聖女召喚に応じて参上しました男子高校生です。

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

文字の大きさ
29 / 32

彼の地で君と出会う

しおりを挟む
 □■□
 
 もうじきこの世界ともお別れだ。
 何かやり残したことはないか、と考えて。
 あの場所に行ってみたい、と思った。

「ミシェルー」

 書庫に顔を覗かせた俺に、ミシェルは変わらず穏やかに笑った。

「ハルト様。どうなさいました?」
「あのさ、ちょっと見てほしいものがあって」

 俺は自分で描いた絵を机に広げた。

「これは……湖、ですか?」
「そう。この場所に、行きたいんだ。どこだかわかるか?」

 あまり上手くはないので不安だが、何せ場所の情報が俺の記憶しかない。
 最低限ものの配置はわかるように心掛けたんだけど、伝わるだろうか。

「これ、ヴェラーラ湖じゃない?」
「カロ」

 ぴょこりと出てきた金色に、俺は視線を落とした。

「昔ピクニックに行ったことがあるんだ。とてもきれいなところだよ」
「それ、場所わかるか!?」
「うん。ちょっと待ってね」

 ミシェルに地図を出してもらって、カロが印をつける。
 マベルデ王国から、魔国領の方面にある場所のようだった。

「サンキュー、カロ! ミシェル!」

 俺は地図を持って、カインのところへ急いだ。

「カイン!」
「ハルト。どうした、そんなに急いで」
「あのさ。今度の休息日に、ここに行きたいんだ。いいかな?」
「ヴェラーラ湖か? そうだな、危ない場所ではないし、構わないだろう」
「やった!」

 嬉しそうな俺に、ふと思いついたようにカインが口にした。

「そうだ。どうせなら、皆で出かけようか」
「えっマジで!?」
「ああ。ハルトも、もうすぐ帰ってしまうしな。思い出作りに、いいだろう」
「やった! 楽しみにしてる!」

 思いがけずレジャーの予定が立って、俺は久しぶりにわくわくしていた。
 いい天気になりますように、なんて。無駄にてるてる坊主なんか作ったりして。
 わかりやすく浮かれる俺に、周りは苦笑していた。けれど、自惚れじゃなければ、皆も楽しみにしてくれていたと思う。

 そして当日。カイン、アルベール、アーサー、ラウル。それにミシェルとカロも。
 俺たちは揃ってヴェラーラ湖に訪れていた。

「うおー! すっげー! きれー!」
「はしゃぐと転びますよ」
「晴れて良かったなー!」

 気候も暖かくなってきており、風は穏やかで空は快晴。絶好のピクニック日和だった。
 魔王と勇者が逢引していた場所にピクニックなんて、なんか変な感じだけど。
 カロも昔ピクニックで来たって言ってたし、普通に観光地なんだろう。他に誰もいないけど。
 俺はめいっぱいはしゃいだ。この世界の思い出が、楽しいものとなるように。
 皆にもそれはわかっていたのか、思う存分遊びに付き合ってくれた。
 アーサーとは、食堂の人たちが作った弁当のおかずを取り合って。アルベールには、水を使った魔法を見せてもらって。カインとは、水切りの勝負をして。カロとは、鳥を掴まえようとして。ミシェルには、水辺の生き物を教えてもらって。はしゃぎすぎてたまにこけそうになる俺を、ラウルが支えた。
 楽しかった。本当に、心から。呪いのことなど、忘れてしまいそうなほど。

「つかれたー!」
「全力すぎなんですよ、あんた」

 ラウルにつっこまれながら、俺は地面に寝転がった。
 目を閉じれば、風の音と、水の音と、親しい人たちの笑い声。
 ずっと、この空間にいたいと思った。

 ――僕も、そう思っていたよ。

 何かが聞こえた気がして、俺はがばりと身を起こした。
 
「うお、どうしたんですか、急に」
「いや……なんでもない」

 急に心臓が早鐘を打つ。なんだ、この感じ。
 嫌だ。俺は、この景色を見に来ただけなんだ。思い出を、作りに来ただけなんだ。
 それ以外に。何かを探しに来たわけでは。

「ちょっと顔洗ってくる」

 湖に近寄って、水をすくうために膝をついた。水面に自分の顔が映る。
 それが揺らめいて、別人の顔が映った。

「うわっ!」

 驚いて尻もちをついた俺に、ラウルが駆け寄る。

「何やってんですか」

 呆れたようなラウルに、俺は返事ができなかった。

「……ハルト様?」

 様子がおかしい俺に気づいたのか、ラウルの声が険しくなった。
 けれど、俺はそれに反応できなかった。
 何だこれ。何だこれ。
 頭に、ノイズがかかったようになった。目の前の景色に、違う景色がダブる。
 いない人間の声がする。聞き覚えがある、これは。

「ダリアン……」

 呆然と呟いた俺に、ラウルが息を呑んだ。
 愛おしい。違う、これは俺の感情じゃない。なのに、涙が溢れて止まらない。

「ハルト!」
「どうした!?」

 さすがに他の皆も気づいたようで、俺の周囲に集まってきた。
 事情を尋ねるカインに、ラウルが首を振る。
 それらは目の端に映っていたが、俺の視界は正しく機能していなかった。
 誰かの視界が、入ってくる。誰かの記憶が、入ってくる。

「嫌だ……なんで、こんなの」
「ハルト様!」
「なんなんだよ、エアル!!」

 だから転生ものは地雷なんだ。
 今の人間に、入ってくるなよ。俺を、消すなよ。俺は、ハルトだ!

 ――ごめんね。

 その声が、ひどく悲しそうだったから。
 俺は文句も言えないまま、意識を失った。


 
「ハルト!」

 倒れたハルトを、皆が覗き込む。彼が最後に叫んだのは、勇者の名だった。
 いったい何故。何が起きたのか。
 全員に緊張が走る中、ハルトがうっすらと目を開いた。

「ハルト! 気がついたか」

 声をかけたカインに、ハルトがうっすらと微笑んだ。

「ああ……心配をかけてしまったね、ごめんね」

 穏やかな口調、柔らかな空気。そして何より、瞳の色が――違う。
 湖を映したようなアクアマリンが、静かに揺らめいていた。

「あんた――誰ですか」

 ハルトを支えていたラウルが、張り詰めた声で問う。
 それにハルトは、自力で身を起こしながら答えた。

「君たちは、マベルデの国民だろう? なら、僕の名は聞いたことがあるかな」

 ゆったりと微笑んで、ハルトの顔をしたその人物は名乗った。

「僕はエアル。昔マベルデ王国に勇者として召喚された者だ」

 誰も状況が呑み込めない中、エアルだけが笑みを湛えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。

とうふ
BL
題名そのままです。 クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。

偽りの聖者と泥の国

篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」 自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。 しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。 壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。 二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。 裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。 これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。 ----------------------------------------- 『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。 本編に救いはありません。 セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。 本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

花屋の息子

きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。 森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___? 瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け の、お話です。 不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。 攻めが出てくるまでちょっとかかります。

処理中です...