前世で百人殺した殺し屋の俺は地獄行きを回避するため現世で百人助けます

不器用な男

　サイラスはカイルに褒められたくて、必死に魔法の修行をした。サイラスは才能もあったのだろう。魔法はメキメキと上達した。だがカイルはサイラスを褒める事はなかった。

　これも大人になってから気づいた事だが、カイルはサイラスに成長してほしくなかったようだ。サイラスが魔法と剣が上達すれば、それだけ早く暗殺者として働かなければいけなくなるからだ。カイルはサイラスを暗殺者にしたくなかったのだ。

　カイルという青年は、魔法と剣術はずば抜けているが、それ以外は何もできなかった。森の中での修行は、野宿が基本だった。サイラスがカイルに腹が空いたというと、カイルは地面に手をついて土植物魔法を発動させた。地面からはにんじんの葉がひょっこり出てきた。

　カイルはにんじんを二本引き抜くと、一本をサイラスに渡し、もう一本を服のすそで泥を落としてから、そのままかぶりついた。サイラスはにんじんを生のままバリバリとかじるカイルをぼう然と見ていた。

　サイラスは仕方なくカイルに言った。土魔法で、ナベと包丁とまな板を作ってくれと。カイルはその通りにしとくれた。サイラスはカイルに土植物魔法で作ってもらった、にんじん、じゃがいも、ズッキーニ、玉ねぎを切って、ナベに入れて煮た。カイルに塩とコショウがほしいと言うと、カイルは空間魔法を街の市場につなげて買ってきてくれた。

　サイラスは昔、母が作ってくれた野菜スープを見よう見まねで作った。野菜が均等に切れていなかったので、固かったりグズグズだったりしたが味は悪くなかった。

　カイルはサイラスの作ったいまいちなスープを美味しいと言って食べてくれた。サイラスは不思議に思って聞いた。

「お前はボスの養子なんだろ？いつも豪華な食事を食べているんじゃないのか？」

　サイラスの言葉にカイルはきょとんとした顔をした。カイルは固いにんじんを咀しゃくしてから答えた。

「アジトでの食事は嫌いだ。辛いし、ビリビリするし、いつも吐きそうだった」

　サイラスは驚いた。カイルの感想は食事に対してのものとは思えなかった。

　カイルは暗殺集団ブラックスコーピオンの中で特別な存在だった。カイルはブラックスコーピオンのボスの後継者だと公然とささやかれていた。

　サイラスは定期的にカイルとアジトに戻る事があった。ボスに会うためだ。サイラスはこの時間がとても嫌だった。ボスはまるで毒蛇のような目をしてサイラスを見るのだ。そして、ブルブルと震えているサイラスの頭を撫でて、修行をがんばるようにと言うのだ。

　次にボスはカイルに視線を向ける。さも嬉しそうにカイルの白磁の頬に手を添えて撫でるのだ。それはまるで、自身が創り出した芸術作品を愛でるような仕草だった。

　カイルはまるで人形のように無表情だった。

　
　カイルはたまにサイラスを抱きしめてくれた事がある。それは愛情からではなく、単に寒い時だ。

　森の夜はしんしんと冷えて、焚き火をしていても幼いサイラスの身体を冷やした。サイラスが毛布にくるまっても震えがおさまらない時は、決まってカイルが抱きしめくれた。

　子供は体温が高いから温かいといって。だがサイラスは知っていた、カイルは厳しい鍛錬を積んでいるので、寒さも熱さも気にならないのだ。ただ震えているサイラスをおもんばかって温めてくれているのだ。

　カイルの不器用な優しさが、嬉しくて悲しかった。サイラスはいつもこっそりと涙を流した。