ここは地獄の一丁目=マッチングアプリは甘い罠

marry

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第五トラップ 豹変

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 次の日の夜、いつものように、缶ビール片手に牛丼を頬張っていると、スマホがブルッと震えた。

 ピロロロ ピロロロ

 ピロロロ ピロロロ

「もしもし、直也さん?
 昨日は、ほんとドタキャンして、ゴメンなさい」

「そんなことはええねんけど……
 大丈夫やったんか?」

「う、うん……」

 そのまま志代しよさんは、押し黙った。

「なんかあったんやろ?
 話してみいな」

 俺は優しく問いかけた。

「じつは……
 ちょっと、トラブルがあって……
 私のミスやねんけどね……」

 電話口の向こうにいる志代しよさんが、元気なく俯いた気がする。

志代しよさんがミス?」

 こんなにしっかりした人が?

「オーナー募集の受注数を読み間違えたんよ。
 もう少し伸びると思ったんやけど、予測してた数字に少し届かんかったんよ。
 会社に迷惑かけたないし、このままやったら自腹切らなあかんかなって感じやねん」

「そらあかんで、なんぼ仕事やいうても、自腹なんて」

「そうは言うても、私が設定した数字やし、それを達成できひんかったんは、自分のせいや……」

 なんて責任感の強い人なんや。

 助けたらんかい!

 悪魔か天使かわからん誰かが、俺の胸の中で叫んどる。

「私がアホやったんよ。
 直也さんのお陰で、勇気もらって、ちょっと有頂天になってたみたい。
 これぐらいの、ノルマやったら、絶対いける。
 私には直也さんていう、すばらしい人がついてくれてんねやからってね……」

 ―― その言葉で、もうあかんかった。

「ひとりで悩んでたらあかん!
 あと、何口必要なんや?」

「直也さん、ほんまに、これ以上ええですって……
 生活もあるやろうし、お子さんとお食事いったりしはるやろ?
 甘えてばっかりできひんよ。
 こうやって、お話し聞いてくれるだけで、十分、心強いよ」

 ―― 俺はアホや……

 このコを、少しでも疑った、昨日の俺を殴り飛ばしたい!

 こんないいコがネットビジネス詐欺なわけがない。

 それが証拠に、今、俺の申し出断ってきたやん。

 それより、なにより、利益でた、いうて、ちゃんと振り込みしてきてるやん。

 志代しよさんは、信頼できる人や。

 優しくて、頑張り屋で、仕事で倒れそうになっても、諦めることをしない、芯の強い人なんや。

 今、そのコが電話の向こうで、必死に涙をこらえてる。

 いつ助けるの?

 今でしょ!

 もう、俺に迷いはない。

「ノルマにあとどれぐらい足らんのや?
 言うてくれ!」

「明日中に、あと20口ぐらいなんよ。
 お得意さんとこ、今から何件か廻る予定なんやけど、ひょっとしたら、3口か4口ぐらい足らんかもしれへん……」

 志代しよさんは、申し訳無さそうに、小さな声を振り絞って答えた。

「わかった。
 今から、すぐに20万円振り込むから、明日は頑張って、残りの分集めや!」

「直也さん……
 私、こんなに甘えてもいいんかなあ……
 こんなに優しくしてもらってんのに、なんもお返しでけてへん。
 ほんま、ありがとう……
 直也さん……
 直也さん……
 うっ、うっ、うえーん」

 堪えきれず、彼女は電話の向こうで、声をあげて、泣きだした。

「泣きなや……
 気にせんでええって。
 君からいろんなもん貰って、恩返しせなあかんのは、むしろ俺のほうや。
 いつも、温かいメッセージ送ってくれてありがとう。
 さっ、そうと決まったら、明日に備えて、そろそろ寝たほうがええな。
 明日は営業活動忙しいで。
 ほんなら、すぐに振り込みするからな。
 おやすみ」

「直也さん、ほんまにありがとう。
 お休みなさい。
 大好きよ」

 ―― 電話を切るときの、最後のセリフ……

 俺は聞き逃さなかった。

「やったあ!
 俺のこと大好きやってさ!
 おいっ!
 聞いてるんか!」

 俺は天井を見上げ、三つの染みでできた顔に問いかけた。

 その顔は、黙ったまま、こちらを見つめているだけやった。

「なんや、なんも答えてくれへんのかいな。
 おもんないなあ。
 話しかけてくるんは、俺が寝そうになって、ボーッとしてるときだけかいな」

 ―― 結局、その日は、振込を済ませたあと、なんだか興奮冷めやらず、一睡もできないまま、仕事にでかけた。

 ―― 3回目

 追入金 20万円(4口)

 保有口 合計10口

 収支 ▲ 58万円

 残業はせず、まっすぐ帰宅。

 お決まりの牛丼と缶ビール。

 シャワーを浴びて、今、布団に入ったのが21時ちょうど。

「昨日は一睡もできんかったからなあ……
 眠た過ぎるわ」

 今日は天井の顔に話しかけもせず、ゆっくり目を閉じた。

 ピロロロ ピロロロ

 ピロロロ ピロロロ

 電話の音にハッとする。

「もしもし、志代しよさん?」

 しばし、返答を待つ……

 応答がない……

「もしもし、もしもし」

 そのとき、電話の向こうから、不穏な声が聞えてきた。

「黒鷺君、君が大丈夫ですって、言ったんだよね」

「申し訳ございません、部長」

「どうするんだよ。
 もう、発注は済んでるんだよ。
 この在庫はどうするんだい?」

「申し訳ございません。
 申し訳ございません」

 ―― 志代しよさん?

 上司から、叱責を受けている?

「明日中には解決してくれないと困るからね!」

「申し訳ございません」

「君は、それしか言えないのかね!
 私はもう帰るからね。
 君に付き合って、いつまでもダラダラとオフィスには居たくないんだよ!」

 ガチャ

 バァン

 電話の向こうで、思いっきり扉を閉める音が響いた。

「う、う、どうしよう……
 どうしよう……
 あと4口……
 あと4口……
 あと4口……」

 まずい、志代しよさんが潰れてしまう。

「もしもし、志代しよさん?
 もしもし!
 もしもし!
 志代しよさん!」

 俺は持てるだけの力をお腹に込めて、彼女の名前を叫んだ。

「え、あ、あれ?
 やだ、電話……
 知らない間に繋がってる」

「もしもし、志代しよさん?」

「直也さん、ゴメンなさい。
 知らない間に、スマホのボタン、押してたわ、直也さんに繋がってたみたい……」

「あと4口って……」

「お恥ずかしいです。
 じつは、あてにしてた顧客がギリギリになって、ダメになったんよ。
 商品発注は既に終わってて……
 それで、上司はカンカンでって状況だったの」

「俺がなんとかしてみる」

「ほんま?
 甘えてもええのん?」

「とりあえず、一回電話切るわな」

「ありがとう。
 助かるわ、直也さん」

「ほんならな」

 そう言って電話を切ったものの……

 どうするかなあ……

 とりあえず、手持ちの2口分はすぐに振り込みせなあかんな。

 明日は休みやし、あとは明日考えよ。

 ―― 4回目

 追入金 10万円(2口)

 保有口 合計12口

 収支 ▲ 68万円

 ―― 明くる日、俺はスマホの着信音で目が覚めた。

「……直也さん、2口分しか入金されてないねんけど!」

 志代しよさんの声は、恐ろしいほどに低かった。

「ちょっと、聞いてんの!?」

「あっ、はい。
 ちゃんと聞いてます」

 思わず敬語で返事してもうた。

「あと10万、足らんねんけど!」

「い、いや、今、すぐには手持ちがなくて……」

「昨日、任せとけって言うたんあんたやろ!
 ちゃんと約束守ってくれなこっちも困るねん!
 もう、あんたが追加で、振り込む言うたお金も計算に入ってんねからな!
 振り込みでけへんかったら、契約書に書いてた通り、違約金200万円かかるからな!
 覚悟しときや!」

 そう吐き捨てると、志代しよさんからの電話は、一方的にプツリと切れた。

 なにが起こったんや……

 違約金200万円てなんやねん……

 さっきのは、本当に志代しよさんなんか?

「誰か教えてくれー!」

 暗がりの部屋には、ただ、錯乱するだけの俺の声が響き渡っていた。
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