この子が七つになる前に

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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この子が七つになる前に

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 子は、七つになるまでは神のものだという。



「いいかい。お前は神様の元へ帰るんだよ。なぁんにも怖いことはないからね」

 粗末な着物を着せられた幼い娘は、里から離れた山奥で、母親にそう言われた。
 おとなしそうな娘は、一言も発さずに、こくりと首を縦に振った。
 そうして、母親が里へ帰っていくのを、ただじっと黙って見つめていた。



 陽も暮れて、すっかり夜になった。夫婦が囲炉を囲んで夕餉を食べていると、戸を叩く音がした。
 こんな時間に誰だろうと、夫が戸を開く。誰もいない。いたずらか、と思うと、下の方に何かがある。
 視線を落とした夫は息を呑んだ。
 そこには、妻が山奥へ捨ててきたはずの娘が座り込んでいた。
 それだけではない。娘の両足は、
 こんな潰れた足で、歩いて帰ってこられたはずがない。いったいどうやって戻ってきたのか。

 夫は外へ出て、あたりを見回した。暗くてはっきりとは見えないが、誰かが出歩いている様子はない。いったい、誰が、どうやって、何の目的で娘を連れ帰ってきたのか。
 気味が悪く思いながらも、このまま戸の前に娘を放置しておくわけにはいかない。仕方なく、夫は娘を家の中へと運んだ。
 娘を見た妻は怯えながらも、娘の手前無理やりに笑顔をつくり、潰された足に布を巻いてやった。



 次の日。
 歩けない娘を背負い、父親は山奥へと足を運んでいた。
 背中にはじっとりと汗をかいていた。気味が悪い。こんな子どもは早く捨ててしまいたい。

「いいかい。今度こそ神様のところへ行くんだよ。お前ももう六つだ。七つになる前に、神様にお返ししなくては」

 娘は、やはり黙って頷いた。それを見届けた父親は、足早に山を下りて行った。



 その晩。夫婦が布団を並べて寝ていると、戸を叩く音がした。夫婦は顔を見合わせて、固唾を呑んだ。暫く体を固くしていると、再び戸を叩く音がした。
 無視ができないと悟った夫は、怖々と戸を開ける。すると、やはり足元に娘がいた。
 足は治っていない。それどころか、今度は両目が
 夫はいよいよ気味が悪くなった。いったいなんだというのか。獣の仕業か。しかし獣が、わざわざ戸の前になど置いていくものか。

 もうこれを家の中に入れる気にはなれなかった。夫は見上げてくる空洞と目を合わせないようにしながら、音を立てて戸を閉めた。

 とんとん。とんとん。とんとん。

 戸を叩く音がする。これは娘が叩いているのだろうか。
 喉は潰されていないのに。何故何も言わないのだろう。響く音を必死で聞かないように、夫婦は頭まで布団を被って夜をやりすごした。



 朝が来て。おそるおそる戸を開けた夫は、ほっとした。そこにはもう、娘の姿はなかった。やはりあれは、悪い夢か何かだったのだ。
 夜になっても、もう戸を叩く音は聞こえなかった。奇妙な出来事が止んだことに夫婦は安堵して、その晩はぐっすりと眠った。
 そうして娘のことを忘れ、平穏な日々を過ごしていた。



 ある晩。とんとん、と戸を叩く音がする。ぼんやりと寝ぼけた夫は、以前の奇妙な出来事など忘れ、戸を開けた。しかし、何もない。
 目線を落とすと、そこにはでろりとした何かが落ちていた。
 それが何なのかわからず、夫は油に火を灯して、それを照らした。
 
 明かりに照らされた物体に、夫は悲鳴を上げた。それは、娘の皮だった。
 中身が全て抜き取られ、ただでろりとした一枚の皮になっていた。
 裂いた様子がない。血に濡れてもいない。本当にただ、中身をすっかり抜いてしまったようだった。

 尋常でない夫の様子に、奥から出てきた妻は、その光景を目にして腰を抜かした。もはや声も出ないようだった。

 ――返そう。

 ぞるりと、夫の背中に何かが這った。

 ――返そう。七つになった子を。

 ぬるりと、妻の首筋を何かが舐めた。

 ――返そう。神は受け取られた。無垢な魂を。神の御許へ迎え入れた。ここにあるは器だけ。

 でろりと捨て置かれていた皮が動いて、広がって、娘の大きさしかなかったはずのそれは熊よりも大きな皮袋となり。

 ――中身はぬしらで埋めよ。

 夫婦を丸ごと飲み込んだ。

 悲鳴を上げる間もなく取り込まれた夫婦は、皮袋の中で暴れて、伸びた皮が人間の手や足の形になった。
 しかしぐちゃぐちゃと肉をこねるような、ごりごりと骨をすり潰すような音が響く度に皮の内側の動きは減り、暫く経つと、中身の詰まった皮は丸い肉団子のようになった。
 それからぐにぐにと形を変えて、やがて小さな子どもの形となった。



 朝になった。
 いつもなら畑に姿を現すはずの隣人が一向に姿を見せないので、里の女が夫婦の家の戸を叩いた。
 大きく声をかけると、内側から戸が開いて、小さな娘が姿を現した。粗末な着物から伸びる白い足は裸足で、くりくりとした黒い瞳で女を見上げている。

「あらっ! 鈴ちゃんじゃないの。おとうさんとおかあさんは?」
「ふたりとも、どこかに行っちゃった」
「ええ!? まったく、娘ひとり置いてどこ行ったんだろうねぇ」

 まったく、と怒って見せる女は、気のいい人間に見えた。

「ふたりが帰ってくるまで、鈴ちゃんひとりじゃ寂しいだろう。うちにおいで」
「いいの? ありがとう」
「いいさいいさ。鈴ちゃんと会うのも久しぶりだねぇ。今年でいくつなんだっけ?」
「七さい!」

 元気に答えた娘は、女に手を引かれて連れられて行った。
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