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2、お品書き

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「ふふ、魂子でいいですよ。魂に子供の子で魂子です」

 まるで子供のような無邪気な笑顔に、俺も思わず笑顔になった。
 魂子さんは俺の手を握って、改めて感謝の気持ちを言葉にする。

「ありがとうございます」

(変った人だな。でもいい人そうだ)

 その時、不覚にも俺の腹の虫が大きな鳴き声を上げる。
 初対面の人の前で、これは流石に恥ずかしい。
 案の定、それを聞いて魂子さんはクスクスと笑った。

「す、すみません。丁度俺、夕飯を食べて帰ろうと思ってたので」

「あら、そうなんですか? じゃあ、うちで食べませんか。これも何かのご縁かもしれませんし」

 俺はその言葉に頭を掻く。

(どうしようかな)

 こんな美人の誘いを断るのも勿体ない。
 着物を見る限り、きちんとした店だろう。
 そして少し考えると頷いた。

「ええ、どうせ決めていた店もありませんし折角ですから」

 魂子さんは、その言葉を聞くと俺を促して一緒に歩き始める。
 暫くついていくと、魂子さんは前を指さした。
 
「ほら、あそこです。涼太さん!」

 魂子さんが指さした場所に近づいていくと、小料理屋と言った感じの居酒屋が見えてくる。
 まだ営業時間ではないのか明かりは消えていた。

「ちょっと待ってて下さいね」

 魂子さんはそう言うと、華奢な体をしなやかに翻して店に急ぐと鍵を開けて中に入る。
 直ぐに店の明かりがついて、暫くすると店から顔を出して俺に言った。

「まだ営業時間の少し前なんですけど、涼太さんには特別に何か作って差し上げますわ。親切にして下さったお礼です」

「いいえそんな、俺は何もしてませんから」

 促されるままにとりあえず店の中に入ると、古くから営業していることが分かる佇まいである。
 檜だろうか、木で出来た内装はとてもシンプルだが雰囲気があった。
 年は重ねているが手入れが行き届いているので、かえってそれがいい風情になっている。
 魂子さんは俺に言った。

「私の古いお友達のお店なんですよ。でも少し遠い所に出かけるので、暫くは私に店をやって欲しいって頼まれたんです」

 なるほどね。
 それで道に迷ったって訳か。
 下町は、結構複雑に入り組んでいるからな。

 席は全てカウンター席で、女将である魂子さんと対面のような座席になっている。
 お蔭でアットホームな雰囲気が漂っていた。
 目の前にあるお品書きに書かれた文字は、とても達筆で目を惹かれる。

(ん?)

 俺は品書きの最後に書かれた一文が気になって、魂子さんに尋ねた。

「魂子さん? あの……ここに書かれている『貴方の想い出の料理、作ります』って何ですか?」
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