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加奈子と椿姫の日常

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 一人暮らしを始めた加奈子に新しい習慣がくわわった。加奈子は朝に目を覚まして一番にする事がある。

「おはよう、椿姫」

 それは、ベッドの横に置いてある小さなイスに座っている親友の椿姫にあいさつをする事だ。

 元婚約者の幸士郎の助力で、加奈子は椿姫と共に生活する事を許されたのだ。

 加奈子は椿姫と出会った十三歳の頃から、椿姫の事が大好きだったのだ。だから椿姫も同じ気持ちでいてくれればいいと想像していた。

 優秀な人形使いの結に、椿姫は加奈子と同じ気持ちだと教えてもらった時は、人前で泣き出してしまうほど嬉しかった。

 加奈子は椿姫の美しい顔をジッと見つめた。椿姫の気持ちを知る事ができたのは嬉しい。だが、椿姫ともっとお話ししてみたいという欲が出ているのも本音だ。

 加奈子は何も語りかけてはくれない椿姫に微笑んでから、学校に行くための支度を始めた。

 休けい時間になると、従兄弟の幸士郎が加奈子の教室にやって来て、ふろしきつつみを手渡した。加奈子が首をかしげていると、幸士郎がぶっきらぼうに言った。

「おばさんが加奈子に渡してくれって」

 加奈子が渡されたふろしきつつみをとくと、タッパーに肉じゃがが入っていた。加奈子は思わず笑顔になって言った。

「やった!ママの肉じゃがだ!ねぇ、幸。今度は煮込みハンバーグ作ってって、ママに言っておいて」
「加奈子が自分で連絡しろよ」
「いいじゃないの。家が近所なんだから。あれ、もう一つのこのタッパーは何?」

 加奈子は肉じゃがのタッパーの他に、小さなタッパーを見て言った。幸士郎は顔をしかめたまま答えた。

「ヨネさんから、加奈子にって。ぼたもち」
「わぁい!ヨネさんのぼたもち大好き!」

 加奈子は嬉しくなった。桐生家のお手伝いのヨネさんは、加奈子が幼い時から可愛いがってくれた。

「おばさんとヨネさんにたまには顔を見せろよ?二人とも加奈子の事すごく心配してるんだからな?」
「はいはい、わかったわよ。幸はホントうるさいんだから」

 加奈子と幸士郎の関係は、誘拐された加奈子を幸士郎が助けに来た事により、以前のように良好なものになった。

 同級生たちは、加奈子と幸士郎の仲が戻ったと思ったようだ。自然、加奈子と幸士郎に言い寄る者が減り、加奈子の学生生活は平穏なものになった。

 加奈子が教室の掃除を終えると、校舎の裏にあるゴミ捨て場にゴミを運んだ。加奈子が校舎裏に行くと、そこには人がいた。

 加奈子が壁の陰で様子をうかがうと、どうやら三人の女生徒が、一人の女生徒を囲んでいるようだ。
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