短編集。

男の話。

月がほのかに赤く輝く夜であった

その男は目の前で倒れている女に見覚えがあっ
た

しかし、その女は心臓をすでに撃ち抜かれており、手の施しようがなかった

苦しい。

その思いが男の心を満たし尽くした

その手に残る感触と鈍器がここであったことすべてを物語っていた

最初から、わかっていたことだったのに。

男は雲に隠れ始めた月を見上げた

そして、男は全てを思い返した

ーー自分は奴には敵わないのだと知っていた

奴の目の前ではいつだって自分が劣る

一度経験していたことだったからか

それとも本能的にそう感じたのか

こちら側へ来ててんせいしてからというもの

奴とすれ違うたびに格の違いを感じた

――主人公、ハジス・ベルージュ。

ゲームの中で完璧主義者と書かれていた男

誰もが認める才能と知性、そして容姿。

すべてを知っていたのだ

奴がどんな人物かなんて隣にひっついてくるから全て知っていた

それは、うっとおしいほど。

だからこそ、逃げたかったというのに。

奴と私は思考が似通っていた

私が好意を持った女は奴も好んだ

そして、私とやつを比べた結果

ーー皆、奴を選んでいった。

そのたびに泣いた私を父と母は慰めてくれた

しかし、3年前の事故の後から慰める手すらなくなった

苦しい。

男は目を閉じた

この月の光は眩しくてうっとおしすぎる。

女もこの月のように私には輝いて見えていた

何年前かはもうはっきりとは記憶していない

しかし、出会った日のことは忘れない

ーーとある樹の下で読書をしていた彼女を私は見つけた。

その樹は一ヶ月後には切り倒される予定であった

彼女のその雰囲気は私の心をかき乱した。

一目惚れだった。

彼女のことを同じ人間とは思えなかった

そう思わせる雰囲気に私は魅了されたのだった

私はここまで好きとはっきりと断言できる恋はなかった

ーーしかし、

彼女と初めて話をした日から私は怖くなった

奴にバレたら終わりだとハッキリと感じた

自分の立場を理解していた私は奴とすれ違わないように

徹底的に研究し、絶対に会わないようにしていた

苦しい。

胸が焼けそうだった。

苦しみに溺れ死んでしまえたらどんなに楽だろうか。

これ以上思い出すのは私が傷つくだけだと悟った

ーもう、夢は見たくない。ー

ー平穏ももういらない。ー

ー彼女に謝らなくては。ー

それだけ考えて、私は近場に落ちていたピストルを拾った

どうやら、弾切れのようだ。

後ろの階段からドタドタと走りこちらへ来る音が聞こえる

なら、やることは一つだろう。

私は彼女を抱えた

匂いも、辛さも、苦しみも

もうどうでもいい。

策が撤去されている一部分に私は立っていた

彼女は、とても冷たかった。

この夜の寒さと彼女の冷たさに私は思わず身震いした

「………行こうか、✕✕✕」

最初は飛ぶ自信なんてなかった

彼女と奴が出会っていたあの日

私はここへ来ていた

もちろん、彼女と奴があったことによる絶望もあったのだが

ー私は、帰りたかったのだー

父母を亡くしたショックもでかかったが

何より、故郷うまれたせかいが恋しかったのだ。

しかし、転生してからひどく臆病になっていた私は

飛ぶことなんてできなかった

しかし、今はどうしたことだろうか。

言葉にしてみると腑に落ちるように納得した

私は今、本気で死んでやると思っている。

すべての苦しみから開放されたがっている

彼女もそばにいてくれる。

もう、思い残すことがないのだ

これを理解した瞬間

思わず笑みがこぼれた。

醜い男の高笑いが屋上を包み込んだ

真後ろにある扉が開くと同時に

ー私は飛んだ。鳥のようにー

叫び声が聞こえた気がした

その叫び声が誰のものかなんてどうだっていい

ただ、これだけ言いたい

私はボソリと呟いた

「ざまぁみろ。」

と。


ーーーー

ぐちゃりと何かが壊れる音がした。