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夕季 夕

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第一関門

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「みなさん、入社おめでとう。つらいこともあると思うけど、楽しんで仕事をしてください。くれぐれも、平凡な、コーンフレーク人間にはならないでください」

 ハハハ、と笑いが起きた。
 この式の主催会社である社長は、右手にワイングラスを持っている。そして、新入社員の私たちは、パイプ椅子ではなくゆったりとした背もたれのある、キャスター付きの椅子に座って話を聞いていた。服装も、スーツではなくラフな格好。後ろには何台もカメラが設置されていて、隣の部屋にリアルタイムで共有されていた。
 ここは、私が知っている常識とちがう世界でできている。そんな世界に、私は飛び込んだのだ。

 4月1日。合同入社式という一大イベントを終えて、会場から会社へと移動した私は緊張していた。入社式もなかなか大変だったのだが、メインは他社の新卒とのやりとりだ。なので、式中は3時間ほど適当に話を合わせていればそれでよかった。

 しかし、このあとはそうもいかない。これから週に5日、私は会社に出社しなければならないのだ。

 執務室の扉を開けると、若い女性社員がふたりいた。人の少なさに驚いて「みなさんリモートですか?」と尋ねると、他の社員はこれから出社すると思う、と返ってきた。フレックス制で、勤務地も出社とリモートで選べるらしい。彼女らも普段はリモートが多いようだが、今日は新卒の入社日ということで出社したようだった。
 私は他の社員が来るより先に、そのふたりの先輩にあいさつをすることにした。

「デザイナーとして入社しました。これからよろしくお願いします」名前を名乗り深々と頭を下げる私に、あまりかしこまらないで、と先輩は笑った。

 それから軽く談笑が始まった。はじめての後輩ができた先輩は、うれしそうにニコニコしている。そんな彼女らの前で、私は必死に思考を巡らせていた。
 話し方はこれで合ってるか? 質問にはちゃんと答えられているか? 話に矛盾はないか?
 とにかく私は気が気でなかった。

「いやー新卒って若いなあ。羨ましいわ」
「先輩とそんなに離れてないと思いますけど……あと私、第二新卒なんで、新卒の子よりちょっと年上というか」

 昔を懐かしむような先輩に、ひとつ訂正を入れる。先輩は不思議そうに首を傾げた。

「第二新卒って?」

 第一関門、第二新卒。

「学校を卒業してから2年以内の人を指すことが多いですね……就職が決まらなかったり、入社したけどすぐ辞めちゃったり。私は前者のパターンです」
「そんなの誤差だって! だって、専門でしょ?」
「あ、はい。2年制の専門学校を卒業しました」

 第二新卒には明確な定義がない。学校を卒業してから『2年以内』の説と『3年以内』の説があるし、正社員としての就労経験がない場合は『既卒』扱いになることもある。その辺は会社の採用方針によるので、「サイアク新卒カードを捨てても第二新卒でイケるっしょ」なんて楽観的に就活をしていると、痛い目を見るかもしれない。

「まあーあれだよね。災禍で就活厳しかったし」
「そうですね……卒業式が中止になったり、いろいろありました」

 そんなのは嘘である。卒業式が中止になったのは本当だが、他は卒展がWeb限定になったくらいで、学生生活に大きく問題が生じたわけではない。オンライン授業なんて受けていないし、就活だって、採用スケジュールに合わせて動いていれば特に困ることなどなかったのだ。
 私が在学中に内定を取れなかったのは、志望していた企業にことごとく落ち、お誘いをいただいた会社は条件があまりよくなかったのでお断りを入れていたからだ。結果、私は無の期間を過ごすことになった。
 だが、私は「災禍で就活がうまくいかなかった」という体で話した。そうしないと、話の整合性が取れなくなる。

「入ったばっかで慣れないと思うけど、無理しない程度に頑張ってね」
「はい! ありがとうございます!」

 第一関門、第二新卒突破。
 頑張って、と応援する先輩に、私は一生懸命笑顔を作ってみせた。
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