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1巻
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しおりを挟む1 プロローグ
「……父さん、やっぱり死んだんだな」
俺、レオンは思わずそう呟いた。
目の前の棺の中には、俺の父親が静かに横たわっている。
大陸でも辺境の小国バルファレスト、その英雄と呼ばれた王が、アレキファウス三世だ。
父である彼が崩御したのは、つい昨日のこと。
この国が大国に囲まれながらも今日まで生き延びてこられたのは、目の前に眠る男の力が大きい。
葬儀が終わり、父の遺体が安置された聖堂にいるのは俺だけだ。
どうやら他の連中は、この国の英雄の死をいたむよりも、他にやることがあるようだ。
その時、王宮の衛兵たちが俺を呼びに来た。
「レオン様、ご同行を」
「ああ、今行く」
こいつらはレオン『様』などと呼んできたが、俺を見つめるその目は嘲りに満ちている。
俺は第六王子ではあるが、この先の運命を考えれば、それも当然だろう。
この国で俺の味方と言えば、ここに眠る父親以外はいなかったのだから。
俺は兵士たちに連れられ王宮へと向かう。
国王の間に入ると、父が死んだ翌日だというにもかかわらず、一人の男が玉座にどっかりと腰を下ろして俺を見下ろしていた。
その顔に浮かぶ笑みは傲慢そのものだ。
「レオン、よく来たな。まずは新王たるこの俺にひざまずけ」
「分かりました、兄上」
俺は彼の言葉通り、ひざまずいて一礼する。
玉座に座っているのは、俺の一番年上の兄であるミハエルだ。
「くくく、レオン。卑しい女の産んだ子であるお前が、大きな顔をしていられたのも父上がいたからというもの。だが、俺が王になったからにはそうはいかん。貴様のような薄汚い血を引く役立たずは、この国には必要ない! 今すぐ出ていけ!!」
そう言ってミハエルは笑った。
するとその言葉を聞いて、玉座の近くに立っていた他の四人の兄たちが一斉にはやしたてる。
「そうだ、出ていけ!」
「このクズが!」
「目障りなのだ」
「お前のような者など、このバルファレストには必要ないわ!」
大陸の西にある辺境の小国、バルファレスト。
俺はその国の第六王子として生まれた。
そして母親が平民の生まれだということを理由に、五人の兄たちからは事あるごとに嫌がらせを受けてきた。
その筆頭である長兄のミハエル――新王は、俺を嘲笑いながら宣告した。
「新国王であるこの俺の名において、お前をこのバルファレストから追放する!」
父である国王は唯一の俺の味方だったが、昨夜突然倒れてそのまま死んだ。
俺がまだ幼い頃に母が亡くなったが、それからも父は俺のことを変わらずに可愛がってくれた。
だが、こいつらにとってはそれさえも気に入らないのだろう。
俺はミハエルの前に膝をついたまま答えた。
「分かりました、俺も十五歳になります。一人でも何とか暮らしていけるでしょう。これからすぐにでもこの国を出ようと思います」
逆らったところで仕方がない。
父が亡くなった今となっては、別にこの国に未練もないからな。
俺は立ち上がり、その場を去ろうとした。
しかしなぜか、国王の間を守る衛兵たちが出口の大扉を閉じてこちらに槍を構えてきた。
俺は振り返り尋ねる。
「これは? 兄上、扉を閉じられては出られません」
しかしミハエルは答えず、その隣に立つ女が高笑いした。
奴の母親で、俺の継母のイザベラだ。
「ろくに剣も魔法も使えぬお前が、追放されて生きていけるとは思えぬ。であれば、ここで始末をしてやる方がお前にとっても良いであろう?」
なるほど、黙って行くことすらさせてもらえないようだ。
俺が特に反論せずに黙っていると、イザベラは続けた。
「陛下が亡くなった今、お前を守る者はもうおらぬ。陛下があのような卑しい女にうつつを抜かし生まれたお前が、これから先ものうのうと生きているなど、わらわには到底我慢出来ぬのだ!」
俺の母はとっくの昔に亡くなっている。
それでも、この女は俺が生きていることすら許せないようだ。
母親の言葉を聞いて、ミハエルは残忍な顔で笑う。
そして、立ち上がると腰から提げている剣――この国の始祖が使ったとされている聖剣バルファルードを抜いた。
「レオン、お前のような奴でも一応は弟だ。命だけは取らずにおいてやろうと思ったが、母上が望まれるならば仕方がない。ここで死んでもらうとするか」
嘘だな……
最初からそのつもりだったのだろう。
そういえば、衛兵たちの数がいつもよりも多い。
他の兄たちも、剣を手にしていたり、魔法の呪文を唱えていたり、既に準備は万全のようである。
「すぐには殺すなよ」
「ああ、それでは楽しめぬからな」
「平民の血を引く者らしく、惨めに命乞いをしてみるか?」
「ふはは! それは良い! 犬のように這いつくばり、頭をこすりつけて願えば考えてやらぬこともないぞ」
そう言ってこちらを見下して、兄たちは笑っている。
こいつら、楽しんでやがる。
いつもながら悪趣味な奴らだ。
父が生きている時はせいぜい嫌がらせや悪態をつくぐらいだったが、本気で俺を始末するつもりらしいな。
俺は肩をすくめると溜め息をついた。
「……やれやれ。このまま黙って出ていくつもりだったが。いいだろう、相手になってやるよ。父上ももういない、誰に気を使う必要もないからな」
最後くらい、兄であるこいつらの顔を立てて大人しく出ていこうと思っていたんだが……向こうがこちらを殺すつもりなら、そんな義理もないだろう。
俺の言葉を聞いて、兄たちは一瞬ポカンとしたがすぐに残忍な笑みを浮かべる。
「こいつ、とうとう頭がおかしくなったみたいだぜ」
「相手になってやる、だと?」
「誰に口をきいている?」
「恐怖のあまり、気でも狂ったか? このクズが!!」
そう口々に嘲笑する兄たちの奥では、ミハエルが勝ち誇った顔で玉座から俺を見下ろしていた。
そして相も変わらずニヤニヤしながら口を開く。
「くくく。第一、ろくに剣も魔法も使えぬお前が、どうやって俺たちと戦うと言うのだ? この愚か者めが!」
しかし俺はそれには答えず、奴らを見据えて言う。
「言いたいことはそれだけか? 御託はもういい。さっさとかかってこい」
俺の言葉に、ミハエルが怒り狂って叫んだ。
「何だと貴様! 何の才能もないクズの分際で!!」
怒りと嘲りに満ちたその傲慢な目つき。
同時に他の兄たちの怒声も国王の間に響き渡った。
「かかってこいだと!?」
「貴様、誰に向かって口をきいている?」
魔導士としての才能とやらがあると自負する二人の兄が、同時に俺に火炎魔法を放った。
「ふはは! 貴様が悪いのだ、一気に消し炭にしてくれるわ!!」
「思い知れ!! このゴミが!!」
そんな言葉と共に、炎が俺を包む。
連中が勝ち誇っている姿が、炎越しに見えた。
だが次の瞬間、炎は俺から離れ、逆に術者である兄二人の利き腕に襲い掛かる。
「うぎゃああああ!!」
「うぉおおおお!!」
惨めに床を転がる兄たち。
そんな二人の体から離れた炎が、次第に形を変えながらこちらへと戻ってきて、俺の周りをグルグルと回り始める。
そうして炎は小さな人影を形作ると、俺の肩の上に座った。
炎を自在に操る美しい少女。
それは精霊と呼ばれる存在だ。
少女は俺を取り囲む連中を鼻で笑う。
「馬鹿な人間たち。せっかくレオンは黙って出ていくつもりだったのに、自分たちから手を出すなんて」
彼女の言葉と同時に、俺の右手が赤く輝き始め、手の甲に真紅の紋章が浮かび上がっていった。
他の兄たちから声が上がる。
「精霊だと!」
「一体どうなっている?」
「何だその紋章は!?」
驚くのも無理はない。
精霊を従えることが出来る人間など、今の世では限られているからな。
――そう、今の世では。
俺は転生者だ。
かつて、この世界は今のように平穏ではなく、恐ろしいほどの強さを持つ魔物が跋扈していた。
今では神話になっているほどの、厄災とも呼べるレベルの魔物ども。
奴らと戦うことが出来る才能を持つ者たちは、魔を倒す者、『倒魔人』と呼ばれた。
そしてその中でも最強とされた四人は、『四英雄』と称えられていた。
俺はその四英雄の一人だったのだが、ある日の戦いで死んだ。
そして、気が付くとなぜか二千年後の世界に転生していたのだ。
あれほどの強さを誇っていた厄災級の魔物たちの多くは死に絶え、生き残っている魔物は以前よりも遥かに弱い。
太古から生き残っている強力な魔物もいるが、ごくわずかだ。
今でも覚えている。
二千年前のあの日、仲間の一人が裏切った。
そいつのせいで仲間たちは皆呪いを受け、とある魔物によって命を落とすことになったのだ。
もう昔の話だが、こうやって命を狙われると流石に思い出す。
右手の紋章の輝きは四英雄である証だ。
『英雄紋』と呼ばれるこの紋章。
あの時かけられた呪いのせいで、かつてのような力はまだ使えないが、こいつらを相手にするには十分すぎる。
「フレア、やりすぎるなよ。この程度の連中、少し脅すだけでいい」
向こうはこっちを殺す気だ。本来なら容赦する必要はないだろうが、育ててくれた父への義理もある。
ここで引き下がるのならば、命まで取ることはない。
呻きながらまだ床を転がる奴らを見つつ、そんなことを考える。
利き腕に負った火傷で、もう魔法は放てないだろう。
しかし俺が話しかけた相手――炎を纏う精霊の少女フレアは、ツンとした顔で俺を睨む。
「だってこいつら、レオンを殺そうとしたのよ! 当然の報いだわ」
その姿を見て、ミハエルが叫んだ。
「精霊だと、馬鹿な! あり得ん……魔法すらろくに使えん無能なお前が!!」
この世界において、精霊を従えることが出来るのは高位の魔導士だけだ。
それも、精霊が主と認めるだけの力がなければ、決して従うことはない。
流石のミハエルでも、どうやら、それぐらいは知っているようだな。
だが、他の兄二人は近くに立つ衛兵から弓を奪い取ると、俺に向かって矢を射かけた。
「おのれ! お前のようなクズが、こんなことがあるはずがない!」
「死ねぇええええ!」
放たれた矢は、まるで風に操られたかのように途中で方向を変えて、奴ら自身の腕に深く突き刺さる。
「ぐっ!!」
「ぐは! 馬鹿なぁああ!!」
その場に倒れて悶絶する二人。
するとフレアの隣に、風を纏った白く美しい精霊が姿を現した。
「フレアの言う通り。こいつら、残忍な方法で貴方をなぶり殺しにするつもりだったのよ。私、絶対に許せない!」
そう憤るのは、風の精霊であるシルフィだ。
俺の両肩の上に浮かぶ炎と風の精霊を見て、イザベラが半狂乱になって叫んだ。
「……あの女と同じ精霊使いだと!? 隠していたのか、この汚れた血の持ち主が!! ミハエル、殺しなさい! こいつを殺せぇえええ!!」
確かに彼女の言う通り、俺の母親は精霊使いだった。
平民だった母が父と知り合ったのもそれが理由だ。
その優れた力ゆえに王宮魔導士となり、次第に愛し合うようになったと聞く。
イザベラはそれゆえに俺の母を……精霊使いを憎んでいるのだろう。
ただし、俺の力は母のそれとは全くの別物だ。
俺が精霊たちを操る術式は、今では失われた古代魔導言語による契約――古代精霊魔法である。
これは『倒魔人』としての技の一つだ。
ちなみに、フレアもシルフィも高位精霊である。
まぁ、それをこいつらに話したところで、理解出来ないだろうけど。
玉座から俺を見下ろすミハエルの目は血走っている。
聖剣バルファルードを握り、彼は叫ぶ。
「力を隠していただと、この卑怯者が!!」
「殺そうとしておいてよく言う。いいだろう、剣で勝負がしたいのなら相手になってやるよ」
俺はそう言うと、腰から提げた剣を抜いた。
「フレア、シルフィ、下がってろ」
不満げな精霊の少女たちを尻目に、俺は玉座の前に進み出る。
それを見てミハエルは高笑いした。
「馬鹿めが、調子に乗りおって! この国で俺に勝てる剣士などおらん。貴様のその粗末な剣など、このバルファルードでへし折ってくれるわ!!」
ミハエルはそう叫んで、玉座の上から一気に駆け降りると俺を一刀両断しようとした。
「死ねぇええええいい!!」
俺はその軌道を眺めつつ、手にした剣を振る。
正面からぶつかり合う剣と剣。
ギィイイイイイン!!
金属特有の甲高い音が、国王の間に響く。
その結果、一本の剣が砕かれ、その刀身がクルクルと宙を舞い床に突き刺さる。
――砕かれたのは、ミハエルが持つ剣の方だった。
「馬鹿な……そんな馬鹿な! 王であるこの俺の、聖剣バルファルードが!!」
信じられないと言いたげなミハエルを見つつ、俺は自分の剣を鞘にしまう。
「どんな名剣も使い手がそれじゃあな。新しい主に恵まれなかった聖剣バルファルードが泣いてるぜ」
ヨロヨロと後ずさるミハエルは、俺を見て怒りに満ちた声で叫ぶ。
「貴様……よくも、卑しい貴様ごときがよくも! 高貴なるこの俺にそんな口を!!」
そう言って衛兵の一人から槍を奪い取ると、こちらに向かって投げようと身構えるミハエル。
俺は静かに、奴を睨んだ。
「よく考えてから投げろよ。俺を育ててくれた父上に義理立てして、一度だけは許した。だが、二度目はない。それを投げたらあんたは確実に死ぬぞ。俺もそこまで甘くはない」
「き、貴様、俺を誰だと思っている! バルファレストの新たなる国王だぞ!!」
敬えとでも言うつもりだろうか?
五人がかりでなぶり殺しにしようとしておいて、よく言うものだ。
俺はミハエルに向かって一歩前に進む。
「関係ないな。俺はもうこの国を追放されたんだ、その国の王に命令されるいわれはない」
「ひぃいい!!」
前に進み出た俺の目を見て、ミハエルは尻もちをついた。
俺の言葉が本気だということを本能的に感じたのだろう。
槍はその手から落ち、床を転がっていく。
「……やらないのか? なら俺はもう行くぜ」
元々、父の葬儀が終わったら出ていくつもりだったからな。
俺は奴らに背を向けて歩き始める。
背中から、継母のイザベラが叫ぶのが聞こえた。
「覚えておれ! 必ず殺してくれる!!」
いまだ尻もちをついているであろうミハエルも、捨てゼリフを吐く。
「許さん……この俺をよくも、いつか必ず思い知らせてやる! 必ずなぁ!!」
俺は肩をすくめて、振り返らずに歩き続けた。
「いつでも来いよ。その代わり次は容赦はしない、それだけは覚えておくんだな」
先程、兵士たちに塞がれた部屋の扉に向かう。
兵士たちは、恐れるように道を空けていった。
「その方が賢いな。なにもあんな連中の為に死ぬことはない」
俺はそう兵士たちに告げ、長い廊下を歩いていく。
宮殿の中庭に出ると、最後に一度だけ自分が生まれ育った王宮を振り返った。
もう父もいないし、この国に戻ることもないだろう。
俺は懐から一枚のカードを取り出す。
そして、右手を添え魔力を込めると、カードの表面が淡く輝いた。
「ポータル!」
そう唱えれば、先程のカードが消える。そして代わりに、揺らめくゲートのようなものが目の前に現れた。
それを見て、フレアが嬉しそうに声を上げた。
「行くのね、レオン」
「ああ、もうここにいる理由がない」
俺の言葉にシルフィも大きく頷き、ゲートの先を眺めた。
「ふふ、レオン。これから楽しくなりそうね!」
その言葉に俺は笑みを浮かべる。
ゲートの向こう側は、辺境のこのバルファレストとは比較にならない程の大国、アルファリシアの都アデュレーヌだ。
同じ大陸にはあるが、その国力は雲泥の差がある。
バルファレストは、大国アルファリシアの属国の一つに過ぎない。
それも、あいつが王になったのではいつまでもつか……完全に吸収されるのも時間の問題だろうな。
まあいいか、もう俺には関係のない話だからな。
アデュレーヌは父に連れられて一度しか行ったことがないが、その時に向こう側にも出入り口となるポータルを作っておいた。
空間を繋ぎ、出入り口――ポータルを作るのが、その名の通り「ポータル」という魔法である。
先程のカードは、ポータルの情報を封じて使えなくしたり、逆に解放して使えるようにしたりするためのキーのようなものだ。
今の時代に、この魔法を使える魔導士は他には存在しないだろう。
「行こう! フレア、シルフィ。もう王子はやめたんだ、今日から自由に生きていくとするさ」
「ええ、レオン」
「行きましょう!」
俺たちは、ゆっくりとそのゲートをくぐった。
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