84 / 106
84話
しおりを挟むしーん。時が一瞬止まった。
静けさだけが、ただただ漂う。
ちほは最側のほうを冷めた眼差しでみていた。
目を見ているのか、そうじゃないのか、わからない。
それは普段通りのちほで、他者に対して向ける冷たい眼差しだ。
「じゃありっくん……あっ、えーっと店員さん! そういうことだからっ! バイト終わるまで待ってるね!」
「えっ?!」
「むぅっ!!」
あっ、そうだ。俺は店員さん。うん。
「かしこまりました」
その言葉を聞くとちほは笑顔で席に向かっていった。
最側のことは、フルシカト。
なに、驚くことはない。これがちほなんだ。平常運転。普段通り、いつものこと。
最側だってちほに話しかけたわけじゃない。シカトって表現はおかしい。でも、会話は確かに成立してた。
「なんですか、あれ? 感じ悪過ぎませんか」
最側は少し膨れた様子だ。こればかりは、仕方ない。
「まぁ、悪く思わないでくれよ」
「はぁ?! いや、おかしいでしょ。先輩、今日予定ありますよね? このあと」
確認を施すように、ちほからの誘いを断れと遠回しに言っているようだった。
断れるわけがない。そんなことは、無理だ。
なんと言って断ろうかと考えていると、後ろから声が聞こえてきた。
「ど、どうした?! 田中?!」
店長が田中さんの異変に気付き、駆け付けたようだ。
「か、かえで……さん」パタリ。
「た、田中ァ?!」
田中さんは店長の顔を見て安心したのか、眠りについてしまった。
「こ、これはいったい。田中?! 田中になにがあった?!」
S級クルーの田中さんだ。店長が驚くのも無理はない。
「楓さん。あの席に座っている美少女二人が原因のようですぜ。まぁ、でも、八ノ瀬くんが男を見せてくれたんで、もう大丈夫かと」
「なんだと、どこだ? んっ?」
「か、可愛い」と、店長は小声を漏らし手を口に当てた。
「いちごちゃんが何かしたのか?」
「えぇ、それはもう男でしたよ。会計をすることなく注文を取り、手錠を突きつけられるも席へ誘導してました。さすがは最側とタメ線張れる唯一の男ですぜ!」
ちょっ、田中さん?!
色々と誤解をしてませんかね?!
「あ、あのっ!」
俺が焦る横で、最側はさらに膨れていた。
聞き耳を立てるのに夢中で返事をしていなかったんだ。
「すまない、さいか──」
「いちごちゃん、君って奴わぁぁ!!」
最側への返答を遮るように店長にゆっさゆっさ両肩を揺らされてしまった。
な、なにごと?! 目が回る……。
「いくら可愛いからって、やって良いことと悪いことの分別もできないのか……それで、レジのお金をいくら渡したんだ?」
は……い? えっ? なにを言い出したんだこの人?
「いえ、あの子は俺の彼女です。仕事中にも関わらず──」
「ん、どうした? 正気を失っているのか? いちごちゃん、しっかりしろ」
「いや、店長、よく聞いてください。あの子は俺の彼女なんです。仕事中に────」
「もうわかったから。友人に良い精神科医がいるんだ。紹介しよう。とりあえず今日はもう上がっていいから、事務所に来なさい」
こ、この人は……。
「楓さん、これは違うんです。どうか、八ノ瀬くんを責めないであげてください」
た、田中さん!! 店長が振り返ると田中さんは俺に大丈夫とアイコンタクトを送り、さらに続けた。おぉっ!!
「八ノ瀬くんはむしろかばってくれた。レジ金は俺が全て補填します。どうか八ノ瀬くんを責めないであげてください」
えっ、た、田中さん?! 俺がレジ金をくすねた前提ですか?!
俺があたふたしていると、隣に居た最側からドッと深いため息が漏れた。そして、
「店長ぉ、先輩の言ってることは本当ですよー。背が小ちゃい子が彼女さんですね。あー、あと田中さん。黙っててもらえます? 先輩はレジのお金盗んだりしてませんから」
ナイス最側っ! さすが最側っ!
かなり膨れて不機嫌な口調なのは……この際、気にしない。こいつはいい奴。ほんといい奴!!
ガッシャァァァーーン。
えっ、今度は店長が……っと、思ったらもう一人の田中さんまですってんころりん。
──カオス。
でも、俺とちほが不釣り合いなのはわかってる。
だからこそ、ちほには来て欲しくなかったんだ。
頑なにバイト先には来るなと言っていたのに、どうして来ちゃったんだろう。
何も聞いてない。この後、何があるのかも想像がつかない。ほんと、どうして……。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる