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149.愛してるっすよ 【完】
しおりを挟む「――ン……んん?」
眠っていた目を開けると、目がぼやけてよく前が見えなかった。けれど、そんな目でも目の前に築かれる仲間達の死屍累々とした山はなんとなく見えた。チュンチュンと鳴く鳥の声と薄らと差し込む朝の光に、寝ぼけた頭でぼーっとまだちょっと開ききらない目と共になにがあったのか考えてみた。
――
引き続くイーラ様のお言葉にフレイ君も含めてまた全員正座をした。フレイ君は「……やっぱり僕の扱い雑いよ……。どうでもよくないもん。なにこの状況。帰ってきた意味がないくらいの状況じゃん。お腹空いた、僕も腹踊り見たいしモー達のシンクロも見たかったのに……ぐっ姉様め!」となぜか女神様に対して怒っていた。でもすぐに「うるさい!!」とイーラ様に怒鳴られ、目の前でジョッキを叩き割られ、シクシクと「怖い……」と涙を流していた。
そんなフレイ君に、俺はイーラ様に怒られる覚悟で慰め、イーラ様の事情について説明しようとした。しかし、そんな時に酔って寝ていたはずのレト兄が目を覚まし「あれ? ツキその首筋の赤いのどうした?」と言った。それと同時にイーラ様の説教も終わりを迎えることとなったのだった――。
「「「「「はぁーー!?!?!?!?」」」」」
「ひぐっ///!?」
レト兄の言葉に一斉に全員が絶叫の声を上げた。俺はついさっきまでのボスとの出来事を思い出してその声に驚くと共に変な声がでて顔が熱くなった。全員の酔いが覚めると同時にイーラさんも正気に戻り、その場がパニックに陥る。言った本人のレト兄だけはまたすぐに寝落ちしていた。
っ目敏く見つけて言い逃げするのやめてほしいっす!!!!
酔いを覚ます程の衝撃とはどれほどのものなのか。イーラさんは青ざめ、モージーズーをはじめとする仲間達はギャーギャーと「俺達のツキがぁ!!」「汚された!!」「なんで誰もいなくなったのに気づかねぇんだよ!」「このために酒無制限に解禁しやがったなあのムッツリクソ野郎が!」と、だんだんボスの酒解禁の核心へと辿り着く叫び声を上げながら食堂内を右往左往に走り回っていた。そしてハッ! と立ち止まると今度は俺に詰め寄ってきた。
「ツキ!! 無理矢理か!? 無理矢理だよな!? 無理矢理やられたのか!?」
「どこまでいったんだ!? どこまでされたんだ!?」
「ちゃんと殴ってやるから! 叱ってやるから教えなさい!」
「し、知らないっすし! 教えないっすし!! そんなん聞かないでくださいっす!!! 放っといて下さいっす!!!!」
「なに!?」
「ツキが反抗期だ!!」
「そんな!! 俺達のツキが傷物に!!」
「~~っっやめてっす///!!」
恥ずかしいっすからそんな大声出さないで下さいっす!!!
その後、どこかへと駆けていった仲間達数人が超絶不機嫌なボスを引き連れ、やってくるまで質問責めにされ揉みくちゃにされた。ボスが来たらきたでボスとイーラさんの冷戦のように冷たいピリピリとした空気にみんな一塊にかたまってぷるぷると震えた。だが、それでも全員ボスに敵意とジトーっとした目を向けていた。
コソコソ
「……俺達を酔わせてイーラ様降臨させてツキ連れ出して押し倒すとか卑怯だよな」
「そこまでしねぇとヤろうとできないって……はぁぁ……」
「やり口が卑怯すぎるよな? 付き合ってんだからもっと堂々としろよ……ああっ情けない……っ」
全員チラリとボスを見る。そして揃って溜息を吐いた。
「「「「「はぁぁぁ……」」」」」
「あ゛あ? 文句あんのかてめぇら。卑怯だどうのとまんまとその手に引っかかったのはどこのどいつだこの諸悪の根源どもがァ!!! 誰のせいでんな面倒なことしなきゃならねぇと思ってんだ!! いい加減ツキ離れしろよ!! 認めろ!! いちゃつかせろよ! ツキを俺に返せ!! んな文句あんなら直接かかってこい!!!!」
「「「「「上等だ!! まだツキは渡さん!!!!」」」」」
ブチギレたボスが叫んだことで血の気の多い連中全てに火がつき、乱闘が始まった。物や人が飛び交う中、俺はいそいそと部屋の隅っこに移動し、乱闘から背を向け、知らん顔でお酒をちょびちょびと飲んだ。
「…………///」
……ほっぺたが熱いのは気のせいっす。あんまりヤるヤる言わないでほしいっす!!
こんなの飲んでないとやっていられないっす! ……とお酒を飲むが、ふと思い出す。
「……あれ? フレイ君は?」
さっきまで側で固まっていたのに、ときょろきょろ見回せば、フレイ君はボスに「何しに帰ってきた!」っと胸元掴まれ、ボスへと襲い掛かろうとする仲間達の方へと投げ飛ばされていた。
「あぁ~! フレイ君!」
そして誰にも受け取られずべちゃりと床に落ちた。
「ちょっと僕、神だよ!? なんてことするの!! せっかく戻って来られたんだからもっとみんな喜んでよ!」
フレイ君はそう叫ぶと、周りを真似て椅子を持ち上げてボスに反撃しにいく。
「…………」
……フレイ君、楽しそうっすね。
今度いつ見られるかと思っていた光景は思いの外早く見ることができた。そっと窓の外を見ればもう雷の音はせず、曇った空の隙間から綺麗な夜空が見えた。そうして所々に浮かぶ星の中には薄らとした虹も見える。
「! ふふっ」
なるほどっす。フレイ君のお姉さんも大概フレイ君に甘いんっすね。
なんとなくそう思った。
ーー
「――……んーなるほどっす!」
パッと目を開ける。そうだ思い出した。そうやって深夜から明け方まで続いた乱闘。それを見ながらうつらうつらとして次に目を開けた光景がこれだったのだ。体感的に随分寝た気はあるが、外の明るさからいってそれほど眠ってはいなかったよう。精々二、三時間程か?
「んーっ!」
気持ちのいい朝の空気を吸い込みながら座ったまま手を組み、上に横にと体を伸ばす。すると、そこら中に倒れ伏す仲間達の中、ただ一人立ち、ちょうど部屋から出ようとするボスの姿が目に入った。そのあとを、俺はみんなを起こさないようにそっと追いかけた。
「ボス。どこに行くんっすか?」
「……ツキ。起きたのか。ちょっと風呂行って顔洗ってくる」
廊下の途中、呼び止めたボスを見れば殴られたのか、唇の端に血が滲んでいた。
「お前は起きたんなら部屋戻って寝てろ。全員あの調子じゃ昼までは起きねぇだろ」
「……そうっすね」
そりゃ明け方まで乱闘してたっすもんね。でも――
「ボスについて行ってボスの部屋で一緒に寝るっす」
「は?」
「あ、でも変なことしちゃダメっすよ?」
一応、念のためにと言う。そしてもじもじと……
「……あの、ボス……昨日はフレイ君と逃げちゃってごめんっすね? でもっ……嫌じゃなくて……ちょっと恥ずかしかったんっす。だから……だからみんな起きたらちゃんと説得するからもうちょっと……昨日の続きは待ってて下さいっすね。…………あとこれっす」
固まるボスの左手を取り、ポケットから取り出した指輪をボスの左薬指へと嵌める。
流石俺っすね! サイズぴったりっす!
「? っ! ツキこれっ」
嵌めた指輪は一ヶ月前、あの街に行った時に買った小さな花の蕾が二つ並んでデザインされた指輪だ。俺の左薬指にも同じものが嵌っている。さっき呼び止める前に嵌めたのだ。その手を掲げボスへと見せると、ボスは驚いたように目を見開き、食い入るように俺の指をじっと見た。
バーカル達に捕まった日に失くしてしまったと落ち込んでいたが、どういう経緯でかレーラ姉さんの元へ渡り、姉さんが報酬と一緒にこっそりとレト兄に袋を持たして渡してくれたのだ。
「ボス、俺の体質まだちょっと残ってるみたいっすけどそのうちなくなるっす。でも……、だからってこんなこと言うんじゃなくて、これを渡すんじゃなくて……体質があってもなくても俺はもう信じてるっすから、俺の気持ちも伝える言葉も変わらないっすから、それだけボスのこと好きっすから……これからもよろしくっすね?」
「……」
もう固まってしまって全く動かなくなってしまったボス……ラックにはにかんで伝える。
「お誕生日おめでとうっす。ずっと……昔からずっと大好きで愛してるっすよラック。だから続きはまた今度絶対やろうっすね? ……約束っすよ?」
「ッく///」
「ボ!? ラッ!? ボス!?」
「……っなんでそこで呼び方戻んだよ。ッくそっ……やべぇ腰抜けたっ」
「!?」
突然廊下に座り込んだボスはそこで片膝を立て、肘を置き、もう一方の手で顔を覆い隠してしまう。それでも真っ赤な顔は隠せていない。
「っ最高のプレゼントすぎんだろ……っ。ああ。ありがとなツキ」
「ふふ! いいえっす!」
クスクス笑いながら俺もボスに合わせてしゃがみこんだ。
「……なぁ、ツキ」
「はいっす」
「この指輪……もしかしてあの店で……いや、この花の意味知ってるか?」
「意味っすか? んー……見てピピンっときて買ったからよく知らないっす」
「ふっ、そうか」
ボスはじっと自分の指に嵌まっている指輪を見て笑う。
「……この花はな、真っ白な花でコウケイニカバナつぅんだよ。一つの種から二種類の花を咲かせる花だ。けど、絶対に二つくっつくように隣り合わせでしか花を咲かせねぇ」
「へー! そんな花があるんっすね!」
それで蕾の柄が違うものが二つ並んでデザインされてたんっすか!
「……俺も、この花で指輪を作ってもらってる」
「え?」
「この花は二つ並んで『共にある幸せ』とか『繋がる幸運』とかそんな意味があるんだよ。恋人や伴侶によくプレゼントされるもんでもある。……くッははっ! ピピンと勘でこれ選ぶとか流石俺のツキだな。あいつも粋があることしてくれる! デザインもちょうどいいし、お互い渡したもので花を咲かせる。ふはっ! ほんといいなそれ!」
「ボス?」
堪らなく嬉しそうにボスが笑う。そうしてボスは座ったまま、俺の手をとり左薬指を撫でた。
「ツキ、今度街にその指輪、一緒に取りに行くか」
「え?」
「んで……俺のもここに嵌めてくれるか?」
「っは、はいっす!」
その意味に、元気に返事をしてたまらず俺はボスに抱きついた。ボスも俺と同じように抱き締め返してくれる。
「ツキ、愛してる」
「俺も愛してるっす、ラック!」
……壁からこっそり覗く六つの影
「「「……(小声)ぎゃははははは! 坊ちゃん腰抜けてる!」」」
「……ラックってほんと純粋だよね」
「……それだけツキ君のこと好きだったからね。まぁ、一ヶ月もった方だよね……」
「うぅ(泣)……そうだな、よかったなラックっ……ぅぅっ」
…………。
「「「「「……はぁぁ。…………お祝いしてやるか」」」」」
――この数日後、俺の左薬指には花が咲く。蕾から芽吹くように、ずっと見続けていたくなる、俺とボスの幸せを表すかのような花が咲くのだ。
(完)
――――――――――――――――――――――
最後までありがとうございました!
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