上 下
105 / 113

奇妙な事件

しおりを挟む
 猪熊宗明は顔をしかめて部下の佐倉浩の報告を聞いていた。

「それでですね、先輩。今回の事件もあれなんですよ」
「あれ、って何だよ!」
「もう、怒らないでくださいよ。わかってるくせに」

 部下の佐倉は悪いやつではないのだが、人をくったような態度がたまに鼻につく。猪熊宗明は神奈川県警捜査一課の刑事だった。現在猪熊が担当している事件は、まことにおかしな事件だった。

 トウトファイナンスという会社の社長が、社内の社長室で殺害された。死因は絞殺。背後から首を絞められていた。

 当時の夜、社内には社長の小菅しかいなかった。社内にはいたる所に防犯カメラが設置されていたので、犯人はすぐにわれると考えていた。だがおおかたの予想に反して、犯人は特定できなかった。

 佐倉はもったいぶった仕草で、機嫌悪くデスクに座る猪熊ににじりよって言った。

「トウトファイナンスの事件。鑑識が防犯カメラを確認したら、映ってたんです」
「犯人か?!」
「声が大きいですよ。防犯カメラに、体長一メートルほどの物体が、ものすごい速さで通り抜けて行ったんです」
「はぁ?!肉眼で見えない、一メートルくらいの物体?!それじゃ人間じゃないじゃないか!」

 佐倉はニヤニヤ笑って、猪熊の耳元で言った。

「鑑識の話しではね、人形じゃないかって」

 また人形か。猪熊は小さく舌打ちした。佐倉があれ、と言った事がようやくわかった。三ヶ月前、代議士の倉茂智明が自宅の書斎で殺害された。死因は絞殺。その日、倉茂の妻は外出していて、家には倉茂と住み込みの年老いた家政婦しかいなかった。

 来客はなく、夜になった。倉茂は就寝前に薬酒を飲む習慣があったので、家政婦はいつも通り、寝室に酒を運んだ。だが寝室に倉茂はいなかった。

 その時、家政婦はおかしいと思った。倉茂は規則正しい生活を心がけているので、時間に寝室にいないのは珍しかった。ふと廊下を見ると、書斎のドアから光が漏れていた。

 家政婦が書斎のドアを開けると、そこには変わり果てた姿の倉茂が倒れていた。

 この事件で、事情聴取した家政婦がおかしな事を言った。

 屋敷の中をお人形が歩いていたと言うのだ。その話しを聞いた時、家政婦は高齢だし、気が動転しているのだろうと思い、聞き流していた。

 だがここに来て、同じような犯人像が捜査線に浮かんだ。体長一メートルほどの人形。
 

 

 
しおりを挟む

処理中です...