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3巻
3-3
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親父さんは微妙な表情で、ごほんと咳払いをした。
「一緒に暮らしてる……ってことは何か? ラエサルの弟子じゃなくて、その……嫁さんってことか? あいつ、五年も連絡よこさねえのはともかく、そんな大事なことぐらいはよぉ」
おい、親父さん!
俺の時もそうだったが、誰でも嫁にしたらいいってものじゃない。
あの時は、お蔭でエリスに睨まれたからな。
まあこの世界では、俺たちぐらいの歳でも結婚する人はいるってことだろう。
それにしたって、アンジェはちょっと若いよな。
親父さんの言葉に、アンジェの顔がトマトみたいに真っ赤になった。
自分の発言が誤解されていることに気がついたのだろう。
アンジェは慌てて弁解する。
「ち、違うわ! ラエサルはお母さんが亡くなった後、私のことを引き取ってくれたの」
彼女の言葉によると、どうやらアンジェの母親とラエサルさんは、昔パーティを組んでいた仲間だったようだ。
三年前、アンジェがまだ十歳の時の話らしい。
アンジェの話を聞いて、フィアーナさんが親父さんをジトッとした目で見つめた。
「馬鹿だね、あんたは。私は分かっていたよ」
はは……ほんとかな? どっちかっていうと、親父さんよりも、フィアーナさんの方が目を丸くしていたけどな。
彼女にとっても、ラエサルさんは息子みたいなものだ。
いきなりアンジェが一緒に暮らしてるって言うから、驚いたのだろう。
「まったく、あんたときたら早とちりなんだから」
フィアーナさんの言葉は、まるで自分に言い聞かせているようでもある。
その場にいた皆、互いに顔を見合わせると、思わず笑った。
ちょっとした誤解はあったものの、お蔭で食卓はだいぶ打ち解けた雰囲気になった。
俺たちはようやく昼食に手をつけ始める。
食卓に並ぶのは、朝食の残りのスープを温めたものと、パン、朝とは違う種類の野菜サラダ。
サラダの上には、ルムメリア鳥の肉を蒸して割いたものを載せ、特製のソースをかけてあるので、食べ応えがありそうだ。
思わず腹の虫が鳴る。
アンジェと戦って、鍛冶仕事もしたから、俺は腹が減っているのだ。
「いただきます。むぐ! これ凄く美味しいよ、母さん」
採れたての野菜はみずみずしく、鳥肉の味も最高だが、何よりソースがとても美味しかった。
「馬鹿だね、エイジ。そんなに慌てないで、もっとゆっくり食べな。あんたときたら、いつもそうなんだから」
それを聞いた親父さんが笑う。
「おい、エリスにリアナ、それにエルフの嬢ちゃんも、早く食わねえと、エイジにみんな食われちまうぞ!」
「ちょっと父さん、いくら何でも、そこまで意地汚くないよ」
親父さんの言葉に促されて、エリスやリアナはもちろん、アンジェも料理に口をつける。
そして、三人とも目を大きく見開いた。
「美味しい……」
やっぱりフィアーナさんの作る料理は美味しい。
エルフのアンジェにとっても同じようだ。
「へえ、エルフって肉料理を食べられるんだな?」
俺の言葉に、アンジェは首を傾げた。
「食べるわよ?」
何となくエルフって菜食主義のイメージがあったけど、そうでもないらしい。
アンジェの説明によると、森で暮らすエルフは、弓を使って狩猟もしているそうだ。
「――ただ、エルフ族の中には肉を食べない者もいるわ。特別な神に仕えるエルフの神官とかね」
なるほどな、聞いてみないと分からないものだ。
そんな話をしていると、フィアーナさんが隣のアンジェを見ながら言った。
「ねえ、アンジェ。一つ頼みがあるんだけど、聞いてくれるかい?」
「頼みって?」
アンジェは小首を傾げる。
「難しいことじゃないさ。ラエサルが帰ってきたら、あんたと並んでいるところを絵に描きたくってね」
アンジェが俺の方を見た。
フィアーナさんが言っている意味が分からなかったのだろう。
「母さんは昔、絵描きだったんだ。凄く上手なんだぜ!」
「ラエサルが娘みたいに可愛がっているあんたの絵を、あの子と一緒に描いておきたくてね。ラエサルときたら、油断するとプイッと姿を消しちまうからね」
「娘みたいに……ラエサルが?」
フィアーナさんの言葉を繰り返し、アンジェはぽつりと呟いた。
「ラエサルがあんたを大事にしてるのは、あんたの様子を見ていれば分かるさ。どうだい? 描かせてくれるかい」
確かに、アンジェがこれだけラエサルさんを慕っているのを見れば、その関係が分かる気がする。
フィアーナさんの言葉に、アンジェがコクリと頷いた。
それを見て、リアナが天真爛漫に提案する。
「ねえ、エイジ! 私たちも描いてもらいましょ! ね、いいでしょ? フィアーナさん」
「もちろんさ、賑やかでいい絵になりそうだよ」
フィアーナさんは快く承諾してくれた。
自分たちの絵と聞いて、俺は鍛冶場にある大剣の傍に飾ってあった絵を思い出した。
お忍びで冒険者をしていた現国王のレオンさんや、パーティメンバーのミレアさん。
あんな風に描いてもらえるなら、俺だって嬉しい。
アンジェを含む四人で新パーティを結成するとしたら、いい記念になる。
リアナは、嬉しそうに笑うと、アンジェに言った。
「よろしくね、アンジェ! 私たち、丁度新しいパーティメンバーが欲しかったの。ね、エリス」
「え、ええ……それはそうだけど」
エリスが躊躇いがちに俺を見る。
リアナはアンジェがパーティに加わることに賛成だけど、エリスは慎重に考えたいのだろう。
俺をパーティに加える時もそうだったからな。
エリスの視線に応えるように俺は言う。
「なあ、エリス。アンジェは俺たちが欲しかった前衛としても優秀だし、シーフなら敵の察知とかもできるだろ? これから迷宮の奥に進むなら、最高の新メンバーだと思うけどな」
俺の言葉にアンジェは得意そうに胸を張った。
「もちろんよ、私は優秀なシーフなんだから!」
対決をする前に、【鑑定眼】でアンジェのスキルや特殊魔法はチェック済みだ。
【罠解除】や【索敵】が特に優秀である。
罠解除は文字通りのスキル。
索敵は、敵が近づいてくるのを感知するスキルだ。
敵が弱い浅い階層ならともかく、深い階層に行くにしたがって有用になってくる。
特殊な相手には通じないらしいが、便利なことに変わりはない。
「はは、やっとアンジェらしくなってきたな」
「何よ! 私らしいって」
やっぱり、彼女には元気な姿が良く似合う。
初めは警戒していたみたいだが、これまでのやり取りでほぐれてきた。
そんな様子を見ながら、エリスは肩をすくめた。
「そうね、前衛を入れるとかえってバランスが崩れるかと思ったけど、エイジとまともにやり合える腕なら問題ないだろうし」
「だろ? アンジェ以上に良い相手なんて、他にいないって」
「分かったわ。エイジがそこまで言うなら、反対する理由はないもの」
そう言って、エリスはしっかり頷いた。
彼女の了解を得られたことで、リアナは手を胸の前で合わせて喜ぶ。
「決まりね! 新しい仲間ができるなんて、エイジ、エリス、何だか私……」
「ワクワクする、だろ?」
「ワクワクする、でしょ? リアナ」
俺とエリスの横槍に、リアナはぷっと膨れる。
「エイジもエリスも酷い! 私が言いたかったのに」
エリスはそんなリアナの様子を見ながら、アンジェに改めて自己紹介する。
「よろしく、アンジェ。私はエリス・ルファーニア、中級クラスのLV10の魔道士よ。エリスって呼んでちょうだい」
「よろしくね、アンジェ。私はリアナ・ローゼンルース、中級クラスでLV10の治療魔道士。リアナって呼んでね」
二人の挨拶にアンジェも応える。
「私は中級クラスのLV9のシーフ。アンジェって呼んでくれていいわ。二人ともエイジとは長いの?」
アンジェの問いに、エリスたちは顔を見合わせる。
「まだ日は浅いけど、エイジは大事な仲間よ。腕の良い剣士だし、それに、こう見えてもいざとなると……た、頼りにもなるし」
エリス、こう見えてもは余計だろ?
そう思ったが、口には出さないでおいた。
エリスの言葉に同意して、リアナは大きく頷いた。
「迷宮の中のエイジは、とっても素敵なのよ。本当のナイトみたいなんだから! それにね、いつもリアナは凄いねって褒めてくれるの。だからエイジと一緒に冒険するのが楽しくって」
「はは、そうかな、リアナ」
リアナの方がよっぽど褒め上手である。
そんなリアナの様子を眺めながら、アンジェはこちらに警戒の目を向けてきた。
「エイジって……す、少し気安いわよね。さっき私のことジッと見て、髪や瞳が綺麗だって」
エリスがじろりと俺を一瞥し、アンジェに言った。
「誰にでも言うのよ、エイジは。私だって、魔法を使った時にとっても綺麗だって言われたもの。要するに、魔法もエルフも見たことがない田舎者なの」
酷い言われようだ。
確かに、この世界に来るまでは魔法もエルフも見たことはなかったけどさ。
アンジェとエリスに、リアナが反論する。
「そんなことないわ、エイジは紳士よ。そりゃあ初めて会った時は、だらしない顔してたから、パーティを組むのが少し心配だったけど」
「ほんと、だらしない顔してたわ。『ありがとうございます』って、みっともないくらいデレデレしちゃって」
ああ、冒険者ギルドの受付係のエミリアさんに抱き締められて、おまじないされてた時のことか……。
リアナもエリスも容赦ない。
思えば、二人との出会いは最悪だったもんな。
「いいよ、何とでも言ってくれよ」
男は諦めが肝心である。
そこからは、女子三人で俺を肴に何やかんや話しながら盛り上がっていた。
すっかり蚊帳の外になった俺は、やれやれと肩をすくめる。そこでふとアンジェの鞘の紐のことを思い出して、親父さんに相談した。
「そういえば、アンジェの短剣の鞘の革紐が切れちゃってさ。後で直したいんだけど、父さんも手伝ってくれる?」
「おお、もちろん構わねえぜ」
それを聞いたフィアーナさんが、アンジェに提案した。
「アンジェ、どうせならあんたもここに泊まったらどうだい? どうせしばらくラエサルもうちにいるんだろうしさ」
「いいの!?」
見る間にアンジェの顔が喜びに染まる。
「ああ、もちろんさ! 構わないだろう? あんた、エイジ」
「アンジェがそうしたいなら、俺は構わねえぜ。空いてる部屋もまだあるからな。なあ、エイジ」
親父さんと顔を見合わせ、俺は大きく頷いた。
「はは、そうだね。ラエサルさんもうちにいるんだしさ、アンジェも一緒なら楽しそうだよな」
「ほんとに! 私と一緒だと楽しい?」
ラエサルさんとアンジェなら、三人で一緒に剣の修業もできるからな。
俺がそう考えていると、エリスとリアナがジト目でこちらを睨んでくる。
「何よ、デレッとしちゃって。いいわ、今日は私もここに泊まるわ!」
「私も!」
俺は慌てて二人を窘める。
「おいおい。いきなり何言ってるんだよ、二人とも」
フィアーナさんは気にしていないらしく、笑いながら親父さんに問いかける。
「いいじゃないか。ねえ、あんた。部屋は空いてるし、何だかいっぺんに娘が三人できたみたいで私は嬉しいよ」
親父さんは、観念したとばかりに肩をすくめた。
「乗り掛かった船だ。一人も三人も大して変わりやしねえぜ」
それを聞いて、リアナはキラキラと目を輝かせる。
「本当に? ロイさん、フィアーナさん、ありがとう!」
リアナは思わず椅子から立ち上がって、親父さんに抱きついた。
「まったく、敵わねえな、お嬢ちゃんたちには。確かに娘ができたみたいで賑やかだな、こりゃあ」
親父さんは照れたように頭を掻く。
フィアーナさんは少しの間笑いながらそれを眺めてから、おもむろに立ち上がり、腰に手を当てた。
「そうと決まったら、色々買い出しもしてこないとね。夕方にはラエサルも帰ってくるんだ、晩ご飯の準備だけでひと仕事さ」
3 獅子の紋章
「だったら、私も一緒に行くわ。これだけ人数が増えるなら、荷物だって増えるもの。私が持ってあげる」
アンジェはすっかりフィアーナさんに懐いている。
ラエサルさんにとって母親のような存在であることが大きいのだろう。
「あら、そうかい? ふふ、嬉しいね」
エリスとリアナも、負けじと手伝いを申し出る。
「なら、私も一緒に行くわ。ねえ、リアナ」
「そうね、エリス」
しかし、フィアーナさんは微笑みながら首を横に振った。
「アンジェが手伝ってくれるんだ、それで十分さ。それよりも、あんたたちはエイジの鍛冶職人姿が見たかったんだろう?」
その言葉に、エリスとリアナは互いに顔を見合わせた。
「ほらごらん、顔を見れば分かるさ。さあ、片付けをしたら私はアンジェと一緒に出掛けるとするよ」
フィアーナさんはそう言って、パンパンと手を叩いた。
最後は彼女の鶴の一声で決まった形だ。
はは、何だかんだ言って、やっぱりエリスたちもフィアーナさんには敵わないな。
俺にとって親父さんが鍛冶の師匠なら、二人にとってフィアーナさんは料理の師匠みたいなものだ。
食事の片付けが終わると、親父さんが俺に声をかけてきた。
フィアーナさんとアンジェは買い出しに出かけている。
「おうエイジ、そろそろ仕事を始めるぜ。まずは、鍛えた剣を水車小屋に持っていかねえとな」
「水車小屋に? 父さん、鍛冶場での仕事じゃないの?」
俺の疑問に、親父さんは豪快に笑って答える。
「おうよ、まあ行けば分かる。エリスとリアナも見学するなら、一緒に来な」
結局俺は親父さんに従って、鍛えた剣を水車小屋に運んだ。
水車小屋の中には研ぎ機があり、親父さんは俺をその前に座らせた。
「父さん、これって……」
「ああ、焼入れをする前に、形を整えるためにもザッと研いでやらねえとな」
教わったのは、仕上げの研ぎとは少し違って、剣に焼入れをする前に行う研ぎである。
水車の動力を利用して回転する砥石で、鍛えた剣を研いでいく。
俺は手元に集中しながら作業を始めた。
「いいぞ、エイジ。もう少し角度を浅くしてみろ」
「はい! 父さん!」
最初は手元がおぼつかなかったが、親父さんの的確な指導と、鍛冶職人のスキルのお蔭で、徐々に作業はスムーズになっていく。
一本研ぎ終わる頃には、職人レベルも14まで上がっていた。
鍛冶職人のレベルの上昇率を上げる称号【名匠の魂を継ぐ者】の力も大きいだろうけど、新しいことを覚えると、やはり上達も速いようだ。
作業が一段落してふと気がつくと、後ろから囁き声が聞こえてくる。
「凄いわ! 本物の剣みたい。ね、エリス」
「だって、本物の剣だもの」
作業を邪魔しないように声を潜めながらも興奮を隠せない様子のリアナに、冷静に突っ込みを入れるエリスの声。
二人は俺の仕事を後ろで眺めている。
エリスの言葉を聞いて、親父さんが豪快に笑った。
「がはは、違げえねえな、エリス」
「はは。父さん、あんまり笑ったらリアナが可哀想だって」
俺たちに笑われて、リアナは唇を尖らせた。
「だってそれ、まだエイジが使ってるような剣とは違うんだもの」
リアナの言っていることも分からないでもない。
今は明らかに未完成。持ち手に当たる柄の部分だって付いてないもんな。
親父さんの話では、柄は別に作って、今俺が研いだ刃に取り付けるのだそうだ。
柄の中に入り込む茎の部分は、焼入れなどをした後、仕上げの前に丁寧に形を整えるらしい。
日本刀ではその茎に、刀工の名前や作製した年月などを銘として刻むことがある、なんてことを何かの本で読んだ記憶がある。
同じようにこの世界の鍛冶職人の中にも、銘を刻む人はいるそうだ。
自分の名前を刻んだ剣なんて、男としてはやっぱり憧れるよな。
リアナは、まるで自分が教わっているかのようにふんふんと頷き、親父さんの話を真剣に聞いている。
はは、リアナらしいな。
それにしても、凄いや……。
これ、本当に俺が作ったんだな。
研いで形を整えた剣を見ると、改めて実感する。
物を作るって凄いな。
少しでも良いものを作ろうと思って、夢中になってしまう。
「一緒に暮らしてる……ってことは何か? ラエサルの弟子じゃなくて、その……嫁さんってことか? あいつ、五年も連絡よこさねえのはともかく、そんな大事なことぐらいはよぉ」
おい、親父さん!
俺の時もそうだったが、誰でも嫁にしたらいいってものじゃない。
あの時は、お蔭でエリスに睨まれたからな。
まあこの世界では、俺たちぐらいの歳でも結婚する人はいるってことだろう。
それにしたって、アンジェはちょっと若いよな。
親父さんの言葉に、アンジェの顔がトマトみたいに真っ赤になった。
自分の発言が誤解されていることに気がついたのだろう。
アンジェは慌てて弁解する。
「ち、違うわ! ラエサルはお母さんが亡くなった後、私のことを引き取ってくれたの」
彼女の言葉によると、どうやらアンジェの母親とラエサルさんは、昔パーティを組んでいた仲間だったようだ。
三年前、アンジェがまだ十歳の時の話らしい。
アンジェの話を聞いて、フィアーナさんが親父さんをジトッとした目で見つめた。
「馬鹿だね、あんたは。私は分かっていたよ」
はは……ほんとかな? どっちかっていうと、親父さんよりも、フィアーナさんの方が目を丸くしていたけどな。
彼女にとっても、ラエサルさんは息子みたいなものだ。
いきなりアンジェが一緒に暮らしてるって言うから、驚いたのだろう。
「まったく、あんたときたら早とちりなんだから」
フィアーナさんの言葉は、まるで自分に言い聞かせているようでもある。
その場にいた皆、互いに顔を見合わせると、思わず笑った。
ちょっとした誤解はあったものの、お蔭で食卓はだいぶ打ち解けた雰囲気になった。
俺たちはようやく昼食に手をつけ始める。
食卓に並ぶのは、朝食の残りのスープを温めたものと、パン、朝とは違う種類の野菜サラダ。
サラダの上には、ルムメリア鳥の肉を蒸して割いたものを載せ、特製のソースをかけてあるので、食べ応えがありそうだ。
思わず腹の虫が鳴る。
アンジェと戦って、鍛冶仕事もしたから、俺は腹が減っているのだ。
「いただきます。むぐ! これ凄く美味しいよ、母さん」
採れたての野菜はみずみずしく、鳥肉の味も最高だが、何よりソースがとても美味しかった。
「馬鹿だね、エイジ。そんなに慌てないで、もっとゆっくり食べな。あんたときたら、いつもそうなんだから」
それを聞いた親父さんが笑う。
「おい、エリスにリアナ、それにエルフの嬢ちゃんも、早く食わねえと、エイジにみんな食われちまうぞ!」
「ちょっと父さん、いくら何でも、そこまで意地汚くないよ」
親父さんの言葉に促されて、エリスやリアナはもちろん、アンジェも料理に口をつける。
そして、三人とも目を大きく見開いた。
「美味しい……」
やっぱりフィアーナさんの作る料理は美味しい。
エルフのアンジェにとっても同じようだ。
「へえ、エルフって肉料理を食べられるんだな?」
俺の言葉に、アンジェは首を傾げた。
「食べるわよ?」
何となくエルフって菜食主義のイメージがあったけど、そうでもないらしい。
アンジェの説明によると、森で暮らすエルフは、弓を使って狩猟もしているそうだ。
「――ただ、エルフ族の中には肉を食べない者もいるわ。特別な神に仕えるエルフの神官とかね」
なるほどな、聞いてみないと分からないものだ。
そんな話をしていると、フィアーナさんが隣のアンジェを見ながら言った。
「ねえ、アンジェ。一つ頼みがあるんだけど、聞いてくれるかい?」
「頼みって?」
アンジェは小首を傾げる。
「難しいことじゃないさ。ラエサルが帰ってきたら、あんたと並んでいるところを絵に描きたくってね」
アンジェが俺の方を見た。
フィアーナさんが言っている意味が分からなかったのだろう。
「母さんは昔、絵描きだったんだ。凄く上手なんだぜ!」
「ラエサルが娘みたいに可愛がっているあんたの絵を、あの子と一緒に描いておきたくてね。ラエサルときたら、油断するとプイッと姿を消しちまうからね」
「娘みたいに……ラエサルが?」
フィアーナさんの言葉を繰り返し、アンジェはぽつりと呟いた。
「ラエサルがあんたを大事にしてるのは、あんたの様子を見ていれば分かるさ。どうだい? 描かせてくれるかい」
確かに、アンジェがこれだけラエサルさんを慕っているのを見れば、その関係が分かる気がする。
フィアーナさんの言葉に、アンジェがコクリと頷いた。
それを見て、リアナが天真爛漫に提案する。
「ねえ、エイジ! 私たちも描いてもらいましょ! ね、いいでしょ? フィアーナさん」
「もちろんさ、賑やかでいい絵になりそうだよ」
フィアーナさんは快く承諾してくれた。
自分たちの絵と聞いて、俺は鍛冶場にある大剣の傍に飾ってあった絵を思い出した。
お忍びで冒険者をしていた現国王のレオンさんや、パーティメンバーのミレアさん。
あんな風に描いてもらえるなら、俺だって嬉しい。
アンジェを含む四人で新パーティを結成するとしたら、いい記念になる。
リアナは、嬉しそうに笑うと、アンジェに言った。
「よろしくね、アンジェ! 私たち、丁度新しいパーティメンバーが欲しかったの。ね、エリス」
「え、ええ……それはそうだけど」
エリスが躊躇いがちに俺を見る。
リアナはアンジェがパーティに加わることに賛成だけど、エリスは慎重に考えたいのだろう。
俺をパーティに加える時もそうだったからな。
エリスの視線に応えるように俺は言う。
「なあ、エリス。アンジェは俺たちが欲しかった前衛としても優秀だし、シーフなら敵の察知とかもできるだろ? これから迷宮の奥に進むなら、最高の新メンバーだと思うけどな」
俺の言葉にアンジェは得意そうに胸を張った。
「もちろんよ、私は優秀なシーフなんだから!」
対決をする前に、【鑑定眼】でアンジェのスキルや特殊魔法はチェック済みだ。
【罠解除】や【索敵】が特に優秀である。
罠解除は文字通りのスキル。
索敵は、敵が近づいてくるのを感知するスキルだ。
敵が弱い浅い階層ならともかく、深い階層に行くにしたがって有用になってくる。
特殊な相手には通じないらしいが、便利なことに変わりはない。
「はは、やっとアンジェらしくなってきたな」
「何よ! 私らしいって」
やっぱり、彼女には元気な姿が良く似合う。
初めは警戒していたみたいだが、これまでのやり取りでほぐれてきた。
そんな様子を見ながら、エリスは肩をすくめた。
「そうね、前衛を入れるとかえってバランスが崩れるかと思ったけど、エイジとまともにやり合える腕なら問題ないだろうし」
「だろ? アンジェ以上に良い相手なんて、他にいないって」
「分かったわ。エイジがそこまで言うなら、反対する理由はないもの」
そう言って、エリスはしっかり頷いた。
彼女の了解を得られたことで、リアナは手を胸の前で合わせて喜ぶ。
「決まりね! 新しい仲間ができるなんて、エイジ、エリス、何だか私……」
「ワクワクする、だろ?」
「ワクワクする、でしょ? リアナ」
俺とエリスの横槍に、リアナはぷっと膨れる。
「エイジもエリスも酷い! 私が言いたかったのに」
エリスはそんなリアナの様子を見ながら、アンジェに改めて自己紹介する。
「よろしく、アンジェ。私はエリス・ルファーニア、中級クラスのLV10の魔道士よ。エリスって呼んでちょうだい」
「よろしくね、アンジェ。私はリアナ・ローゼンルース、中級クラスでLV10の治療魔道士。リアナって呼んでね」
二人の挨拶にアンジェも応える。
「私は中級クラスのLV9のシーフ。アンジェって呼んでくれていいわ。二人ともエイジとは長いの?」
アンジェの問いに、エリスたちは顔を見合わせる。
「まだ日は浅いけど、エイジは大事な仲間よ。腕の良い剣士だし、それに、こう見えてもいざとなると……た、頼りにもなるし」
エリス、こう見えてもは余計だろ?
そう思ったが、口には出さないでおいた。
エリスの言葉に同意して、リアナは大きく頷いた。
「迷宮の中のエイジは、とっても素敵なのよ。本当のナイトみたいなんだから! それにね、いつもリアナは凄いねって褒めてくれるの。だからエイジと一緒に冒険するのが楽しくって」
「はは、そうかな、リアナ」
リアナの方がよっぽど褒め上手である。
そんなリアナの様子を眺めながら、アンジェはこちらに警戒の目を向けてきた。
「エイジって……す、少し気安いわよね。さっき私のことジッと見て、髪や瞳が綺麗だって」
エリスがじろりと俺を一瞥し、アンジェに言った。
「誰にでも言うのよ、エイジは。私だって、魔法を使った時にとっても綺麗だって言われたもの。要するに、魔法もエルフも見たことがない田舎者なの」
酷い言われようだ。
確かに、この世界に来るまでは魔法もエルフも見たことはなかったけどさ。
アンジェとエリスに、リアナが反論する。
「そんなことないわ、エイジは紳士よ。そりゃあ初めて会った時は、だらしない顔してたから、パーティを組むのが少し心配だったけど」
「ほんと、だらしない顔してたわ。『ありがとうございます』って、みっともないくらいデレデレしちゃって」
ああ、冒険者ギルドの受付係のエミリアさんに抱き締められて、おまじないされてた時のことか……。
リアナもエリスも容赦ない。
思えば、二人との出会いは最悪だったもんな。
「いいよ、何とでも言ってくれよ」
男は諦めが肝心である。
そこからは、女子三人で俺を肴に何やかんや話しながら盛り上がっていた。
すっかり蚊帳の外になった俺は、やれやれと肩をすくめる。そこでふとアンジェの鞘の紐のことを思い出して、親父さんに相談した。
「そういえば、アンジェの短剣の鞘の革紐が切れちゃってさ。後で直したいんだけど、父さんも手伝ってくれる?」
「おお、もちろん構わねえぜ」
それを聞いたフィアーナさんが、アンジェに提案した。
「アンジェ、どうせならあんたもここに泊まったらどうだい? どうせしばらくラエサルもうちにいるんだろうしさ」
「いいの!?」
見る間にアンジェの顔が喜びに染まる。
「ああ、もちろんさ! 構わないだろう? あんた、エイジ」
「アンジェがそうしたいなら、俺は構わねえぜ。空いてる部屋もまだあるからな。なあ、エイジ」
親父さんと顔を見合わせ、俺は大きく頷いた。
「はは、そうだね。ラエサルさんもうちにいるんだしさ、アンジェも一緒なら楽しそうだよな」
「ほんとに! 私と一緒だと楽しい?」
ラエサルさんとアンジェなら、三人で一緒に剣の修業もできるからな。
俺がそう考えていると、エリスとリアナがジト目でこちらを睨んでくる。
「何よ、デレッとしちゃって。いいわ、今日は私もここに泊まるわ!」
「私も!」
俺は慌てて二人を窘める。
「おいおい。いきなり何言ってるんだよ、二人とも」
フィアーナさんは気にしていないらしく、笑いながら親父さんに問いかける。
「いいじゃないか。ねえ、あんた。部屋は空いてるし、何だかいっぺんに娘が三人できたみたいで私は嬉しいよ」
親父さんは、観念したとばかりに肩をすくめた。
「乗り掛かった船だ。一人も三人も大して変わりやしねえぜ」
それを聞いて、リアナはキラキラと目を輝かせる。
「本当に? ロイさん、フィアーナさん、ありがとう!」
リアナは思わず椅子から立ち上がって、親父さんに抱きついた。
「まったく、敵わねえな、お嬢ちゃんたちには。確かに娘ができたみたいで賑やかだな、こりゃあ」
親父さんは照れたように頭を掻く。
フィアーナさんは少しの間笑いながらそれを眺めてから、おもむろに立ち上がり、腰に手を当てた。
「そうと決まったら、色々買い出しもしてこないとね。夕方にはラエサルも帰ってくるんだ、晩ご飯の準備だけでひと仕事さ」
3 獅子の紋章
「だったら、私も一緒に行くわ。これだけ人数が増えるなら、荷物だって増えるもの。私が持ってあげる」
アンジェはすっかりフィアーナさんに懐いている。
ラエサルさんにとって母親のような存在であることが大きいのだろう。
「あら、そうかい? ふふ、嬉しいね」
エリスとリアナも、負けじと手伝いを申し出る。
「なら、私も一緒に行くわ。ねえ、リアナ」
「そうね、エリス」
しかし、フィアーナさんは微笑みながら首を横に振った。
「アンジェが手伝ってくれるんだ、それで十分さ。それよりも、あんたたちはエイジの鍛冶職人姿が見たかったんだろう?」
その言葉に、エリスとリアナは互いに顔を見合わせた。
「ほらごらん、顔を見れば分かるさ。さあ、片付けをしたら私はアンジェと一緒に出掛けるとするよ」
フィアーナさんはそう言って、パンパンと手を叩いた。
最後は彼女の鶴の一声で決まった形だ。
はは、何だかんだ言って、やっぱりエリスたちもフィアーナさんには敵わないな。
俺にとって親父さんが鍛冶の師匠なら、二人にとってフィアーナさんは料理の師匠みたいなものだ。
食事の片付けが終わると、親父さんが俺に声をかけてきた。
フィアーナさんとアンジェは買い出しに出かけている。
「おうエイジ、そろそろ仕事を始めるぜ。まずは、鍛えた剣を水車小屋に持っていかねえとな」
「水車小屋に? 父さん、鍛冶場での仕事じゃないの?」
俺の疑問に、親父さんは豪快に笑って答える。
「おうよ、まあ行けば分かる。エリスとリアナも見学するなら、一緒に来な」
結局俺は親父さんに従って、鍛えた剣を水車小屋に運んだ。
水車小屋の中には研ぎ機があり、親父さんは俺をその前に座らせた。
「父さん、これって……」
「ああ、焼入れをする前に、形を整えるためにもザッと研いでやらねえとな」
教わったのは、仕上げの研ぎとは少し違って、剣に焼入れをする前に行う研ぎである。
水車の動力を利用して回転する砥石で、鍛えた剣を研いでいく。
俺は手元に集中しながら作業を始めた。
「いいぞ、エイジ。もう少し角度を浅くしてみろ」
「はい! 父さん!」
最初は手元がおぼつかなかったが、親父さんの的確な指導と、鍛冶職人のスキルのお蔭で、徐々に作業はスムーズになっていく。
一本研ぎ終わる頃には、職人レベルも14まで上がっていた。
鍛冶職人のレベルの上昇率を上げる称号【名匠の魂を継ぐ者】の力も大きいだろうけど、新しいことを覚えると、やはり上達も速いようだ。
作業が一段落してふと気がつくと、後ろから囁き声が聞こえてくる。
「凄いわ! 本物の剣みたい。ね、エリス」
「だって、本物の剣だもの」
作業を邪魔しないように声を潜めながらも興奮を隠せない様子のリアナに、冷静に突っ込みを入れるエリスの声。
二人は俺の仕事を後ろで眺めている。
エリスの言葉を聞いて、親父さんが豪快に笑った。
「がはは、違げえねえな、エリス」
「はは。父さん、あんまり笑ったらリアナが可哀想だって」
俺たちに笑われて、リアナは唇を尖らせた。
「だってそれ、まだエイジが使ってるような剣とは違うんだもの」
リアナの言っていることも分からないでもない。
今は明らかに未完成。持ち手に当たる柄の部分だって付いてないもんな。
親父さんの話では、柄は別に作って、今俺が研いだ刃に取り付けるのだそうだ。
柄の中に入り込む茎の部分は、焼入れなどをした後、仕上げの前に丁寧に形を整えるらしい。
日本刀ではその茎に、刀工の名前や作製した年月などを銘として刻むことがある、なんてことを何かの本で読んだ記憶がある。
同じようにこの世界の鍛冶職人の中にも、銘を刻む人はいるそうだ。
自分の名前を刻んだ剣なんて、男としてはやっぱり憧れるよな。
リアナは、まるで自分が教わっているかのようにふんふんと頷き、親父さんの話を真剣に聞いている。
はは、リアナらしいな。
それにしても、凄いや……。
これ、本当に俺が作ったんだな。
研いで形を整えた剣を見ると、改めて実感する。
物を作るって凄いな。
少しでも良いものを作ろうと思って、夢中になってしまう。
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