不器用に惹かれる

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23.想いの籠った文字

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 そりゃドキドキするよ。緊張するよ。でもそれってさ、ただ小説やドラマ、今まで生きて培ってきた恋愛知識と同じ展開、同じようなシチュエーションに無意識に感動して興奮してるだけなんじゃないかって思うんだよ。
 そう思えば、不思議と心も落ち着いた。

 だって男同士だもんな。
 いくら俺が女の子に恋をしたことがないって言っても男が好きなわけじゃないと思うし、夜宮は友達として好きであって、その好きが俺の恋愛に不慣れな脳をバグらせていたんだと思う。

 誰だって好意を持たれてるかもと思えば、相手を意識して気になるだろ? そこが脳の誤作動を引き起こしたポイントだろう。

 テスト週間にこれほど感謝した日はなかったかもしれない。そのおかげでこうやって頭を冷やせたんだから。

 まだちょっと脳のバグが治りきってないみたいだけど、直に落ち着くはず。
 これは恋じゃない。
 だいたい夜宮が俺をどう思ってるかなんて実際のところわかんないんだから。俺の自意識過剰ってオチで終わるかもしれない。……そう、そうなんだよ! まだ、夜宮が俺を好きって決まったわけじゃーー

「月影君。好きだよ」

「!」

 思考の渦に沈みかけていた意識がハッと戻る。夜宮を見ようとして、見る前に夜宮の手で目を塞がれた。

「ごめん。こんな時に言うことじゃないよね。今、見られる顔できてないからこのままで許して」

 シンと静かな部屋に夜宮の声が落ちる。
 恥と申し訳なさに上擦ったような、でも真剣な声。

「僕は月影君が好きだよ。ずっと、一年の頃から……。これが月影君の悩みの答えになったかな? さっきは焦っちゃってごめんね。返事はいつでもいいから」

 でも……、と夜宮は力なく呟く。

「できれば嫌ったり、避けたりはしないでほしい。我儘だけど、断られるよりもそれは辛いから……」

 夜宮はそっと俺から手を離した。
 ちょうど予鈴のチャイムが鳴り、静かな部屋に大きく鳴り響いた。

「じゃあ教室に戻るね」

「あ、ああ」

 夜宮はニコッと笑顔を浮かべると「ゆっくり休んでね」と保健室から去って行く。

 俺はその背を黙って見送ることしかできなかった。


 ♢♢♢


「ーーありがとうございました」

「無理はダメよ。気をつけて教室に戻ってね」

 「はい」とぺこりと頭を下げて保健室を後にする。

 寝れるわけがないと思ってたのに意外に寝むれてちょうど五時間目終了のチャイムで起きた。

 砂藤先生にはまだ休めばと言われたものの、胸のムカつきも収まり、体の火照りも引いている。
 自分的にはもう大丈夫だと言える状態で休むのは気が引けるので教室に戻ることにした。

 最後の休憩時間だからか、廊下を歩く人は少なくて、それがどこか寂しい雰囲気を醸し出していた。

 保健室とは違う生ぬるい空気にちょっと暑苦しく思いながら廊下を歩いていれば、前からこっちに歩いてくる夜宮と潮鳴、花岡さんの三人を見つけた。

「あれ?」

「月影じゃん!」

「月影君だ!」

「三人とも何してんの?」

 三人は俺を見つけると、走ってくる。
 不思議に思って首を傾げる俺に、潮鳴は「おバカ!」と声を上げた。

「お前の様子を見に行こうとしてたんだよ! 五時間目になっても帰ってこねぇし、蒼輝に連絡して聞いたら熱中症で倒れたんだって?」

「めっちゃビビったんだから! 大丈夫なの?」

「倒れたは大袈裟すぎ。ちょっと気持ち悪くなっただけだって。もう大丈夫だよ」

 本当に大丈夫かと心配してくれる潮鳴達に胸が擽ったい。
 今まで碌に友達もいなかったからこんなこと初めてだ。いや、多分いたとしてもここまで優しくて心配してくれる友達はなかなかいないだろう。

 課題は終わったのか聞けば、「当然!」と潮鳴は花岡さんと共に親指を立てる。その後、ニヤッと笑って俺に背を向けて「背中に乗るか? ん?」とふざけて背負う真似をしてくる。

「乗るか!」

 なんで知ってんだよ!

 俺は見せてくる潮鳴りの背負を叩くと「言ったな」と夜宮を睨みつけた。

「説明する過程でね」

「恥ずかしいだろ!」

「そう? 僕は平気だったけどな」

「背負う側はな」

 熱く引き攣る頬にもう一度夜宮を睨みつけた。

 ……普通に、できてると思う。

 みんなで教室に戻る。
 俺は痛い痛いと大袈裟に騒ぎ立てる潮鳴とうるさいと怒る花岡さんを眺めながら歩いた。

「本当に体調はもう大丈夫なの?」

「ああ。熟睡してきたから」

「ふふ、ならよかった」

 ……本当にいつも通りだな。
 へにゃりと安心に顔を緩めて笑う夜宮に思う。

 寝たこともあって、夜宮の変わらない態度にさっきの告白は夢なんじゃないかと思ってくる。

「じゃあね蒼輝!」

「ほらほら病人は早く椅子に座りましょうねー」

 教室前で夜宮と別れ、俺は潮鳴に両肩を押されて席まで連れて行かれる。

「押すなって」

「はいどうぞ~」

 潮鳴とノリを合わせてサッと椅子を引く花岡さん。さっきの時間いなかったからか、クラスの何人かから突き刺さる視線がちょっと気になりつつも、授業の準備まで手伝ってこようとする二人に「大丈夫だって!」と止めて机の中からノートと教科書を取り出す。

「ん?」

「どうした?」

「…………教科書がない」

 もう一度机の中を探すもどこにもない。
 昨日家に帰った時にはあったから、ロッカーに預けてる線は皆無。ならと鞄の中を見るも教科書の教の字もない。

「……忘れた」

 最悪だ。
 ああ、これなら砂藤先生の言葉に甘えて寝てたらよかった。課題の提出は潮鳴に連絡するなりして任せてさ。
 英語の宮見先生、課題物の提出期限にもうるさいけど忘れ物にも厳しくて容赦なく成績から点数引いてくるんだよな。

「あらら、課題は?」

「それはバッチリ」

「チッ」

「チッじゃないって」

 舌打つ潮鳴に「おい」と返す。
 たぶん家の机に置きっぱなしなんだろうな。
 課題やって鞄に入れたのははっきり覚えてるから。油断した……。

「確か蒼輝のクラス、さっきの時間英語だったと思うから持ってると思うわよ? 私が蒼輝から借りてきてあげようか? まだ本調子じゃないでしょ?」

「……いや、ありがとう。自分で行く」

 物を借りるなら自分で行ったほうがいいだろう。夜宮にも普通に接してくれって言われてるんだ(あれが夢でなければ)。ここで花岡さんに取りに行ってもらうとなんか避けてるみたいだ。

「なら急げよ。あと一分ちょいでチャイム鳴るぞ」

「え? まじ!?」

「あ! こら! 急に立つなよ。倒れるぞ!」

「倒れないって」

 過保護とも言える潮鳴の言葉に苦笑で返し、俺は急いで隣のクラスを覗いた。

「夜宮!」

 焦って自分が思ってるよりも大きな声が出た。
 夜宮の席は俺と同じ窓際だ。
 一斉に俺へと向く視線に「うっ」と引いてしまう。隣のクラスとはいえ、ほとんど知らない人達だ。

 流石と言うべきなのか、さっき別れたばっかだというのに夜宮の周りには六人くらいの人が屯していた。

「月影君? どうしたの?」

「あ、英語の教科書貸してほしくて……」

 つい小さくなってしまった言葉。夜宮はそんな声でも聞き取ってくれたのか、「ああ」とこっちにこようとした足を止めて自分の机に戻り教科書を持って来てくれた。

「はいどうぞ。忘れちゃったの?」

 夜宮が俺の前に立つ。そのおかげで周囲の視線が遮られてホッとするが、もしかしてわざと遮るように立ってくれたのか?

「そうなんだよ。つい課題してそのまま……」

「え? じゃあ課題も?」

「それはバッチリ持ってきてた!」

 ああ、やっぱり普通に話せる。
 そう思って顔を上げれば夜宮と目が合う。

 鳴るチャイム。

「じゃあありがとう! 授業終わったら速攻返しに来るから!」

「ゆっくりでいいよ」

 俺は慌てて教室に戻る。

 席について一息つけば、教師が入ってきて号令がかかった。ふと潮鳴達の方を見れば、二人揃って小さく手を体の前で振ってセーフとジェスチャーしてきていた。
 それに俺は笑って返し、机の上にノート、課題、借りた教科書を並べた。

 座れば、英語教師は窓際の席から順番に忘れ物チェックと課題プリントの回収をして行く。
 通り過ぎた教師にホッと息を吐けば、外から笛の音が聞こえてきた。別のクラスが体育の授業を受けてるんだろう。
 どこか現実味のない外の景色をぼーっと眺めた。

「そじゃあ教科書を開いて」

 教卓の前に立つ教師の言葉に黒板に書かれたページを開く。

「っ」

 ーー息の仕方がわからなくなった。

 まるでとてつもない衝撃を与えられたかのように心臓がドッと大きく跳ねた。

 “好き。どうしようもなく“

 教科書のページの端に書かれた言葉。
 逸る心臓に震える手で教科書の後ろを確認すれば、名前の欄には当然夜宮の名前が書かれていた。

 もう一度文字が書かれたページを開き、その言葉達を指でなぞる。

 よくわからない顔文字も二つ書かれてる。たぶん俺と夜宮かも。
 俺の方はちょっとぶっきらぼうな目にほっぺたは赤くなってるようなマークがつけられている。夜宮の方は……これは落ち込んでる顔か? ちょっと下に「しまった……」って書かれてた。

「~~っ」

 くぅ~~っと出せない声の代わりにノートに文字を書く。

 絶対にこれ書いた本人、このこと覚えてないよな。覚えてたらあんなすぐに貸してこないだろ。それに……

 俺はもう一度書かれた文字を見た。

 この文字は俺に見せるためというより今の俺みたいに気持ちが抑えきれなくてつい書いてしまった文字に見える。

 だからこそ、それでも走り書きでもなく乱雑でもない、一言一言が丁寧に書かれた文字達に、夜宮の想いが全て詰まっているように思えた。

 頭に保健室から去る時の夜宮が蘇る。
 なんでもないように笑ってたけどどこか縋るような目だった。顔は赤くなかったけど、耳は赤かった。
 さっき様子を見に来てくれた時も、普段通りに見えて少し距離が空いてたし、空気がぎこちなかった。
 俺を窺ってる雰囲気があって、態度が変わらないからかホッとしつつもちょっと残念そうな顔をしてたり。
 目を合わせようとしない、合わせられなかった俺に気付いてたんだろうな。教科書を借りた時、目が合えばすごく嬉しそうに笑ってた。

 うわ~俺、これ返す時どんな顔をすればいいんだろ。

 熱くなる頬と一緒にプルプル震える口元を手で隠した。

 この気持ちはなんなんだろ? ドキドキドキドキ心臓がうるさい。顔が熱い。俺の好きは恋愛の好きじゃないはずだろ? ただ脳がバグってるだけだろ? 俺は夜宮が好きなのか? 

 自分の感情がわからず混乱する。
 もう夢心地はしない。うんうんと悩みながらも、俺は夜宮が書いた文字から目が離せなかった。


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