上 下
6 / 8

6、夕暮れに

しおりを挟む
「ねこねこは、今日からソラです。美鈴の大事な弟です!」

 どう考えても、美鈴が妹だ。
 俺は一声鳴いてそう抗議したのを覚えている。



「ソラ、どうしたの?」

 今じゃあすっかり大きくなった美鈴が、俺を見つめていた。
「なんでもねえよ」、と俺は一声鳴いた。
 泣き虫だったこいつが、今じゃあすっかり大人だ。
 機嫌よくスマートフォンとやらをいじりながら、友達と連絡を取り合っている美鈴を見て俺は笑った。
 引っ込み思案だったこいつも、俺と出会ってからは徐々に明るくなったとママさんは言っていた。
 俺は美鈴の膝から立ち上がる。
 それを見て、美鈴が尋ねる。

「ソラ、お散歩に行きたいの? あんまり遅くなる前に帰ってきてよ」

 俺は美鈴を見つめた。
 こいつはいつも俺に話しかける。
 まるで、それが当たり前のように。

 美鈴が開けた庭に続く入り口から俺は外に出た。
 夕焼けが紅く町を染め上げている。

(じゃあな、美鈴)

 俺は心の中で一言別れの挨拶をすると、住み慣れた町へと足を踏み出した。
 あいつに出会ってから、結構な時が流れた。
 俺も今じゃあ、いい歳だ。
 最近どうも体の調子が良くない。
 もうそれほど長くは生きられないだろう。
 あいつの泣き顔を見るのは苦手なんだ。
 
(どうしてだろうなぁ)

 こんなに長居をするつもりはなかった。
 それなのに……。
 夕日が落ちると、町には明かりが灯り始める。
 最後は慣れ親しんだこの町のどこかで、ひっそりと暮らしていくのも悪くない。
 そうさ、あいつに会わなければそんな風に生きていただろう。
 俺は空に向かって一声鳴いた。

 気が付くと、道の先に一軒の料理屋が見えた。
 最近は消えていたはずの明かりが灯っている。
 暫く空き家になっていたはずだが、店主が戻って来たのだろうか。
 そう言えば、野良だったころ少し世話になったことがある。

 俺はふと懐かしくなって、その明かりに向かって歩き始めていた。
しおりを挟む

処理中です...