おごり、おごられ、ふり、ふられ

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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SIDE:長岡翔平

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 マッチングアプリで適当にアプローチした女と話してみたところ気が合ったので、食事でも、という話になり。
 俺は、高橋美奈子たかはしみなこと初デートの行き先を決めていた。

『先日、美味しい地魚を出す居酒屋を見つけたんです。金曜の夜でも、どうですか?』

 仕事帰りならそのままスーツで行けるし、接待で使った店だから美味いこともわかっている。自信があっての提案だったが。

『美味しそうですね! でも、ごめんなさい。金曜の夜は予定があって。土日のどちらかで、ランチはどうでしょう?』

 さっそく出鼻を挫かれて、俺はがっくりきた。わざわざ土日に出かけるとか。しかもランチ。酒も入れずに話するのか?
 というか、金曜の夜に予定があるってなんだよ。まさかデートか? マッチングアプリ使ってるくせに? ああ、同時進行かな。
 そんな気持ちはおくびにも出さずに、俺は人の好さそうな返答をした。
 
『わかりました。では、土曜の昼にしましょう。お店は僕の方で探しておきますね』
『嬉しいです、ありがとうございます』

 あーめんどくせ。思うものの、まぁ店選びは男の仕事だろう。予算の都合もあるし。変に高い店を指定されても困る。
 グルメサイトの口コミを見ながら店を決めた俺は、アプリのメッセージ機能を使って、時間と場所を連絡した。

 そして土曜日の昼。とあるカフェで、俺は美奈子さんとランチをしていた。

「素敵なお店ですね。予約ありがとうございました」
「いえ、気に入っていただけて良かったです。そうだ、ここ魚介のパスタが有名なんだそうですよ。ほらこれ」
「そうなんですね。美味しそう。でも、ごめんなさい。私甲殻類アレルギーなので、エビが入ってると食べられないんです。こっちの茸のクリームパスタもすごく美味しそう。私、これにしても?」

 はぁ? と口に出しそうになった。
 食えないモンがあるなら先に言えよ。せっかく選んでやったのに。
 イチオシメニューが食べられないなら、ここに来た意味が無い。
 けど、そんなことは言えない。なんせ初対面だ。仕方ない、俺だけでも食おう。そうだ、せっかくだから、このパスタに合うって口コミのあった白ワインも頼むか。

「ええ、もちろん。じゃぁ僕は魚介のパスタを頼もうかな。それと、グラスワインを。美奈子さんは、何か飲まれますか?」
「では、セットのコーヒーを」
「わかりました」

 すみません、と声をかけて、店員を呼ぶ。二人分の注文を済ませ、俺は会話に戻る。
 今日の天気だとか、仕事の話だとか、他愛のないことを話していると、注文した料理が来た。
 おお、美味そう。やっぱこれにして良かった。口にすると、濃厚な魚介の風味がいっぱいに広がる。

「これ、評判通りすごく美味しいですよ。そうだ、一口食べてみますか?」
「いえ、アレルギーですから」

 こんなに美味いのに。食わず嫌いなんてもったいない。

「苦手なんて言ってたらもったいないですよ」
「苦手じゃなくて、体質なんです」

 ずっと食べてこなかったから、体に合わないって?
 偏食かぁ。付き合っていくのは大変かもな。つまり美奈子さんが嫌いなものは作ってもらえないってことだもんな。

 しかし、これは初デート。短所は長所。社会人の会話スキルをなめるな。

「好き嫌いなんて、意外と子どもっぽいところもあるんですね」

 そういうところも可愛いですね、という雰囲気を込めて言ってみた。美奈子さんは笑ってくれたので、なかなか好感触なのではないかと思う。

 それから、将来のこと、恋人のこと、少しだけ踏み込んだ話題を探るようにしながらしていると。

「そろそろ、お暇しましょうか」

 美奈子さんが切り出した。え、早くない?
 時計を見れば、まだ一時間半くらいだ。

「え、もうですか? まだ二時間も経ってませんよ」
「お店も混んできましたから」
「そうですか? あぁ、じゃぁ場所を移しましょうか。どこかコーヒーでも飲みに行きますか?」
「いえ、ごめんなさい。この後ちょっと、予定があって」

 おいおいおいおい。
 そっちから土曜日を指定してきといて。予定?
 普通後ろに予定入れないだろ。何があるかわかんないのに。馬鹿なのか?

「ああ、そうだったんですね。では、出ましょうか」
「あ、その前に少し、お化粧を直してきてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」

 美奈子さんが席を立ったので、俺はスマホを取り出した。
 まさか午後丸々空いてしまうとは。せっかく出てきたし、近くでなんか面白そうなことやってないかな。

 暫くすると、美奈子さんが戻ってきた。
 ちょっとだけ黙って見ていたけど、何を言い出すこともない。切り出してみるか。

「では、行きましょうか」
「はい」

 にこ、と互いに微笑み合う。だけ。
 ああ、つまり、こいつ払う気無いんだな。せめて財布出す素振りくらいしろよ。
 俺はこういう、奢られて当然、みたいな態度の女が大嫌いだった。まぁ、もう会うことも無いか。勉強料と思おう、と伝票を手にする。
 そのままレジへと向かい、支払いを済ませる。美奈子さんは少し後ろで控えていた。はいはい、見てるだけ。
 会計が終わり、そのまま外に出る。

 少しだけ店から離れたところで、美奈子さんが声をかけてきた。

「長岡さん、先ほどいくらでしたか? 私の分払いますね」

 なんと、払う気になったらしい。俺がちょっと態度に出し過ぎたのかもしれない。反省。
 いや、逆に態度で示してみせないと、その程度も察せないなんて、駄目じゃないか? 最初から言えよ。

 そのままさくっと受け取りたいが、一応男の矜持というものもある。一回は辞退しよう。乗るなよ。

「ああ、いえ、いいんですよ。お誘いしたのはこちらですから」
「でも、お店も探していただきましたし。今回は初回ですから」

 よし。ポーズかもしれんが、こっちは払って欲しいのでもう一回同じやり取りはしない。甘いな。

「うーん……そういうことなら。じゃぁ、4500円だったので、2000円だけ貰ってもいいですか?」
「はい、もちろん」

 端数くらいは、払ってやろう。こんな女でも、小銭までちまちま回収して、ケチ臭い男だとは思われたくない。美奈子さんから2000円を受け取って、財布にしまう。

 駅の近くまで来ると、俺たちはそこで別れの挨拶をした。

「長岡さん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「こちらこそ。美奈子さんとお会いできて良かった。また今度、お食事でも」
「ええ、また」

 そらぞらしい社交辞令だ。もう二度と、会うことは無いだろう。
 それぞれに別れて、逆方向へ歩き出す。

 随分と離れて、お互いの姿も見えなくなった頃。
 俺は溜息を吐き、口を開いた。

「あれはモテねーな」

 奢られて当然、もてなされて当然の態度。自分の都合に合わせて人を振り回す。あと偏食。ないないない。さして美人でもなかったし。アプリの写真は加工だろうな。
 あーあ、次探すか。

 と、思っていたら、その日の夜。

『今日はありがとうございました。素敵なお店で、とても楽しかったです。ごちそうさまでした』

 はあーーー?
 なんだこいつ。もしかして気があったのか? あの態度で?
 俺はまじまじとメールを見た。まさか連絡があるとは。
 うーん、大したことない女ではあったけど、俺今のところ美奈子さん以外にマッチング成功した女残ってないんだよな。
 もうちょいキープしてみるのも、あり……か?

『こちらこそ、とても楽しかったです。良ければ、また来週会いませんか?』

 うきうきしながら待っていると、返事がきた。

『ごめんなさい。長岡さんとはちょっと価値観が合わないみたいなので、もうお会いするのはやめましょう。素敵な女性が見つかることを願ってます』

 マッチング状態は解除されており、メッセージは送れなくなっていた。

「なんでだよ!!」

 俺は叫んだ。は? じゃさっきのメッセージなんだったんだ?
 なんで俺がふられたみたいになってんだよ。そもそも俺の方があんな女願い下げだったんだよ。このまま切ろうと思ってたのに。連絡してきたのそっちだろ。

「意味わかんね~!」

 俺は頭を抱えて転がった。やっぱマッチングアプリってあんな変な女しかいないんだろうか。もうやめようかな。
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