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第12話ー②

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 校内初の連絡先交換イベントで浮かれていた。

 今の俺は三軍ベンチにして三軍ベンチにあらず。

 与えられたポジションは分不相応にも『四番ピッチャー、カレシ!』

 一軍のマウンドに緊急招集されただろって!

 だったら真白色さんを最優先にしないでどうする! 順番が違うだろ!

 カノジョファーストこそがカレシの役目!

 とはいえ、どうにも真白色さんが彼女だという実感が湧かない。偽の彼女なのだから、当然と言えば当然だが……。

 思い返してみれば、この二週間。俺は彼氏らしい行いを何もしていない。未だに敬語を使っているし、呼び方だって苗字にさん付けだ。

 S級お嬢様である学園のマドンナが、三軍ベンチの俺を頼ってくれた。頭まで下げた。それなのに俺は、三軍ベンチのままだった。

 なにも変わろうとせず、パンダモードでやり過ごし、悲劇のヒロインさえも気取っていた。

 マウンドに立っているのは俺自身なのに、ベンチで声援を送るだけの傍観者──。

 その結果がこれだ。
 真白色さんを苛立たせ、悲しませた。

 だからもう、間違わない。明日もこれから先も、偽装カップルを演じられるように──。


 初めてを、君に捧げる──。


 ここに来てようやく、答えを導き出す。そうとわかればやる事は決まってる。


 ホームボタンをミラクル連打!

 ポンポンポーン!
 一回押せばいいとわかっている。それでも、押さずには居られない!

 消えろっ消えろっ消えろっ!

「ちょっと、何をしているの?」
「真白色さんごめんなさい。俺、俺!! なにもわかってなかったです!!」

 この連絡先交換には特別な意味が込められる。

 “校内友だち追加バージン”

 誰でもいいわけじゃないんだ。それなのに浮かれて、嬉しくなって。

 大切なものを見失っていた。

「べつに私は何とも言ってないじゃない。なによ、いきなり」

 熱くなる俺に対して、真白色さんの態度は素っ気ないものだった。

 この段階に至るまで、気付けなかったのだから当然だ。

 それでも──! だからこそ──!
 
「はい。それでも俺は、初めては真白色さんがいいんです。真白色さんじゃなきゃだめなんです。真白色さんに捧げたいんです!!」

「は、初めてですって?! な、何を勝手なことを言ってるの? 落ち着きなさいよ」

「いいえ。もう決めましたから。なにがなんでも、俺の初めては真白色さんに貰ってもらいます。それまで俺は────」

 “校内では誰とも友だち追加しません!”
 と、続けて言おうとしたところで、真白色さんは慌てて俺の言葉を遮った。

「お、落ち着きなさい! ……あっ、待って。私はお手洗いに行ってきます。えっと……そうじゃなくて。そうなのだけれど……。ど、どちらにせよ、い、今、この場で話す内容じゃないわ!」

 あたふたとしだす真白色さんの姿を見て、自分がとんでもない言葉を口に出そうとしていたことに気づく──。

 やばっ!
 そうだよ……!
 俺と真白色さんが未だに連絡先を交換してないなんて、クラスの誰も思っていない!

 熱くなり過ぎて肝心なところが抜けていた……!

「すみません。俺、舞い上がっちゃって……。本当にごめんなさい!!」

「い、いいのよ別に。あなたの気持ちはよくわかりました。……そうね。少し早いけどお昼にしましょう。は、話の続きはそこで聞くわ」

 これから四限目の授業。
 未だ先生不在の教室は休み時間さながらの空気が流れているが、授業開始のチャイムはとっくに鳴っている。

 にも関わらず、お昼のお誘い。

 S級お嬢様である真白色さんが早弁を提案してきた……!

 つまり、許してくれたんだ。
 俺の初めてをもらってくれるんだ!

 今、この場では連絡先交換はできないから、授業なんてサボってしまおうぜ! そういうことだっ!

「わかりました! じゃあ行きましょう! 俺、早くしたいです!」

 なにがしたいのかは言葉の内に秘める!
 この隠語感。偽装カップルとして一歩前進してる気がする……!

「待って。本当に待って。と、とりあえず、お、お手……コホンッ。お手洗いに行かせてもらうわ。廊下で落ち合いましょう」

 そう言い残すと、真白色さんは足早に教室を後にした。
 いつだって完璧な口振りの真白色さんから、焦りが見えた。
 俺という存在を危惧しているようにも見えた。

 たった一言の失言で関係は破綻する。それどころか、偽装カップルがバレた先にあるのは……破滅!

 もっと気を引き締めて、偽装カップルを演じないと……!

 



 ☆

 ともあれ、とりあえずの危機は去り──。


「……ふぅ」

 ほっと安堵のため息をつくと、山本さんと目があった。

 あっ──。
 真白色さんから黙れと言われたから……。ひょっとして、お許しが出るまで口を開かなかったりするんじゃないか……?

 信仰の厚い山本さんだ。たとえ授業で指されても、お口チャックを優先するに違いない!

 脳裏を過る、不安──。

 しかし! 自らの口をファスナーに見立てると、人差し指と親指を摘み、スライドさせた──!

「っぷはぁ!」

 おや……? おやおや……?
 それは、少しふざけた感じのお口チャック解除だった。

 あんなことがあったにも関わらず、落ち込む様子はおろか、むしろ嬉しそうにも見える。

「楓様とお話しちゃった! 目も合っちゃった! ああもう、死んでもいいかも~! ていうか三回くらい死んだ~!」

 あ、そういう感じ?! きゅん死にってやつ?!
 俺が思うよりもずっと、山本さんの信仰心は歪んでいるのかもしれない。

 でも良かった! このままずっと口を開かなかったら、それは大変なことだ!

「良かったね!」

「うんっ! いろいろ衝撃的過ぎて驚いちゃったけどね~! わたしなんて地べたに転がる石ころや雑草なのに! 楓様ったら!」
 
 何を言ってるんだ。ちょっと意味もわからないけど、そんなわけあるか!
 山本さん、君は前の席に咲く一輪の花だよ!
 プリントを欠かさず回してくれる、唯一無二の存在さ!

「山本さんは綺麗な花だよ!」
「もぉ~! 夢崎くんはお世辞が上手いんだから!」
「お世辞なんかじゃないよ! プリントだっていつもまわしてくれるし、足だって踏んでくれた! 俺にとって山本さんは綺麗な花だ!」

「……プリント? ……足? あっ!!」
 
 何かを思い出すようにバサッと立ち上がると、ストンっと視界から消えた。

 どしたの山本さん?!
 えっ、えっ?! あっ!! 足に感じる温かさ──。

 なんと俺の足元にしゃがみこんで居た!
 小柄な体格のためか、すっぽりと机の下に潜り込んでいるのだ!

「痛かったよね……ごめんね」

 俺の足をすりすり、なでなでしている。

 ……………えっ!?

「上履きの痕ついちゃってるし……! わぁぁ本当にごめんっ。すぐ拭くから!」

 申し訳なさそうに机の下から見上げてきた。
 手はそのまま俺の足をすりすりしている。

 まるで跪かせているような……。
 靴磨きをさせているような……。

 いや、これはそんなんじゃない!
 なんだかとっても如何わしい感じがする!

 全俺が緊急警報を発令!
 スッと足を引いて、その勢いのまま立ち上がる!

 と、ゴツン!!
 かなりいい感じの音が鳴った──。

「いたたぁ~」

 俺が勢い良く立ち上がったせいで、山本さんは机に頭をぶつけてしまった!

 これ絶対痛いやつ!

 即座にしゃがみ、机の下を覗き込むと山本さんが悶えていた──。

「だ、大丈夫!?」

「う、うん……! こんなのへっちゃらだよ! それより夢崎くんだよ! 足、大丈夫?」
 
 痛いはずなのに、俺の心配を優先するなんて……!
 
 確かに痛い! まだ痛いよ! 容赦なくたくさん踏んでくれたからね!
 でも! 足を踏みつけてくれたからこそ、今があるんだ!
 感謝こそあれど、謝られる言われはない!
 蹴られたことも踏みつけられたことも、今となっては大切な思い出の1ページ!

「俺の足は大丈夫! むしろたくさん踏んでくれてありがとう! もしまた、道を踏み外しそうになったときは容赦なく踏みつけてほしい! 踏んで欲しいんだ、山本さんに!」

「夢崎くん……! もう一回言って!」

 あぁ、何度だって言ってやるさ!
 俺は感謝しているんだ! だから足を踏んだことなんて気にしなくていいんだ!

「もっとたくさん、踏んで欲しい!」

 だいぶ端折ってしまったけど、これで伝わるはずだ!

「え。そうじゃなくて、ありがとうって言ってほしいんだけど……」

 あれれ。なんだっけこれ。すごいデジャヴ。

「ありがとう、山本さん!」

「もう一回!」

 デジャヴじゃない……。ついさっき、まったく同じことあったわ。

「ありがとう、山本さん!」

「……脳内で変換。楓様が私にお礼を言っている。脳内で変換。脳内で変換……夢崎くんの言葉は楓様のお言葉……」

 スッと瞳を閉じると呪文を唱え始めた。その姿は大規模術式を詠唱する魔術師──。

 そして瞳を開くと、首を傾げる。

「……やっぱりだめだなぁ。今回はいけると思ったのに」

 俺の足を踏んだことを悲観していたはずなのに、もうこれっぽっちも気にしてなさそうだ。

 いい。これでいいんだ。結果オーライじゃないか。

 ならば、プリントをまわしてくれる神を励まし協力する姿勢を示すのが、せめてもの恩返し。

「そのうちきっと上手くいくよ! 応援してるから!」
「夢崎くんは本当に優しいなぁ~。じゃあお言葉に甘えて! 今度、二人きりになれる静かな場所に付き合ってもらおうかなっ?」

 ……うん。
 深い意味はないんだ。わかってるさ。
 彼女の瞳は今もなお、俺を見ることなく『楓様』で染まっているのだから。

 だから──。
 こんな如何わしさ満点のお誘いにも笑顔で答える。

「もちろん! 協力するよ!」

 いつも欠かさず、プリントをまわしてくれる神だから!

「やった! じゃあお礼に足踏んであげるからね! でも上履きは脱ぐよ? 上履きの跡が付いてたら楓様が誤解して心配しちゃうだろうし!」

 あ。そっち?! 今までの会話は全部それが根源?! ……いや、当たり前だ。山本さんって、そういう人。

 いつだって頭の中は真白色さんでいっぱい。


「でもそっかぁ~。夢崎くんは踏まれるのが好きなのか~。忘れないようにメモしとこ」

 ちょ、ちょっと山本さん……?
 それ違う。ぜんぜんちがう! そう思うも、今更否定の余地はなく……。

「あ~、でも体育の後とか蒸れるからなぁ。ただでさえこの時期やばめだし。上履き脱いで踏むとなると、問題が発生するのか。実験に付き合ってもらうんだから、お礼はしたいけど……」

 ぼそぼそとひとり言を垂れる山本さん。
 いや、なんかこれ、本当にまずくない? でもなんて言えばいいんだ。さっき踏んでくれってお願いしちゃってるし……。大丈夫なのか、これ……。

「うん、そのあたりも含めて考えとくから! 大丈夫だよ! ゆーめざーきくん! 期待してて!」

「う、うん……!」

 だ、大丈夫だろ。大丈夫って言ってるんだから大丈夫だろ。
 あれっ。でも……大丈夫ってなにが大丈夫なんだ。
 大丈夫ってなんだ? 大丈夫……?

「って夢崎くん! 楓様と廊下で待ち合わせしてるんでしょ? そろそろお花摘みから戻ってくるんじゃない?」

 頭の中で『大丈夫』がゲシュタルト崩壊を起こしそうになるも、現実へと引き戻され生還する。

 危うく飲まれるところだった。
 さすがはプリントをまわしてくれる神!

 大丈夫かどうかは今考えることじゃない。今、優先すべきは真白色さん!

 カノジョファーストこそがカレシの役目!

 山本さんに見送られ廊下に出ようとすると、ドタドタバタバタと一軍女子たちが押し寄せて来た──!

 あっという間に囲まれて!

 本日二度目のサークルON!

 ななっ?! またなのか?! もうこれはお約束なのか?!

 しかし、前回とは剣幕の比が違う!
 狂気的で熱気的で、さらに情熱的!

 「ちゃんと言わなきゃ!! なにやってんの!!」
 「そうそう!! 週刊楓様通信を購読したかっただけでしょ?! あーもお。楓様、絶対に誤解してる!!」
 「夢崎くんって意外と鈍感なの? 見てられないんだけど?!」

 一軍女子たちからの総攻撃。かと思えば。

 「今日は記念すべき日ね。楓様の嫉妬する顔なんて永遠に見れないと思ってたぁ」
 「脳内メモリに永久保存♡」
 「楓様も私たちと同じ女の子なんだって思ったら、ご飯三杯いけちゃうぅ♡」

 どういうことだよ……ご飯三杯って。白米のおかずになるっていうのか。

 いや、それよりも。嫉妬?
 ないない、あるわけない! 

 「ってことで夢崎くん! 誤解は早急に解くこと!」
 「こういうのをなぁなぁにする男はカスだから! カスッ!」
 「なぁんか鈍感っぽくて危なかっしいんだよねー! 女心に疎い男はね、女を苛立たせるし、泣かせる!! はいこれ覚えて!」
 
 ひぃ……! 話が嫉妬前提に進んでいく……!

 でも傍から見たら俺と真白色さんは恋仲なわけで、それこそが偽装カップル。

 誤解されてるわけではなく、これがきっと平常運転。

 それなら、彼氏っぽいことを言おう!
 こういうところから少しずつ変わっていくんだ!
 もうベンチから応援するだけの男は卒業だ!

「大丈夫! 楓は俺の嫁ッ! 誰にも渡さない! だから、みんなが心配する必要はないさ!」

 噛まずに言えた。俺だって、やるときはやるんだ!

 でもどうやら、求められている言葉とは違ったようで……。

 「すぐそうやって調子に乗らない。慣れてきた時が一番危ないんだから」
 「俺の嫁宣言に、名前まで呼び捨てにしちゃったよ。さすがにまだ早いでしょ? 順序ってものを考えて」
 「純潔は守りなさいよ? 許さないからね?」
 「ごめん。心配しかないんだけど……」


 ひぃっ……! 突き刺さるジト目の嵐……!
 皆さん、怖いです。そんな目でこっち見ないで!

 一歩前へと踏み出した結果がこれか……。
 なんて言えば正解だったのかな。もうわかんないよ……。


 俺はもっと乙女心ってやつを理解する必要があるのかもしれない。

 今晩、夏恋に相談しようかな……。



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