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伊織の意図
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猪熊はフゥッと深いため息をついた。ネコのぬいぐるみは、トコトコと猪熊の手のひらに乗った。猪熊は指でネコの頭をチョンとつついた。ネコは心なしか嬉しそうだった。
その途端、ネコは動く事をパタリとやめた。猪熊が驚くと、伊織が微笑んで言った。
「ネコとの同調を切りました。もうただのぬいぐるみです。ですが、これからも大事にしてあげてください」
「っ、ああ」
猪熊は携帯電話にぬいぐるみをつけようとしたが、上手くいかない。見かねた佐倉が代わりにつけてくれる。猪熊は気を取り直して伊織に言った。
「高梨さん。貴重な情報をありがとうございました。ところで、貴方は何故、同業者を売るような真似をしたんですか?」
そこで軽薄だった伊織の表情が厳しく変わった。
「勿論こちらにも意図があります。もう一つ人形使いの事件を捜査していただきたいのです」
猪熊はハァッとため息をついた。やはり伊織は親切心から情報提供したわけではなかったのだ。猪熊は伊織に断ってからタバコとライターを取り出した。
伊織が顔をゆがめた。だがそれはほんの一瞬の事で、元の張りついた笑顔に戻って、どうぞと猪熊をうながした。
これだから嫌煙家は。猪熊は、年々上がるタバコ税にもめげない生粋の愛煙家だ。己れは高額納税だとの自負もある。
猪熊は煙を肺いっぱいに吸い込み、顔を横に向けて煙をはいてから、伊織に聞いた。
「それで、どういった事件だったのでしょうか?」
「・・・。二年前の放火殺人事件です。被害者は私の妻と娘です」
猪熊はグッと息をつめた。伊織にも娘がいたのだ。その娘は死んでしまった。猪熊は自身の娘の事を思った。生意気で口うるさいが、猪熊の事を心から心配してくれる、心優しい娘だ。もし娘が死んでしまったら、猪熊はおそらく気が狂ってしまうだろう。猪熊は注意深く質問した。
「では、奥さんと娘さんを殺害した犯人はまだ捕まっておらず、その犯人が人形使いだと、そうおっしゃるんですか」
伊織は端正な顔をゆがめて答えた。
「警察は、私の妻が隠れて喫煙をしていて、娘が妻のライターを使ってイタズラをしての不審火だと判断したんです」
猪熊は拍子抜けしてしまった。火事で焼け死んでしまったのは気の毒だが、自業自得ではないだろうか。猪熊が気の毒そうに言った。
「お気持ちはわかりますが、不幸な事故だったのでは?」
「いいえ。妻は私よりもタバコが苦手でした。娘が生まれてからは、喫煙者とすれ違うだけでにらみつけるような始末で。そんな妻が喫煙するとは考えられません」
つまり伊織は、妻が自分に隠れて喫煙するなどありえないというのだ。夫はたいがい妻に幻想を抱くものだ。猪熊がいたわるような声で言った。
「警察だってバカではありません。きっと捜査の結果を言っているのでしょう」
だが伊織は、苦笑しながら答えた。
「喫煙者の方は、黙っていれば喫煙している事がバレないとお思いでしょうが。タバコの苦手な人間は、すぐに気づくんですよ?臭いで」
猪熊はドキリとした。猪熊は煙の臭いを気にして、消臭スプレーを衣服にかけている。だがそれでも臭っているのだろうか。
となりの佐倉が、笑いを噛み殺しながら言った。
「先輩、いつも資料室行ってくるって言って、タバコ吸ってますでしょ?皆知ってますよ?タバコの臭いがキツイから!」
猪熊はカァッと顔が熱くなり、となりの佐倉をにらんだ。
その途端、ネコは動く事をパタリとやめた。猪熊が驚くと、伊織が微笑んで言った。
「ネコとの同調を切りました。もうただのぬいぐるみです。ですが、これからも大事にしてあげてください」
「っ、ああ」
猪熊は携帯電話にぬいぐるみをつけようとしたが、上手くいかない。見かねた佐倉が代わりにつけてくれる。猪熊は気を取り直して伊織に言った。
「高梨さん。貴重な情報をありがとうございました。ところで、貴方は何故、同業者を売るような真似をしたんですか?」
そこで軽薄だった伊織の表情が厳しく変わった。
「勿論こちらにも意図があります。もう一つ人形使いの事件を捜査していただきたいのです」
猪熊はハァッとため息をついた。やはり伊織は親切心から情報提供したわけではなかったのだ。猪熊は伊織に断ってからタバコとライターを取り出した。
伊織が顔をゆがめた。だがそれはほんの一瞬の事で、元の張りついた笑顔に戻って、どうぞと猪熊をうながした。
これだから嫌煙家は。猪熊は、年々上がるタバコ税にもめげない生粋の愛煙家だ。己れは高額納税だとの自負もある。
猪熊は煙を肺いっぱいに吸い込み、顔を横に向けて煙をはいてから、伊織に聞いた。
「それで、どういった事件だったのでしょうか?」
「・・・。二年前の放火殺人事件です。被害者は私の妻と娘です」
猪熊はグッと息をつめた。伊織にも娘がいたのだ。その娘は死んでしまった。猪熊は自身の娘の事を思った。生意気で口うるさいが、猪熊の事を心から心配してくれる、心優しい娘だ。もし娘が死んでしまったら、猪熊はおそらく気が狂ってしまうだろう。猪熊は注意深く質問した。
「では、奥さんと娘さんを殺害した犯人はまだ捕まっておらず、その犯人が人形使いだと、そうおっしゃるんですか」
伊織は端正な顔をゆがめて答えた。
「警察は、私の妻が隠れて喫煙をしていて、娘が妻のライターを使ってイタズラをしての不審火だと判断したんです」
猪熊は拍子抜けしてしまった。火事で焼け死んでしまったのは気の毒だが、自業自得ではないだろうか。猪熊が気の毒そうに言った。
「お気持ちはわかりますが、不幸な事故だったのでは?」
「いいえ。妻は私よりもタバコが苦手でした。娘が生まれてからは、喫煙者とすれ違うだけでにらみつけるような始末で。そんな妻が喫煙するとは考えられません」
つまり伊織は、妻が自分に隠れて喫煙するなどありえないというのだ。夫はたいがい妻に幻想を抱くものだ。猪熊がいたわるような声で言った。
「警察だってバカではありません。きっと捜査の結果を言っているのでしょう」
だが伊織は、苦笑しながら答えた。
「喫煙者の方は、黙っていれば喫煙している事がバレないとお思いでしょうが。タバコの苦手な人間は、すぐに気づくんですよ?臭いで」
猪熊はドキリとした。猪熊は煙の臭いを気にして、消臭スプレーを衣服にかけている。だがそれでも臭っているのだろうか。
となりの佐倉が、笑いを噛み殺しながら言った。
「先輩、いつも資料室行ってくるって言って、タバコ吸ってますでしょ?皆知ってますよ?タバコの臭いがキツイから!」
猪熊はカァッと顔が熱くなり、となりの佐倉をにらんだ。
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