伊織はその都度、幸士郎の刀を受けた。

 幸士郎のとなりでは、桜姫が幸士郎と同じ動きをしている。幸士郎が桜姫に指示をしているのだ。

 人形使いが人形を操る事を同調と呼んでいる。幸士郎の意思通りに桜姫を動かすのだ。だが結の話しを聞いていると、幸士郎の同調と結の同調には違いがあるようだ。

 結はまるで自分がイブになったようだと言っていた。幸士郎にもごくたまにそのような感覚を感じた時がある。

 それは、幸士郎と桜姫がひたすら同じ動作を繰り返した時に起こる。幸士郎はひたすら木刀を振り続けた。となりの桜姫もやはりそれに習う。

 幸士郎はふと、敵にすえた伊織はどうなのだろうかと考えた。伊織も花雪になったように感じているのだろうか。伊織と花雪の同調は実に見事だった。

 幸士郎も桜姫とそのようになりたいと思った。目の前の仮想の敵である伊織が勝負に出た。幸士郎は伊織の一刀を弾くと、けさがけに斬った。

 その瞬間、確かに幸士郎と桜姫の感覚が重なった。幸士郎は桜姫の目で敵を見、桜姫の刀で敵を斬った。

 これが戦人形との本来の同調なのだ。幸士郎は身体全身から滝のような汗をかきながら荒い呼吸を整えた。

 桜姫との同調は、幸士郎が頭で操る事をすべて排除した時に起こる。クタクタになるまで桜姫と同じ動作を繰り返し、頭の中が無になったその時、幸士郎は桜姫との真の同調を体感するのだ。

 この状態を常時作り出す事ができれば、幸士郎と桜姫は伊織などには負けないはずだ。

 伊織は木刀を脇に置き、正座をすると、ゆっくりと呼吸を整え瞑想した。となりでは桜姫も同じように正座をしていた。
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