続・私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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本編

重なる温度-1

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 赤の海域で物資を補給する間、停泊した島にて。

「行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」

 船を降りるメイズを見送って、彼の姿が見えなくなったところで、奏澄は笑顔を崩した。

「カスミ、あれいいのぉ?」
「エマ」

 後ろから奏澄の背中にのしかかるようにくっついたエマに、奏澄は苦笑した。

「いいも何も、前からあったことだし」
「そうだけどさぁ。今は、違うじゃん?」
「酒場に行っただけだもん。息抜きは必要でしょ」
「んー、まぁ、カスミがそう言うなら、あたしが口出すことじゃないけど」

 不満そうなエマに、奏澄も目を伏せた。エマが背中側にいて良かった。落ち込んだ顔を、見せたくない。
 エマと別れて、奏澄は自室へ戻り、ベッドへダイブした。

 時刻は夜。奏澄は今晩、船番のため島の宿には泊まらず、コバルト号で留守番だ。
 夜間の見張り台での不寝番は、男性陣が持ち回りで行っている。しかし、島に停泊している間の船番については、女性陣も当番に入っている。勿論、当番には男性も含まれ、女性だけが船に残ることは無い。
 奏澄はだいたいメイズとセットで動いている。けれど、奏澄が船番をする時は、メイズは一人で島に降りることが多かった。船にいる間は、仲間に奏澄を任せておけるからだ。
 一人で降りる理由は、奏澄を連れては行けない、海賊が出入りするような酒場で情報収集を行うから、と聞かされていた。それも嘘ではないと思う。
 ただ、奏澄は知っている。戻ったメイズから香ったそれに、ぴんときた。奏澄とて、そこまで鈍くはない。

 女性と、寝ているのだ。

 以前の航海では、奏澄とメイズは恋人関係に無かった。その状態で、相手の女性関係を縛れるはずがない。
 目の前で知らない女性と仲良くされていればヤキモチもあろうが、知らないところで女性と関係を持つ分には、文句の言いようもない。
 性欲を発散するのは、必要なことだ。メイズ以外の男性陣は、隠すこともなく娼婦を買っている。長く人と触れ合えない船乗りにとって、島にいる間の娼婦とのひと時は憩いの時間なのだ。こちらではごく当たり前のことで、誰に咎められるようなことでもない。
 奏澄自身が夜の相手をできるわけでもないのだからと、そのことは黙認していた。以前の航海では。
 しかし今は、奏澄はメイズと恋人関係にある。特定の相手がいるのに、別の女性と寝るのは、不貞行為ではないのだろうか。ちなみに一夫多妻の地域はごく僅か存在するらしいが、メイズが該当しないのは確認済みである。
 いやでも、奏澄では満足できないというのなら。風俗は浮気ではなく自慰に近いという人もいる。心が伴わないのなら、肉体の満足を求めて別の女性を利用するのは、仕方のないこと――なのだろうか。

「あーーーー」

 ベッドの上に座り直し、無意味に声をあげながら後頭部を軽く壁に打ち付けた。
 考えたところで、奏澄にはわからない。そもそも、メイズが今回も女性と寝てくるかどうかはわからない。
 仲間と合流するまでは、臨時の水夫と非戦闘員のハリソンしかいなかったから、メイズは決して奏澄と離れなかった。恋人になってから、メイズが一人で島に降りるのは今回が初めてだ。もしかしたら、酒場で酒だけ飲んで、船に戻ってくるかもしれない。
 かもしれない、けれども。

「――――……」

 ためらうような素振りで、奏澄は足の間に手を伸ばした。そうっとそこを撫でて、顔を顰めて、大きく溜息を吐きながら手を離した。

 ――そこまでする必要、ある?

 男女平等がうたわれるようになり、性に関するタブー視も薄れてきた現代。ネットの情報にも、雑誌でも、女性のリアルな声というのは見られるようになった。フィクションを鵜呑みにするような人は、まだまだいるだろうが、それでも現実を知る人も増えた。
 これは男性への注意だけでなく、女性への安心材料ともなっただろう。セックスの最中に演技をする女性の割合は、ほとんどのアンケートで半数以上、中には八割を超えるものもある。それを見た時、奏澄はほっとした。相手への気づかいで嘘をついてしまうのは、自分だけではないのだと。そもそも日本人女性はセックスで満足に快楽を得ていない割合の方が多い。

 もしセックスを楽しめるような体になりたいのなら、トレーニングをする必要がある。しかしそれは、必須事項ではない。
 お互いが、セックスを充分に楽しみたいと思っているのなら。片方だけに要求をするのは不条理だと思う。男性側の技術やムード作りだけでなく、女性側も努力をすべきだ。二人で行うことなのだから。双方が、快楽を求めているのなら。
 けれど、『しなくていい』と思っている側が、何故自分の内臓をいじってまでトレーニングしなくてはならないのか。

 誰かを全く興味のなさそうな趣味に誘う時、好きになってもらえるようにプレゼンすることはあっても、相手に『興味を持つ努力をしろ』などと普通は言わない。
 奏澄は快楽が欲しいとは思っていない。今のメイズのやり方に不満も無い。彼が良ければそれでいい。何なら奉仕に徹しても構わない。ただメイズはどうも、奏澄の反応がほしいようなので厄介だ。
 ルールさえ守ってくれるなら、行為それ自体に不満は一切もらしていないのに、メイズはそれでは不満なのだろうか。
 それは乗り気で付き合ってくれる女性の方が楽しいだろうが、そこまで要求されるのは荷が重い。だって本音を言えば別にしなくてもいいのだから。
 欲求の程度に差がある以上、どちらかが『付き合う』形になるのは仕方のないことだ。でもそれは義務感ではなく、『相手に喜んでほしい』という愛情が根底にあるのだから、悪いことだとは思わない。最中に演技をする理由と同じだ。楽しいと思ってほしい。楽しんでいると思ってほしい。相手に満足してほしい。
 それでは、駄目なのだろうか。想い合っていることに、変わりはないのに。

 じわりと浮かんだ涙を枕に押しつけて、奏澄はふて寝した。
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