ぼくから僕へ

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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ぼくから僕へ

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「お疲れ様です、こちら今回の依頼の報酬になります」
「どーも」

 渡された貨幣を数えて、これで今晩は美味い酒でも飲むか、と内心ニヤける。依頼内容は盗賊団の討伐というなかなか骨の折れる仕事だったが、報酬が破格だった。最近手持ちが少し心許なかったので有難い。

「アーキト!」
「うわッ」

 突然背中にとびつかれて、驚きの声を上げる。ジト目で犯人を確認すると、金色の髪を高い位置で二つにくくった、猫目の女性がくっついていた。

「……ニア」

 気まずい思いで彼女の名前を呼ぶ。彼女はニア。同じギルドに所属する冒険者で、僕との付き合いはそこそこ長い。

「みーてーたーぞー。随分と懐が温かそうですなぁ?」
「いやー……そーでも、ないようなー……?」
「こりゃ今晩はアキトの奢りだね!」
「あああああ、だから見つかりたくなかったんだ……!」

 ゴチでーす! と楽しそうな彼女に、大げさに溜息を吐いてみせる。でも、僕は正直この関係が嫌いではなかった。無邪気な彼女には癒される。

「ねぇー! 今晩アキトが奢ってくれるってー! 行く人ー!?」
「ちょっと待て!? お前だけじゃないのか!?」
「マジかー! さっすがアキト、太っ腹!」
「よっ! ギルドの稼ぎ頭!」
「お、お前らなぁ……!」

 軽口を叩くギルドの仲間たち。これはきっと断れまい。報酬を受け取ったばかりだというのに、僕はもう残金の心配をしていた。
 
 
 
「ふー……」

 ベッドに転がって、大きな溜息を吐く。

「あいつら、容赦なく飲み食いしやがって」

 心配した通り、余裕があったはずの資金はあっという間に激減した。これでは、明日にでもすぐに次の依頼に取り掛からないと。
 手持ちは寂しくなったが、心は満たされていた。仲間と飲む酒は美味い。思い出して、思わず笑みが零れる。
 僕は今の生活が好きだ。活気のある城下町、気のいい仲間ばかりのギルド、居心地のいい我が家。僕自身も冒険者として名が知られるようになり、稼ぎもそこそこある。名指しで依頼が来ることもあり、忙しい日々ではあるが、頼られることは嬉しい。
 本当に、この街に来て良かった。五年前、この街に来る前は、もっと―――

「――あれ……?」

 もっと、なんだ?

「酔ってるのかな……」

 記憶に霞がかかったように、思い出せない。段々と、自分が何を考えていたのかさえあやふやになってきた。
 きっと酒が回っているのだろう。もう眠ってしまおう、と僕は目を閉じた。
 
 
 
***



 翌日。依頼を探しにギルドに顔を出すと、案内係がすぐに声をかけてきた。

「アキトさん指名の依頼が一件入っています」
「僕? どんなやつ」
「こちらなんですけど」

 渡された依頼書の内容に目を通そうとすると、横からにゅっとニアが顔を出してきた。

「えっこれめっちゃ辺境じゃん!」
「ニア」
「つまんなーい。近場だったら一緒に行こうと思ってたのに、あたし二日後に依頼入ってるからなぁ」
「そうか、残念だったな」

 ぶうたれるニアの頭を宥めるように撫でると、彼女の猫目が気持ち良さそうに細められた。

「帰ってきたら遊んでやるから」
「ほんと? 絶対ね!」

 嬉しそうに頬にキスを一つして、彼女は駆けていった。そこはペット扱いされたことに怒らなくていいのか、と苦笑しつつ、改めて依頼書に目を通す。
 依頼内容は、ある人物の説得を任せたい、ということだった。その人物が誰なのか、何を説得するのか、詳しいことは書かれていない。しかし、説得ということは準備する装備もさほど必要ないだろうし、一人でも問題なくこなせる。報酬も既定の金額以上に設定されているし、僕は基本的に指名の依頼を断らないようにしている。信用に関わるし、何より他の誰でもない僕を頼ってくれているのだ。力になりたい。

「いいですよ、これ受けます」
「ありがとうございます」

 今日中に出発しよう、と僕は頭の中で必要なものを思い浮かべた。
 
 
 
 馬車と徒歩で数日かけて、依頼の村へとやってきた。とてものどかな村で、近くに森も川もある。村人が食べるに十分なだけの畑もあって、ほとんどは自給自足で暮らしているらしかった。幾人かの村人に声をかけられたが、皆一様に穏やかで感じが良い。小さな村だから、協力しあって暮らしているのだろう。宿屋に荷物を下ろすと、僕はすぐに依頼主である村長へ会いに行った。

「こんな遠い村まで、ようこそおいでくださいました」
「いえ、こちらこそ、わざわざ僕を指名いただいてありがとうございます」
「アキト様はとても経験豊富な冒険者であると聞き及んでおりまして……貴方であれば、あの子も話を聞いてくれると思うのです」
「あの子……?」
「まずは、見ていただくのが良いでしょう」

 そう言って、村長は僕を村の外へと案内した。森に入り、かなり深いところまで来ている。

「ああ、見えてきましたぞ」
「あれは……?」

 森の奥に、小さな小屋があった。小屋、というには妙な作りで、窓も煙突もなく、のっぺりとした四角い木の『箱』だった。中は恐らく一部屋しかないだろう。物置かもしれない。

「あの中に、村の子どもがいるのです」
「えっ!?」
「ある日突然閉じこもってしまって……村の人間が何を話しかけても全く聞く耳を持たず、一切出てこないのです」
「それは……心配ですね」
「両親の言葉すら届かないようで、理由も分からないまま、我々もほとほと困ってしまい……。以前は村の外へ興味を持っていたので、冒険者である貴方が外の話でも聞かせてやれば、もしかしたら出てくるのではないかと……」
「なるほど……事情は分かりました。出来る限り、やってみます」

 とにかく話をしてみるしかない、と僕はそこに残り、村長には村に帰ってもらった。一対一の方が話しやすいだろう。
 窓がないため中の様子を窺うことは出来ない。とりあえずドアの前に腰掛けて、僕は中に聞こえるように大きめの声で語り掛けた。

「ねぇ」

 名前を呼ぼうとして、僕は子どもの名前を知らないことに気づいた。しまった、さっき村長に聞いておけば良かった。

「僕は、冒険者のアキト。君の名前は?」

 少し待ったが、返事はなかった。名乗りたくないのか、話したくないのか。

「村長さんから聞いたよ。君、ここから出てこないんだって? 村長さん、すごく心配してたよ」

 身じろぎする気配すらない。本当に、居るのだろうか。

「良かったら、どうして閉じこもっているのか、僕に話してくれないかな。お父さんにもお母さんにも言えないことなんだろう? 僕だったら、話せないかな。誰にも言わないから」
「――嘘つき」

 第一声は、ぴりりとした緊張感を孕んでいた。子どもらしい高い声だが、どうも男の子のようだ。冒険者に興味があるなら、そうだろうと思ってはいたが。

「嘘じゃないよ。僕は冒険者だからね。冒険者は約束を大事にする」
「冒険者のくせに、先生みたいな喋り方をするんだね。自分が正しいと思ってる喋り方だ」

 カチン、ときた。僕は子どもには慕われる方だから、こんな風に邪険にされたことはない。

「気を悪くさせちゃったかな、ごめんね。自分が正しいと思ってるわけじゃないけど、君よりは長く生きて、君よりたくさんのものを見ているんだ。だから、君の悩みを解決する手助けが出来るかもしれない」
「ぼくは少ししか生きてなくて村の中しか知らないから、大したことを考えちゃいないだろうって? 馬鹿にされたもんだね」

 どうやら、どんだ捻くれ者のようだ。僕の周りは良い人ばかりだから、こういった手合いを相手にしたことがない。イライラしてきた。

「なら、その大した考えとやらを聞かせてくれないか? 君はいったいどんな大層な考えで、村の人たちに心配をかけてワガママを押し通して、こんなところに引きこもっているんだ」

 いかん、相手は子どもだというのに言葉がトゲトゲしてしまった。これは依頼、依頼と自分に言い聞かせる。

「そもそも、それが間違ってるんだよ」
「それ?」
「村の人たちは、ぼくのことを心配なんかしていない。お父さんもお母さんも、本当はぼくのことが嫌いなんだ」
「何をバカなことを……」

 子どもにありがちな被害妄想か、と呆れて溜息が出る。

「村の人たちは、本当に心配していたよ。話せば分かる。それに、お父さんとお母さんが君のことを嫌うわけないだろう? 親なんだから」
「どうして?」
「え?」
「どうして、親なら嫌うわけがないの?」
「そりゃ、お腹を痛めて君を産んで……ここまで、ずっと育ててきたんだろう? 愛情がなければ出来ないよ」
「へぇ、それなら、捨てられる子どもも売られる子どももいないね。世界は平和だ」

 皮肉を込めた言葉に、喉の奥で唸る。確かにそれはそうだが、そんなことは滅多にない。実際、一度もそんな事態を見たことも聞いたこともない。

「仮に、ご両親が君を嫌っているような素振りを見せたんだとして。それなら尚更、話し合うべきなんじゃないのか? 何か誤解があるのかも」
「話し合いなんて出来ないよ。あの人たちは、自分たちが正しいと上から押し付けるばかりで、ぼくの話を聞いたりはしないんだ」
「僕が間に入るよ。第三者が居れば、冷静に話し合えるだろう?」
「あなたのことは信じられない。あなたも、ぼくの言うことを信じないだろうし」
「そんなことはない。ちゃんと、君の話を聞くよ」
「だってあなたは、さっきからぼくの話を全く信じちゃいないじゃないか」

 吐き出すように告げられた言葉に、はっとする。

「あなたは、ずっと一緒に過ごしてきたぼくが話す皆のことより、今日会ったばかりの自分が見た皆の姿を信じたじゃないか。そんな人が間に入って、話し合い? 向こうの味方をして、ぼくをなんとか宥めすかそうとするだけだろ」

 急に、自分が恥ずかしくなった。顔も見えない、こんな子どもに、見透かされているような気分になった。

「だからぼくはここに居るんだ。誰もぼくを信じてくれない。誰もぼくを守ってくれない。だからぼくがぼくを守ってる。誰にも傷つけられない場所で」
「……そんなに言うなら、こんな村、出ればいいだろ」

 自分でも驚くほど低い声が出た。腹の底が熱い。

「村の人間も、両親も、誰も信じられないなら! こんな村、出てっちまえばいいじゃないか! 村の外には興味あるんだろ? どこへでも好きなところに行けよ!」
「……それは無理だよ。ぼくは弱いから、村の外では生きていけない」
「弱いから!? 言い訳じゃないか、臆病者!」
「そうさ、ぼくは臆病だ! 怖いんだよ! 村の外に出たって、ぼくはぼくのままだ。変わらない。だから周りも変わらない! きっとまた嫌われて邪魔にされて傷つくだけだ!」
「そういうのはな、やってから言うんだよ!!」

 衝動のままに怒鳴って、ドアを蹴破った。
 そうだ、最初からこうすれば良かったんだ。村の奴らも、何を悠長に説得だなんて。所詮木造の小屋だ。斧でもなんでも使ってこんなドアぶち壊して、くそ生意気なガキなんて引きずり出してしまえば良かったんだ。
 荒い息のまま小屋に踏みこめば、狭い小屋の奥に、小さな少年が蹲っていた。こちらに背を向けて、僅かに震えている。怒鳴り声に怯えたのかもしれない。でも、それを気遣う気にはなれなかった。
 無遠慮に大股で近づいて、肩を掴んで無理やりこちらを向かせた。
 瞬間、呼吸が止まった。
 
「――――ぼ、く?」

 涙に濡れた少年の顔は、僕とうり二つだった。正確には、五年前の僕と、だ。

「お前、名前は」
「……アキト」

 がつん、と頭を殴られたような衝撃が走った。さきほどまでの少年の言葉が、自分の吐いた言葉が、ごちゃまぜになって足元に絡みついた。急に動けなくなる。

「どうしたの?」

 喉が詰まって、少年の言葉に答えられない。

「――やっぱりぼくなんかには、なんにも出来ないって、思っちゃった?」

 眉を寄せて、涙の跡を残したまま苦しそうに笑った少年に、激情が込み上げる。

「うるせぇ!!」

 重いものを振り払うように力強く足を一歩踏み出して、少年の胸倉を掴み上げた。

「そんなことを他人に聞くな! お前が決めろ! 誰も信じられないなら、誰も助けてくれないなら、お前が! 自分で! 何とかするしかないんだよ!!」

 怒りで滲んだ視界に、大きく目を見開いた少年の顔が映る。乱暴に手を離すと、少年が尻もちをついた。

「こんな場所で、生きられないって、分かってるだろ」

 少年に背を向けて、ドアの方へ歩き出す。

「僕は、お前を助けたりなんかしない。連れ出したりしない」

 そのまま外へ出て、壊れた出入口から、少年を見る。

「生きるも死ぬも、お前次第だ。好きにしろ」

 少年は、まっすぐに僕を見ていた。くしゃりと顔を歪めて、ぐっと口を引き結んで、乱暴に目元を拭った。そして。

「わあああああああ――――――!!!!」

 叫び声を上げながら、外に向かって駆け出した。
 小さな体が小屋の外へ飛び出して、ああ転ぶ、と思わず手を差し出そうとした瞬間。
 眩暈がして、視界が歪んだ。そのまま僕の意識は途切れた。
 
 
 
***



「秋人くん、覚醒しました! 成功です!」

 わぁ、と歓声のようなものが聞こえる。誰だ? ギルドの連中だろうか。ぼんやりして、意識がはっきりしない。視界も霞がかっているし、音も反響している気がする。

「ああ、無理しなくていいよ。何せ、意識が戻るのは五年ぶりだからね。体もまともに動かないだろう」

 五年ぶり? 何を言っているんだ。まさかあの後、五年も眠っていたというのか? 馬鹿らしい。

「今はまだ混乱しているだろうから、また後でちゃんと説明するけど。不安だろうし処置しながら少し話すね」

 白衣の人物は、僕に繋がれた色々なものをいじったり、何かモニターのようなものを見ながら話し始めた。

「君の名前は三枝秋人くん。五年前、まだ子どもだった頃に、一つのゲームを作った。君による、君のための、君だけのゲームだ。他の誰も干渉出来ない」

 さえぐさあきと。それが、僕の名前?

「君は学校でイジメを受けた。しかし、誰にもそれを信じて貰えなかった。現実世界に嫌気がさしたのか、君はゲームの中に逃げ込んだ。自分の作り上げた、理想の世界に」

 イジメ。その言葉を聞いた瞬間、嫌な汗が噴き出してきた。それと同時に、様々な記憶が浮上してくる。

「ああ、ごめんね。嫌なことを思い出させたかな。ともかく、君はずっとゲームの世界に居たんだよ。君がログアウト手段を断ってしまったために、僕らは生命維持をすることしか出来なかった」

 動揺に反応したのか、機械がピーと嫌な音を立てた。白衣の人物が操作してそれを止める。

「外部から強制的にログアウトさせることは出来なかった。だから、何とか君自身の意識を誘導して、外に出させることは出来ないのかと考えたんだ。そこで、僕らはゲームに手を加えることにした」

 頭痛がする。この言葉を聞いていたくはないのに、体が動かない。

「君以外の人物がゲームにログインすることは出来なかったからね、君自身のデータを複製したんだよ。ゲームを作った当時の年齢の君をキャラクターとして作成して、クエストを設定した。君が、君を外に出すというクエストを」

 少年の顔を思い出す。彼は、やはり自分だったのか。僕自身のデータ。つまり、僕は、ぼくと対話していたのか。あんなにもイラだったのは、少年が僕の嫌いなぼくだったから。過去の自分に吐いた言葉が、今全て自分に返ってくる。

「ゲームデータの改ざんに、随分と時間がかかってしまった。しかし、成功して良かったよ。貴重なデータも取れたしね」

 その言葉に、感じていた嫌悪感は間違いでなかったと確信する。妙に軽い謝罪、淡々とした語り口。白衣の人物は、僕のことを研究材料か何かのようにしか見ていないのだろう。

「心地の良い夢から覚めて、君はこれから現実を生きることになる。五年のブランクがあるからね、以前より更に生きづらいかもしれない。でも、それを選んだのは君自身だ。なに、我々もサポートはさせてもらうよ。能力はあるんだ、頑張ってね」

 心のこもらない応援をぞんざいに投げかけて、白衣の人物は席を立った。
 
 そうか、夢か。あれは、全て自分が作り上げた幻。
 住み良い街。居心地のいいコミュニティ。気のいい仲間。懐いてくれる女の子。誰からも頼られる、強い自分。
 どうりで、嫌なことが一つもないはずだ。そんなもの、設定していないんだから。
 それでも確かに、幸せだったんだ。
 あの僕も、アキトも、秋人だったのだと、信じたい。
 思い出して、目頭が熱くなる。
 嗚咽が零れそうになり、それを誤魔化したくて何かを喋ろうとしたけど、言葉が出ない。

「あ、あ……ああ―――!」

 ずっと使っていなかった喉からは、引き攣った音が出た。
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